第十二話 護衛隊
翌日、三日目の朝(二十八日)。
ガザルに二日遅れ、内海を目指すシェエラ達。出発と同時に、ケレンさんが護衛役の竜馬騎兵にたずねる。
「あなた達はヤジズを憎んでいるのか」
「そんな事は分からない。それは総首長たちの決めることだ」
何の迷いもためらいも無く、隊長が答えた。
「私たちは、何百年も戦って奪う事で生きて来た。それしか知らなかった。だがオクスは私達が争い合わずとも、他国のように、自分たちで富を生み出す術を教えてくれると約束した。だからウジュ人は統一を受け入れた。そしてその為に隣国に勝たねばならないと説かれた。だから今、こうして戦っている。それだけだ」
その論理の矛盾に気づいていない訳では無さそうだった。オクスの意志に対する、疑問も迷いも有るはずだ。
彼がそれを口にしないのは、諦めからだろう。
巨大な国家という機構に対して、一個人が問題提起をぶつけようにも、訴え出るべき手段も無い。世の中に向けて自分の考えを示す方法が無い。国家の意思決定に、自分の疑問を呈する事など出来ない。
という諦め。
そのあきらめの為に命まで国家に捧げるのかと問われれば、彼らは今日までずっと、毎日食うか食われるか、死と隣り合わせの野生動物のような生活を続けて来たのだ。
それをオクスが変えてくれると信じて、結局同じ生活を続けている。それを続けていればきっと、近い未来に生活が変わると信じているからこそ、オクスについて行く。
「罪深いな、オクス」
ケレンはハッキリとオクスを非難した。護衛役の竜馬騎兵隊員の誰もそれを咎めない。この辺りがウジュ人の妙な所ではある。
総首長オクスへの、おもねりの様な忠誠心は、示さないのだ。他国に見られる王や国家元首への不敬だの、不忠だのとを問題にしない。こころからの服従を、国民に強制しない。
言論によって罰されることすら無いらしい。
(だから、まだ、ガザル先生はオクスって人に希望を繋いでいるんだ。決して彼は話の通じない独裁者じゃ無いって)
だが、総首長を非難するケレンさんを、騎兵隊員が咎めない理由は、他にも有るのでは、とシェエラはにらんでいる。
(この人達、全員、ケレンに気が有るのでは)
シェエラの他に何となく察しているらしいのは、イサクぐらいか。当の騎兵隊員たち自身も、この恋に無自覚に見える。
(確かに、竜馬に騎乗するケレンって、絵になっているもんなァ)
ちなみに、シェエラとケレンは竜馬への騎乗は未経験であった。今回、見よう見まねで乗ってみたら、案外、出来た。
騎兵隊員には、未経験者だと見抜かれているようだが、逆に「いい度胸だ」と思われているらしく、彼らも見本を見せるつもりで乗竜馬を扱っているらしい。
その騎兵隊員たちの気持ちについて、もしかしたら、ケレンは気がついているのでは? とシェエラは疑ってみる。
それについて、シェエラ自身はどう思っているのかと言えば、どう思ったらいいのか、と反応に困っていた。
(例えば、嫉妬するとか……。えっ、何に?)
護衛役の竜馬騎兵たちは、最年長の隊長にしても二十歳くらい? 他の隊員はそれより一つ二つ若いくらい?
皆、まだ年頃だった。
光の粒子が飛び交うような艶のある漆黒の髪をなびかせた、中性的で端整な顔立ちのケレンは、ウジュ人には理想的な容姿なのだ。
しかるにかれらウジュ人の若者たちは、騎士道精神を遵守する事のみが、女性の好感を呼ぶ唯一の道と習慣的に信じているらしく、いたって真面目である。
それをいいことに、ケレンは気づかず存ぜずで、済ますつもりらしい。
シェエラたちは、ガザル先生を守り抜くのが目的であり、その為にはガザル先生の窮地にいつでも駆け付けられる距離に届かなくてはならない。それは、現状の二日の遅れを、少しでも縮めることだ。
ガザル先生が向かった、内海沿岸都市までの道のりを、ガザル先生が二泊三日でたどったのを、シェエラたちは一泊二日で到着すべく、護衛たちの案内に従い強行軍を続けた。
明日も午前に投稿します。よろしくお願いします。