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峡谷の街 風河の都市  作者: 雨白 滝春
第二部
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第十六話 漂流

 シェエラ達の知る通り、ガザルは明朝、海上都市を発った。今日中にヤジズ本土に着く。そこはもう、戦場だ。


 ウジュ人によって破壊された、港湾施設の一部と思われる焼けただれた木材や建築資材などの残骸による漂流物。


 湖岸に近づくにつれ、漂流物は数を増やしていく。異臭が鼻腔を刺激する。漂流物を避ける為、竜馬は航路を大きく外れることがあった。その回数も距離も、次第に増えて行く。


 ガザルも、有る物を予期している。それを恐れる訳では無いが、確かにそれを目撃することは忌避していた。


 だが、結局それは回避できなかった。


 ガザルの前に人の死骸が流され漂いながら、姿をさらす。目を背けてもその死骸の放つ腐臭からは、逃れようが無い。


 それはもはやまともな人体の体を成していない。しかしそれがかつて何であったかは、一目で明らかだった。


 いずれ自分は、人と人の殺し合う舞台の壇上に上がるのだ。無論、戦闘に加わるつもりは無い。


 それはつまり、戦闘に巻き込まれた時は、無抵抗に殺されるつもりという事だ。ガザルはその覚悟を決めている。


 戦争を止めに来た以上、自分が生き延びる為には、相手を倒さなくてはならない、という言い訳は許されない。


 それを言うくらいなら、始めから戦場になど来るべきでは無いだろう。


 水平線の向こうに、対岸が浮かび始めた。異臭と漂流物の波は、湖上にて質量を増していく。


 ヒーローを気どりたい訳では無い。それでも自分がこの戦争を終わらせるのだと言う誇りが、ガザルの様な名利を求めない男でも、奮い立たせる。


 かつてオクスは、ビロニア統一戦争期において、当時ビロニア人に、人権思想と人命の尊重を説いたと聞く。


 日常的に生き死ににさらされていたビロニア人も、そのオクスの教化を受けて、平和の為に祖国統一を推し進めて行ったはずだ。


 それは決して無駄では無かった。これまで眺めたウジュ人たちには、この戦争の使者の列に対する、良心の呵責がありありとその顔に表れていた。


 いや、そもそも数百年に渡る紛争時代においても、死にたくないという思いと、死なせたくない、殺したくない、という思いやりが無かったはずは無いのだ。


 例えそこが、野生動物と同然の暮らしだったとしても、彼らが人であったことに変わりは無いのだから。


 どんな生活環境であろうと、人が人であることに変わりは無い。ゴブリンとだって分かり合えるのだ。


 この戦争を一刻も早く終わらせたい、とウジュ人も思っている事が、この旅路を経てはっきりと伝わった。


 故に馬賊王オクスも、必ず説得できる。


 その確信があるからこそ、ガザルも、ガザルを追うシェエラ、ケレン、ツェルヤ、エトロも進むことが出来た。


 その日の昼過ぎ、ガザルはついにヤジズ国へ足を踏み入れた。





「ガザルがオクス様と面会するためには、ウジューの正規ルートとの繋がりを断つ訳には行かない。そこからたどればガザルの居所は突き止められる。そのガザルの動向を追えば、ヤジズ本土のレジスタンスの拠点を探り出せる。後は司空様の特命特権により、軍にレジスタンスの拠点を報せ、ヤツラを排除すれば、ガザルを追い詰められる」


「しかし、アマサさん。あの狡猾な野郎なら、その事は分かった上で俺たちの裏をかき、対策を立てて来るんじゃあ」


「当然だな。だが俺たちの目的も、今となっては変わって来る。ヤジズ首都総攻撃の八月一日まで、ガザルを足止めすればいい。ガザルはオクス様の招聘命令で動いている以上、ウジュー軍はヤツの味方だ。ヤジズレジスタンスとの接触を証明しない限り、ヤツへの妨害にウジュー軍を利用することは出来ない。


 だが、ヤツが残り三日以内に総司令部にたどり着くには、ウジュー軍とヤジズ市民兵との抗争をタイムロス無しで突破しなければならない。立場上、レジスタンスとの接触を控えたくとも、期日の問題上、それは避けられない。


 軍部に対して、オクス様からの招聘令を受けた異国人が、実はレジスタンスの協力者だと密告し、現場を抑えれれば、その間、ガザルを拘束できる」


「話を聞く限りじゃあ、上手く行きそうなんスけど」


「やるしかねえんだ」




 烏戎国の占領統治は、大まかなところ次の通りだ。


 都市や行政区に対して降伏を勧告し、受け入れなければ、市街、市民、町民、村民、いずれも破壊し尽くす。


 降伏勧告を受領した場合は、武装を完全解除させ、そのまま行政区に自治を委ね、以後、必要物資を烏戎軍に供出、協力を強いる。


 市政に干渉せず、監視や密告にも重きを置かない。ただし、裏切って反抗の意を示す、または要請した物資の供出を拒んだ場合、相応の懲罰を武力によって下す。


 一部の者による地下活動への連帯責任は、オクスがその都度、恣意的に処罰を決めているらしい。


 杜撰と言えば杜撰なやり方だが、分かりやすく明快、従う者には寛容と言えなくもない。だが、ガザルがこの地で目にしたその結果は、間違おうにも褒められるような物では無かった。

午後、次話投稿します。よろしくお願いします。

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