第五話 出峡谷
軽飛行車を駆り、峡谷都市を飛び出したガザル。いつも通り大草原の上空に至ると、いつもと違い真っ直ぐに南下せず、東に向かい針路を取る。
カフアナドブルーズ山脈の稜線を避けるように、麓の村々を辿りながらビロニア高原の西端を目指す。
その地に在る集落で、烏戎国総首長オクスへの面会を申し込み、取り次ぎから許可が下りるまで、しばらくの間、逗留することになる。
今まさにヤジズ遠征軍の指揮を執り、戦闘中かもしれないオクスに、この僻地から面会の許可を取りつける。実は烏戎国は、この時代の最新技術である無線通信の実用化を成し遂げていた。
烏戎軍のヤジズ遠征、本国から遠く隔たった異郷の地への長距離奇襲を可ならしめたその理由が、この無線技術の軍事的実用化だったのだ。
ガザルがこの地にたどり着いたのが七月二十日。
翌二十一日には、オクスへの面会希望が、ビロニア高原入国管理局により、遠征軍司令部へと打診され、(また、この日はシェエラたちが、イサクと共にガザルを追い掛けるべくカデシュを旅立った日)
さらにその翌二十二日には烏戎国内への入国が許可され、建設中の烏戎国新首都を目指して、ガザルは旅を続ける。
オクスは、自らが建国したこの国の新しい形として、狩猟と採集に捕らわれた非定住型の生活を改め、ウジュ人の驚異的な移動能力を生かした流通経済、交易商業国家へと、国民の生活その物を改革しようと志していた。
故に、内海の覇権と、それを独占するヤジズの打倒は、本来その目標への第一歩であったはずだ。だが、今のオクスのやっている事は、どうしても行き過ぎた侵略行為としか、ガザルには思えない。
誰かがオクスに告げなくてはならない。
そこまでする必要が有るのか、と。
そこまでする必要は無いのだ、と。
「俺が言わなければならないんだ、オクス」
「ガザルが俺に会いに来るか。いいだろう、手配せよ」
「御意」「御意」「御意」
ヤジズの首都を眼下に望む丘の上。烏戎軍総司令部の宿営本部が置かれた、天幕の中。
戦陣に在るとはいえ一国の王の座す玉座としては、余りに簡素なその席に、その人物は座っていた。彼の前には三人の男が立っている。
「司徒、司空、太尉。本国からの無線通信はすべて俺に報告しろ。いいな、今日はもう下がれ」
「御意」「御意」「御意」
烏戎の王の御前から、法衣をまとった三人の男は退出し、天幕を出る。
司徒と呼ばれた男は赤い法衣をまとい、
太尉と呼ばれた男は青い法衣をまとい、
司空と呼ばれた男は灰色の法衣をまとっていた。
この三人は明らかにウジュ人では無かった。肌の色、髪の色、顔立ち、体のバランス、いずれも異国の相をなしている。
「大尉殿、どう思われる?」
「どうとは? 司空殿」
「ガザルという人物、オクス様にとっていい影響を与えるとは思えぬが」
「大した問題には成るまい。オクス様も会いたがっておられるのだ。好きにさせれば良かろう。我らの障害たり得ることもあるまい」
「我らの大願成就の為には、いかなる些事とて疎かには出来ぬ。我らはもはや、祖国ゲルガルには戻れぬ身だ」
大尉と呼ばれた男と、司空と呼ばれた男は、正面から向かい合う。
「待たれよ。そのガザルなる人物が我らの大願を妨げるに足る人物かどうかは、これからこの地にたどり着くまでに観察し、調べればよい。いま結論を急ぐ必要もあるまい。それからでもまだ、幾らでも手は打てる。早まるべきでは無かろう」
司徒と呼ばれた男は、太尉と司空の間に入る。
「いま、そのガザルなる者を排除しようとすれば、オクス様の心証を害しかねんからな」
太尉と司空は司徒の言葉にうなずき、その場を離れ、それぞれの天幕へと帰って行く。
「お困りですかな、司空様」
司徒が戻った自身の天幕内に、もう一人の男が待ち構えていた。
「ふむ、お主に任せるやも知れぬな」
「ガザルとかいう者の始末ですか」
オクスへと通達されるべき報告を、この男は事前に知らされていた様だ。
「その男、どうやら例のゴブリンどもを人類国家に認めさせた一件に、貢献していた人物のようですな。平和を愛する人物ということですか」
「ふん、分かっておる。そいつの事はよくよくな」
「ほう、お知り合いか何かで?」
「やはり手を打たねばならぬか、アマサ、準備をして置け」
「了解しました」
アマサと呼ばれた男は、天幕を出て行く。一人残された灰色の法衣をまとう男は、苦い顔を浮かべつぶやく。
「ガザルか……」
今夜、もう一話、投稿します。よろしくお願いします。