第四話 旅立
夏休みに入って間もなく、シェエラはケレンとツェルヤを連れて、森の人エトロの下へと会いに行く。
樹上家屋からなる『エルフの村』に向けて、森の中へ歩を進める三人。
濃緑の葉を茂らせた木々が陽射しをさえぎり、木陰の中で冷まされた涼風が、真夏の小道を快適化する。
秋冬に降り積もったガラス質の落ち葉の残骸は、街中の舗装された街路と違い、この季節の熱気をため込まず、道行く者へより一層、快適感を促す。
木々の根元には、春の間に枝先から零れ落ちた、ルビークヌギやトパーズコナラの実が散らばり、足元を照らす木漏れ日を、七色に乱反射させる。
真夏の森の輝きは、春先より深く濃く強い。やがてまた、岩クスノキや石柱ケヤキが等間隔に立ち並ぶ、森の深部へと三人は歩み入る。
木漏れ日が若干淡く軽く、そして優しく降り注ぐ巨木の森を進むうちに、『エルフの村』へとたどり着いた。
「森人さまァ」
珍しく返事が無い。不在のはずが無いことは、ここに来る前に確認済みだ。
「キギ、キギ」
「そうだな、訪ねてみよう」
「え、いいんですかね」
縄梯子を登り、樹上家屋の扉の前に立つシェエラたち。礼を失していると承知で、ケレンさんが家屋の中に向けて聞き耳を立てた。
「話声がする。一つはエトロさんの声。もう一つは何だか軽薄そうな男性の声だ」
「ギッキ、キー」
「え、それはちょっとっ」
いきなりツェルヤさんが、エトロ氏の家の扉を開いてしまう。
「ん? よう、誰だ、おまえら」
「おい、他人の客人に勝手に声を掛けるな」
家の中にはエトロさんともう一人、二十歳中半くらいの、人間の男性がいた。
エトロが叱ったのが自分たちでは無いと理解しつつシェエラはバツの悪い思いをしたが、ケレンとツェルヤはどこ吹く風である。
「お前こそ、誰だ」
「ギキ、キキ」
先に来ていたエトロさんへの客人に対してこの物言いでは、自分たちの方が無礼だろう。
「へえ、気風が良いな。俺はイサク、エトロとは昔からの友人だ」
「仲が好さそうには見えないな。イサクさん、いま、エトロさんに叱られていただろ」
ケレンさんの余りの物言いに、シェエラは少し怖気づく。
「その歳でこんなおっさんにそこまで言えるとは、大したもんだ。まあ、君らもエトロの知り合いだとすれば、それも当然か」
二人のやり取りに、エトロはヤレヤレと言った感じに、肩を落とす。一見、嫌味とも取れるイサクの言い分だが、彼が素直にエトロもケレンも誉めているのは、不思議と伝わった。
軽薄そうに見えても、人柄に悪気は無い人物の様だ。
「私はケレン、この二人はシェエラとツェルヤ、三人ともエトロさんの友人だ」
「えーー」
「ギキ?」
エトロの友人と紹介されたことに、シェエラは不満が有るらしい。
「俺はエトロとガザルとは、十年以上の付き合いだ。今日はガザルの事で忠告をしにな。エトロの友人なら知っているだろ。ガザルの事も」
「私はガザル先生の弟子です」
「それなら話が早い。ついでに言っとくと、そこのツェルヤとは昔、会ったことが有るんだが覚えてない?」
「ギーキ、ギーキ」
「そうか、まあ、無理もないか。お前あの頃まだ、幼かったからな」
「皆、余りイサクを信用しない方がいい。自分には何も得が無くても、他人には迷惑を掛ける男だ」
エトロさんがここまでハッキリ、他人を非難するのは初めて見た。このイサクという人物、どうにも悪人には思えないが、実際にエトロさんはこの男を信用して、悲惨な目に遭わされた事があるのだろう。
「今回は俺を信用した方がいいぜ。ガザルの命に係わる状況だ」
「信用できなくても、その話を聞く必要は有りそうですね。どうしますか、エトロさん」
「君たちを巻き込みたくないから、揉めていたんだ。私とイサクだけで事を運ぶつもりだった」
「君等が来る前、もっと助っ人集めようって言い争っていた所さ。こうなった以上、このメンバーでガザルを助けに行くしか無いんじゃないか」
このイサクは、会ったばかりの十代の少女三人を、実戦力と判断したようだ。
「俺より頭が回りそうなのは、見るからに明らかだろ」
この年齢の男性にしては、着眼点が世間の常識とは違うようだ。
「それで、ガザルさんはどうなっているんだ」
ケレンさんが、話しを進めようとする。
「実は、戦争を止めに行って、戦争を止めさせたくない連中に、命を狙われている」
午後も投稿します。よろしくお願いします。