第十五話 旅期限
「俺たちはヤジズのレジスタンスだ。アンタがガザルか」
「来たばかりの俺を、もう特定できるってことは、港湾ゲートにも君らの味方がいる訳だ」
「そんな事はどうでもいい。アンタはヤジズとビロニア人を、和睦させてくれるのか。この期に及んで事実上のヤジズの全面降伏で無く、対等の和平を実現してくれるのか」
「どうかな。取りあえずオクスには、ヤジズからの無条件全軍撤退をするように、忠告するつもりだが、それが実現するかどうかは、結局、オクス次第だからな」
「説得できる見込みはあるか」
「事実を教えるだけさ。この戦争を続けても、ヤジズは最後の一人が死に尽くすまで抵抗するだろう。その時までにどれ程の物を失っても、得る物は何一つないと」
「あの馬賊王にそれが理解できるだと」
「あのな、この戦争の発端は、ヤジズ側の責任だったろ。オクスは始め、話し合いたかったんだぜ。犠牲者になった自国の民の為に引っ込みの付かなくなった振り上げた手を、納めるきっかけと口実を、誰かが作ってくれればそれで済むだけさ」
「なるほど、聞いていた通りの人物だ。頼む、俺たちを助けてくれ」
悲嘆に陥ったその者とは、別の人物が口を開く。
「我々はカデシュ人の協力者から、ビロニアの物と同じ無線機を入手することに成功した。その無線機を通じてオクス総司令部からの電信を傍受した所、ヤジズ国の首都への総攻撃が、八月一日だと判明したんだ。それが強行されれば、もう、ヤジズは滅ぶ。ガザルさん、貴方の事はビロニア高原に潜伏しているレジスタンスの仲間から、無線機で連絡が入って知ることが出来た。この戦争を止められる可能性のある、唯一の人物だと」
「それは誰から知ったか、分かるか?」
「イサクって人からだと……」
「なるほどな」
「通達事項は以上で終わりか」
「御意」「御意」「御意」
「ならば下がれ」
司徒、司空、太尉の三名は、オクスの御前から退く。
(やはり、ガザルとレジスタンスの接触の件、俺に知らせぬ肚か。三公は何かを目論み、それを俺に隠している)
オクスのみが知る、秘匿隠蔽された独自の諜報機関が存在し、そこからガザルがレジスタンスに合流したことが、密かに報告されていた。
(今、この情勢下でレジスタンスの手を借りねばならぬとは、ガザルに何らかの身の危険が迫っていたという事だ。そしてその手の者は、他ならぬ我が烏戎国側の刺客だったはずだ。つまり俺の意に従わず、勝手にガザルを排除しようとする、裏切り者が我が国の中枢近くに居たという事。三公の誰か、あるいは全員が……)
うつむき、黙考しながら、周囲の気配を探るオクス。
(ガザルは俺に、その疑惑を伝える為、レジスタンスに合流したのか。わが軍内の内部状況を、改めて調査し直す必要がある。ヤジズの首都・総攻撃の気に乗じて、内部からあぶりだすっ)
翌、二十九日。
シェエラ達一行はレジスタンスの手引きを得て、現在海上都市に向けて内海を渡海中である。
オクス総首長の指令により、この旅の最後までケレンと別れずに済むことになった騎兵隊員は、そこはかとなく嬉しそうに見受けられた。
それに対してケレンさんは、若干困っているようだった。
(やっぱりケレン、まだ私のこと好きなのかな。いい加減、特別な友達くらいに思ってくれればいいのに)
ここ最近、エトロさんとの仲に、ケレンが関わり始めた結果、シェエラとエトロさんの間にも、友達っぽさが生じてしまい、以前のようなぎこちない新鮮さが薄れてきている気がする。
シェエラはそれが、居心地は良いのだが、不満も有った。一方で、シェエラにとって今、ケレンは人生で初めての親友と呼べる存在でもある。
いまさら、この親友に対しても、疎遠になりたくない。
のみならず、ケレンはカルケミシュの一件の際に、身を挺してシェエラを守ってくれた恩人でもある。シェエラの内面の感情も、なかなか単純には紐解けなくなってきている。
竜馬の水上騎行は、そんな人間関係の悩みを一時的に忘れるには、最適な爽快感だった。
先頭を行く竜馬が、後続の牽引役となり、水の抵抗を切り裂いていく。二十分おきに先頭を交替させ、間断なく進む。
シェエラは、軽飛行車でこの湖上を飛行することを想像した。
ここに至る以前、草原を駆け抜けた時から、ビロニアの大地を軽飛行車で低空飛行したら、どれ程爽快な気分を味わえるか、と、ずっと考えていたのだ。
乗竜馬という走行手段も決して悪くない。乗り慣れれば、これを知っただけでも、命がけでここに来た意味は有ったと思える。
今もこの、竜馬による水上滑走の楽しさは、軽飛行車を初めて飛ばした時の事を、思い出させてくれる。
ガザル先生が本日明朝、海上都市を発ち、ヤジズ本土に向かったことは、確認済みだ。シェエラ達とは、一日分の行程差。
オクス軍のヤジズ首都総攻撃、八月一日までに、ガザル先生に追い着ける見込みが通り始めている。
明日も午前中に投稿します。よろしくお願いします。