第十三話 内海
その二十八日の早朝、三時間の走破でガザルは烏戎国の内海航路の拠点に到着した。
最大で南北五百キロにもなる内海を渡るには、船を用いるか、水上をも疾駆できる竜馬を用いるかだが、内海の中央には人工的に作られた海上都市が在った。
まずはその海上都市までこの日の内に竜馬で騎行し、そこで一泊、翌日そこから二百五十キロ先の対岸まで進むことになる。
竜馬の水上騎行は爽快だった。
水上を滑走する竜馬は、陸上を走る時よりはるかに速い。湖上を吹き抜ける風が、向かい風ながら非常に快い。
これを観光客向けのレジャーにすれば、戦争などしなくても済みそうに思うのだが、何故人はこのうえ争うのだろうか。
三角帆の小舟で、湖上を進む者達もいた。逆風でも三角帆を使えば、進むことが出来るらしい。
少し距離を置いた隣の航路を、追い風に乗ってヤジズ側から烏戎国側へ滑走して行く、対向竜馬の小群。そして三角帆の小舟。
本当に何故、この湖上の爽快な交通権を、奪い合ったり独占しようなどと目論んだりする者達が現れるのか。
互いにマナーを守って気分良く行き交う航行者達の間で、憎しみや妬みが生まれるとは、どうしても思えないのに。
昼前から出発して、陽が西の水平線上に触れる前に、海上都市までたどり着くことが出来た。
この人工島は周囲を壁で囲っており、入城は決められた港湾ゲートからのみ許されていた。
元来、無国籍の海上市街都市だったのだが、ヤジズ側の内海沿岸港湾施設がすべて破壊され、烏戎国の支配下に落ちては、どうにもならない。
烏戎国に協力的な立場に立たなければ、都市が干上がってしまう。
それでも烏戎国からは、戦前と同様の活動や生活を許されている為、不満は有ってもそれを行動に移すまでには至らずにいる。
本来はヤジズに親近感を持っていた都市民だったが、戦争の原因にもなったウジュ人の海上交通を禁じるヤジズの横暴には、積極的な反感を懐いてもいた。
それやこれやで、胸中、複雑な島民たちだった。
ガザルの入島手続きは、夜になる前にスムーズに事が進む。
夜食は新鮮な海の幸を、たらふく堪能させてもらった。宿泊所では賓客待遇が十分に保証されているだろう。
逆にこれからひどい旅になるのでは、と、不安にならねば厚かましいとすら言えそうだ。無論、ひどい旅などガザルにとっては、ドンと来いだ。
一国を動かし戦争を停める覚悟で出向いている。生半可な気持ちでは無い。
夜間、眠りにつく前に宿泊所を出て、夜の風を浴びに出る。戦争中とは思えぬほどに、街の中は照明で照らされている。
市街の外れ、都市の周囲を囲む、城壁上へと登った。水平線の彼方まで、一面の内海が見渡せた。もっとも、視界の彼方はほとんど闇に沈んでいたが。
「なあ、オマエたち。自分の意志で世の中を良くしようって気は無いのか」
ガザルはまわりの暗がりに向け、つぶやく。城壁上の左右から、ガザルを挟み撃ちにする形で姿を現すアマサたち、悪漢一党。
「返事は無しか。それもそうだな。オマエたちの仕事は怖がられてナンボ、屁理屈言いかえしたら、怖くも何とも無くなるからな」
悪漢どもの中で一歩前に出るアマサの手には、短機関銃が。
にもかかわらず、丸腰でたたずむガザル相手に、ジリジリと警戒するように、ためらいつつ距離を詰めて来る。
こんな夜更けに単身で、まるで襲ってくださいと自分から言いだしたかのように、町外れへと無防備に足を運ぶ。
しかも自分達、襲撃者の存在に最初から、気づいていたかのような態度。前回の失敗が、悪漢たちの脳裏に浮かぶ。
「で、もう一組、お客さんがいるみたいだが、君らは俺とこいつらと、どっちの敵だ?」
「そら、来た」
悪漢の一人が、堪りかねてボヤく。
ガザルから見て左側の悪漢たちの背後から、小銃を構えた二十人余りの男たちが、闇に紛れてワラワラと姿を現す。
見た所、精悍な一般市民と言った面立ち。明らかに堅気だが、こと戦闘に関しても素人でも無さそう。噂に聞いていた、ヤジズの市民兵と言うヤツかも知れない。
ここは一応すでに烏戎国領だが、元来がヤジズ派の都市であり、密かに武装したヤジズへの協力者がいてもおかしくは無い。
と、すれば、この二十名余りの男たちは、ガザルにとっても、アマサ達にとっても、敵対組織のはずだ。
アマサ達にとっては、ここで間を取る必要は無い。トットとガザルを始末して、一目散に引き下がるか、二十対八で闘って引き下がらせるか
敵か味方か知らないが、今すぐガザルを始末してしまえば、後の事はどうとでもなる。
一発、引き金を引いてしまえばいいだけの話。一秒後にはそうなったはずだった。だがその一秒の差で、ガザルが内海に向かって、城壁上から飛び降りた。
もはやガザルを始末するのは、この場では不可能と覚ったアマサ一党は、ここで争っては無駄死にと、謎の一団が手出しして来る前に、城壁上から駆け去って行く。
「やれやれ」
アマサ一党が駆け去ったのを察してガザルがつぶやく。
なんと、ガザルは飛び降りるフリをして、落ちる寸前、足元の縁石ブロックに手を掛け、城壁上からぶら下がっていたのだ。ちょうど影に隠れて、アマサ達からは暗闇の死角になっていた。
「よっと」
縁石を掴んで身を持ち上げ、城壁上へと体を乗り上げさせたガザル。再び立ち上がると、ガザルの周りを市民兵かも知れない男たちが取り囲む。
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