第一話 草原民
峡谷都市からの交通の分岐点、大草原を、南の大森林では無く、東へ山脈沿いに進むこと四百キロ、ビロニア高原の西端へとたどり着く。
ビロニア高原。東西八百キロ、南北六百キロに及ぶ、肥沃で野生動物あふれる、生命豊かな大高原。
彼の地では数百年に渡り、数十、時に数百もの部族に分かれ、狩猟騎竜馬民族が、部族間紛争に明け暮れていた。
この高原には、竜馬と呼ばれる、爬虫類でありながら恒温動物となるまで進化を到達させ、大地のみならず水上すらも高速で駆け巡る、強靭な悍馬が生息していた。
製鉄技術を持ち、狩猟能力に長けた人々がこの地に根付いた際に、この草食で従順、でありながら誇り高く意志の強い野生動物に、騎乗し駆り立て、かつては弓術、今では銃射撃術を用いて狩りを行う術を編み出した。
個々人の技術を高めれば、農業と違い大規模な集団生活を必要としない彼らの暮らしは、小規模な部族を形成すると、それ以上のまとまりを成さず、狭小に分け隔てた狩場を奪い合った。
この野生動物の宝庫たる広大な狩猟場は、彼らに食肉としての獲物だけでなく、衣類や敷物としての毛皮や、強靭で様々な用途に耐えうる皮革としての獲物を献じる。
この緑豊かな高原は、多くの天然のオアシスも育み、採集だけでも彼らを養うに足り得るはずだった。
だが、彼らはそれすらも、奪い合う。
数百年に渡る闘争の歴史は、彼らをより強くより貪欲にしていく。
彼等は生活上の必要性からではなく、戦闘においてより優位に立つために、集団化し、その勢力を広げる為において、まとまって行った。
そうして集合と分離を繰り返し、百年前に彼らは、おおよそ九つの大部族集団となり、このビロニア高原に割拠する。
揺らぐことなく続くと思われた、九つに分かれた大部族間の均衡は、だが、二十五年前、ついに崩された。
最も剽悍を以てなる部族、烏戎族が、隣国二部族から挟撃を受け、攻め滅ぼされたのだ。
その時、まだ生まれたばかりだった 族長の遺児オクスは、母と共に逃亡し、ビロニア高原を立ち去り、流浪の身となった。
烏戎族を滅ぼした二つの部族は、亡国の遺領を巡り争い合い、勝利した部族は残るビロニア七大部族中、最大勢力となる。
残りの六大部族は連合し、これに対抗するも足並みはそろわず、後れを取って行く。
それから十五年後、現時点から見て十年前、諸国を放浪して同志を募ったオクス少年が、再びビロニア高原へ、舞い戻って来た。
彼はかつての烏戎族の遺民と、六大部族の後援のもと、戦士を糾合し、最大部族となった仇敵に決戦を挑んだ。
オクスの下に集まった戦力は、数の上では宿敵の十分の一以下に過ぎなかった。
しかし彼は、放浪中に異国の地で、多くの知識と技術を身に付け、文明的には後進的なビロニア人の知る事の無い、先進的な戦闘法を会得していた。
それは、組織編制と軍法にまず現れた。
そして、族長すなわち君主に対する思想・心理に変革を与える。
本来、文明的に後進で野生意識の強いビロニア人に、個人の自由と権利、人権思想を与えた結果、化学反応が起き、彼らは部族間紛争に、主体的に参加する強い自我を持った。
それは、彼らの指導者オクスに対する強烈な支持意識と、敵対部族への自主的な戦闘意欲とを駆り立てた。
この一戦で、ビロニアの歴史は決定する。
自ら陣頭に立ち、騎兵銃とサーベル刀を奮い闘うオクスは、何よりビロニア人最強の戦士だったのだ。
漆黒の体表色に紅の斑点のある二回りも巨大な竜馬に騎乗し、味方すら引き離して敵陣に突入するオクスから、さながら敵はオクスの前に自ら道を開くかのように、切り裂かれる。
遂には彼は、追い着いた味方と共に、敵族長の居る本陣にすら迫った。
敵司令部が、オクスの武勇の前に逃走を始めれば、全軍が陣を崩し、敗退を認める。
この決戦以降、敵対部族に隷属を強いられていた他部族の民が、こぞってオクスの下に投降を求めて来た。
その五年後、今から五年前、他の六部族の推戴により、オクスはビロニア人総首長となり、ビロニア高原に烏戎国が建国、ビロニア人もウジュ人へと名称を変える。
さらに一年後、ビロニア高原は事実上、完全統一された。
第二章、始まりました。今回少なめです。すみません。午後も投稿します。それも少なめです。すみません。
よろしくお願いします。