第八話 追跡
エトロの操縦する飛行車はシェエラたちと共に、ビロニア高原西端の集落にたどり着いた。
七月二十四日のことである。
ガザルに遅れること四日の行程だ。ガザルはここで入国許可を得るまでに二日を消費したが、シェエラ達一行はその日の内に烏戎国への入国と新首都への通行許可を得た。
イサクの口利きによるものだ。今日この日はここで宿泊するとして、明朝、首都に向け出発。明後日二十六日には新首都に入れる。
シェエラたちは知る由も無い事実だが、ガザル先生は新首都に三日間逗留し、翌、二十六日にアマサの手を掻い潜り、内海を目指して旅立っていた。
わずか数時間、紙一重の差でガザルとシェエラたちは、新首都での再会、合流の機を逃していたのだ。
その事実を知らずに、未だこの都市内でガザルとの再会の可能性を探るシェエラたちは、まず、イサクの手引きで政庁に出向き、新首都からの入出者記録を確認してもらう。
「え? どういうことですか、それ」
その際、政庁の市民窓口の受付係のつぶやきから、シェエラ達一行は聞き捨てならぬ話を耳にする。
今日の明朝にも、同じく入出者記録からガザルなる人物の行方を尋ね、総首長からの招聘令に関する記録(軍の機密事項に該当しない、幸か不幸か市民生活関係文書扱いだった)と公営宿泊所利用者記録を特命特権で閲覧して行った人物がいた。
「すでに、ガザル先生を妨害しようとする、工作員がここまで派遣されていたか」
「ギキッキ」
「でも、ガザル先生がこの都市から出立した記録がここに有るって事は」
「刺客の攻撃をかわしたか、それともやっつけちまったかだな。さすがガザルだ」
ケレン、ツェルヤ、シェエラ、イサクがそれぞれ状況の推測を述べると。エトロさんがそこから自分の考えをまとめる。
「ガザルさんがその工作員の命まで奪うはずが無い。また、その先の草原で狙い撃ちにされたまま手を打たないはずが無い。その工作員に対し何らかの手を打ったとすれば、そいつら工作員はまだこの都市内に残っている可能性がある」
「キキキッギギ」
「そう、オクスからの招聘令。技術者としてのガザルさんを見込んでのことだろうが、ガザルさんと総首長との面会は既に公的なものだ。それを妨害するという事は、烏戎国の関係者にとっては、反逆罪になるはず。
イサク、例えばガザルさんが草原で不審死を遂げるか、行方不明になるようなことがあったら、例のゼカリヤとやらを通じて、ガザル暗殺の可能性をオクスへ知らせるよう、ガザルさんから依頼されていたりしないか。
そうすれば、ガザル暗殺を目論んだ工作員の雇い主は、オクスへの反逆を疑われかねない。それをされたくなければ、自分に手を出すな、と持ち掛けられる」
「いや、そんな話は何も。って言うかそれ、ガザルらしくない手口じゃないか?」
「確かにそうですね。でもそれを、工作員へのただの脅し、取引材料のハッタリとしては使いそうじゃないですか、ガザル先生なら。実際にそんなマネ、する気が無くても」
「ああ、そうか。そう考えれば卑劣な取引手段も、ユーモラスな策略。ガザル先生らしいな」
「それなら以降、ガザルさんの身は安全かもしれないが。戦争を停めさせたくない連中にしても、強硬手段で妨害するより、オクスとガザルさんの面会の際に、自分たちがオクス総首長を説得してしまう方が有効な手段になる」
「それを確認するには、今すぐ刺客を捜し出して、状況を確かめられれば確実だな」
エトロさんの考えを、ケレンが締める。
「でも、どうやって捜し出せばいいですかね。これだけ人の多い都市だと……」
「ギキ」
「そう、それは人目も多いってこと。都市の出口から順に聞き込みだ」
「ガザルさんが逃げ切れたからと言って、敵が無力化された訳では無い。どの程度の武装をしているか、どれ程の人数が待ち構えているか、聞き込みからどこまで正確な予測がつくか心もとない。それよりむしろ一刻も早く、ガザルさんを追って合流し、ガザルさんから状況を訊ねる方が確実じゃないか」
「いや、ガザルと合流した後で一網打尽にされるより、別行動をとって、ピンチの時に救いの手を差し伸べる方が、やり方としては有効な手助けが出来ると思うけどな」
今後の方針について、エトロとイサクの間で意見が割れた。
「その為には両者の連携が欠かせないが、ガザルさんはイサク以外に我々が助けに向けっていること自体、知らないだろう」
「それこそが、敵工作員に俺たちが乗ずる隙になるだろ。何より敵が十人以内で、猟銃程度の武装なら、俺とお前で負けるかよ」
「シェエラもツェルヤさんもケレンさんも、まともな戦闘経験の無い一般人だ。自分で自分の身も守れる保証は無い」
「だ、そうだが、君らどう思う?」
「ギッキキーイ」
「へえ、戦闘経験あるってさ」
「私も、自分とシェエラくらいなら守れる」
「だが……」
「まずはその、敵が何人くらいでどの程度の装備か、確かめる辺りまで探りを入れて、引き返そうぜ。何も戦闘を前提に動かなくても、いいんじゃねえの」
軍配はイサクに上がった。
聞き込みを始めてすぐに、建設途上の裏路地で、建築資材の落下事故、あるいは事件があったことと、その直前に銃声が聞こえた、という話しを聞き出した。
現場に行って見ると、すでに治安機構が動き出しており、事故では無く事件の可能性が強い事は、素人目にも容易に見抜けた。
事件の直後に、竜馬に乗った男が都市から草原へ飛び出して行った、という噂が周囲の弥次馬たちに広まっている。
「恐らくそれは、ガザルさんだ。目的地はまずは、内海沿岸都市」
「今から追い駆けても、次の宿泊予定地には夜までには着かないだろ。夜間の移動は危険だからな。それに俺たちもここからは竜馬で進まなけりゃならないぜ。今まで通りには行かないさ」
夜、もう一話投稿します。よろしくお願いします。