第七話 暗躍
さかのぼること二日前、烏戎軍幕舎の一つ。
「アマサ、やはり動いてもらうぞ」
「ガザルという男、オクス様を動かしえる人物でしたかな」
「始めから分かっていたはずの事だがな。これまで最善策を模索していたが、結局、消えてもらうしか無いようだ」
「了解しました。高速軽飛行車で向かいますよ。今からなら恐らく、新首都を出る辺りで補足出来るでしょう」
「一人で行く気か」
「私の部下どもを使います。愚鈍な者どもですが、どんな非道でも働ける、使い勝手は好い連中ですからね」
「現場を決して人に見られるな。都市の中での犯行は避けろ。死体はレジスタンスの手に掛かったように見せかけろ」
「承知の上です。では後日、朗報を期待ください」
七月二十五日。
逗留三日目を迎えたガザルへ、ヤジズ遠征軍に総司令官として身を置く、オクスその人から招聘令が届く。ヤジズに居るオクスに会う為には、戦場を通って行かなくてはならない。
場合によっては戦闘に巻き込まれるかもしれず、また、烏戎国側の客として招かれている以上、ヤジズ人からは敵とみなされる訳で、ヤジズ軍の襲撃すら受けかねない旅程になる。
危険は今さらだ。いま現在、オクスはヤジズの首都攻囲中であり戦地の中をそこまで進まなくてはならない。
ヤジズの主要都市と主力軍は、すでに壊滅・制圧済みだそうだが、至る所で民兵の抵抗を受けているらしい。
その上さらに重大な問題が有った。ガザルにはこの先、軽飛行車での移動が禁じられたのだ。軽飛行車・飛行車での航空飛行が許されるのは、特命を帯びた軍人だけだという。
この先、陸路、内海での水上移動は、竜馬に頼らなくてはならなくなった。オクスからの招聘令を受けている身であることから、軍属専用竜馬を公的機関から、行く先々で借り受けることは可能らしい。
もっとも、ガザルは本来、旅人である。幼少の頃から竜馬による長距離走行など手慣れたものだった。
旅程計画としてまずは、ビロニア高原中心に位置していた新首都から、真っ直ぐに南下し、内海沿岸部まで進まなくてはならない。
明日早朝にこの都市から出発するとして、そこまでは二泊三日で到着するらしい。この日は宿泊施設に戻り、旅支度を整え、明日からの強行軍に備えた。
翌日未明、ガザルは荷物を背負いながら、都市から街道へ抜ける道沿いに在る駅舎に向かい、竜馬を借り受ける。
一旦は都市の出口、草原を目前に控えながら、ガザルは再び竜馬を連れたまま、市街へと引き返す。
何を思い退き返したのか、その意図する目的も不明瞭な行動そのままに、建設途上の街の路地裏を錯綜する足取りで、人目に着かない奥地へと入り込む。
「どうした、尾行者。ここなら何をしようと好都合だろ」
ガザルは自分が今通って来た道筋に、振り向きざま声を掛ける。
「なるほど、草原に出た所で背後から、狙撃銃一発のつもりだったが、見抜かれていたか」
「目的もおおむね分かっているさ。オクスの側近の誰かが、俺とオクスの面会を阻止させたいんだろ。そうなることは、この旅に出た時から想定済みだ」
「マジかよ、スゲーなオマエ。生かしちゃおけねえな」
アマサとガザルは同時にかまえ、互いに騎兵銃の銃口を、相手に突き付ける。
「ここで一つ、ケリを着けておかなけりゃ、草原を出た後でずっと狙われ放題だ。でもな、俺は戦争を停めに来たんだ。だから自分の命を守るためなら、先に相手を始末するのも仕方がないって理屈は通らない。相手に殺されても自分の方は手を出さないって覚悟が無いなら、そもそも戦争を停めようなんてしなけりゃいいだろって話だ」
「もっともだな、じゃあここで死んでもらえるのか」
「いや、そうならないように、保険を掛けておいた。俺が都市の外で狙撃されるような事があったら、後から来る信頼できる仲間に、オクスと通信して『ガザルを始末するよう指示した裏切り者が側近に居る』と告げてくれと、頼んである」
「そんな手が通用するとでも」
「オクスも俺の仲間もバカじゃない。必ず真相にたどり着く。その時がお前の雇い主の破滅する時だ」
「くっ。ん、待て、それは取り引きか」
「察しが早いな」
「草原で手出ししない限り、都市の中でならこちらの手出しに応じる、と」
ガザルは騎兵銃の構えを整える。ここで撃ち合えば双方相討ち以外、あり得ない間合いで。
「だがガザル。お前は自分が殺されても、相手は殺さないのだろ」
「そういうことだ」
言うが早いかその瞬間、ガザルは騎兵銃を上空に向けて発砲。
アマサは一瞬、出遅れる。
その時ガザルが放った銃弾は、三十メートル上空に在る建設途中の資材を吊るし束ねるワイヤーロープを撃ち抜き、アマサの目の前に鉄骨や資材が、崩れ落ちて来た。
その直前にアマサもガザルを狙い撃つが、とっさのことで大きく的を外れる。そしてガザルは背後に連れていた竜馬の背にまたがり、そのまま市街を駆け抜け、草原へと躍り出る。
「おたがい、ルールを取り決めてやろうってことか。どうかしてるな、野郎」
ガザルが今の時点、オクスの下にたどり着くその前に、側近が自分を始末するべく刺客を放ったと、オクスに通信することも可能だ。
だが、それは、烏戎軍の首脳部に混乱と分裂を招き、烏戎国にとっても、さらにヤジズにとっても、より危険な事態を招きかねない。
これは、ガザルがそれをしない代わりに、刺客にルールを守れ、というガザルからの警告である。
(司空様からは、草原で始末し、都市内では手に掛けるな、と言われているが、こればかりはどうにもならんな)
アマサはガザルの用意したゲームに乗る気になっていた。ハッタリなのは百も承知の上でだ。
命懸けで戦争を停めるべく説得に来た男が、自分の身を保障するために、自分が殺された時にはもっと戦争状況を悪化させる手を打ってくるなど、大いなる矛盾である。
そんな事をしないのは明らかな、偽りの安全保障。だが、妙に魅力のあるゲームだった。
「ふん、殺したくなる前に、始末しておかねば」
午後も投稿します。 よろしくお願いします。