第二十一話 帰還
「ガザル先生、ツェルヤさんも」
カルケミシュ使節団とゴブリン使節団の両者が合流し、エトロとの再会を喜ぼうとしたシェエラとケレンの前に、予期せずガザルとツェルヤが待っていた。
「ツェルヤさんを危険にさらすのには、ためらいも有ったのだが」
ゴブリン王一行を王弟の派遣した部隊から守ったのがツェルヤさんだと言う経緯を、エトロが、シェエラを始めとする一万人の一団に説明する。
「あの時、エトロさんがガザル先生に送った目配せの意味が、それだったんですね」
シェエラが瞳を輝かせている。
「エトロさんは、ツェルヤを危険な目に遭わせたく無かったらしいが、赤の他人を一万人も巻き込んでおいて、当事者が安全な場所に隠れているってのは、俺たちが耐えられなかったからな」
「ツェルヤさんに危険が迫った時は、ガザルさんが身を挺してかばうつもりだったのか」
ガザル先生が自分と同じような事をしていたと察し、ケレンさんが事情を補足説明する。エトロさんがゴブリン王使節団に合流した際、二人も同行していたらしい。
「グガッ、グガッ」
飛びトカゲにまたがるゴブリン一行は、平和の壁の人達に、感謝の意を告げる。大型飛行車も、照明の点滅信号で、ゴブリンたちに謝罪を告げる。
ゴブリンたちを襲おうとしたのは、彼らカルケミシュ人たちなのだから。
今回の会談が破談になりかねない事態だったが、ゴブリン王も始めからこの会談に妨害者の手が及ぶことを、承知の上で応じた話だったらしい。
そして今、自分の娘とその母との、再開が果たされたのだ。
「もう、これ以上、問題は起こらないと思いたいが、油断しないに越したことはない。カデシュに急ごう。ようこそ峡谷都市へ」
一旦どこかに着陸して、休息を取り、態勢を立て直す案も出たが、新たに不測の事態を招く隙を作りたくない、という意見を採り、このまま進むことになった。
それ以降、非常事態と呼べる問題は起こらず、大森林を越え、草原地帯も突破し、峡谷へ、さらに向こう、エバル山へと皆でたどり着いた。
当然なのだがその間、大型飛行車内に居るカルケミシュ王カフトリムは一度も皆の前に姿を現すことは無かった。
対して、ゴブリン王ネブザルアダンは、飛びトカゲにまたがり、常にその姿を皆の前にさらし続けている。
(この人が、ツェルヤさんのお父さん……)
確かに、人間とは種族の異なる容姿をしているが、何だか妙にカッコイイ。肌の色、体格、顔の造作、どの要素を取っても人間にはあり得ない造形だが、何と言うか、幼い男児がカッコイイと感じるような、強そうな雄姿をしていた。
共通する相似性は全く無いにもかかわらず、ツェルヤさんの美しさと似通ったものが、どことなく有る。
決して威を見せつけることは無いのに、威厳がそこから溢れ出ていて、決してへりくだる所も無いのに、驕った態度は微塵もない。何することなく、ただそこに在るだけで、おのずから威厳と謙遜が具わっている。
これがゴブリン族の王か。
血筋だの、教育環境だのでは無く、本人が理想として在るべき姿を自覚し、常にその理想像に沿うよう自らを律し続けて来た、努力の成果であるとうかがえた。
その努力の連続に対し、見る者は尊敬の念を起こさずにいられない。それがネブザルアダンという男のカッコよさだ。
(つまり人間とゴブリンの種族の違いって、見た目の特徴の違いだけで、それさえ受け入れてしまえば、何の違いも無いんだ)
シェエラの知る限りで、最も美しい容姿をしているのが、ハーフゴブリンのツェルヤさんなのだから、見てくれで種族の優劣を判断する愚かさが知れる。
何しろ人間を基準とした美意識ですら、人間はエルフにかなわないのだ。そしてカデシュ人には、ドワーフの血が混じっている。
これでどう、ゴブリンを差別できるのか。鏡に映る自分の像へ、利き手が逆だとバカにするに等しい。
国家の無いカデシュには、国家機密という法も無い。ただそれに関わる職業に服務規程として秘匿義務が課せられるだけだ。
すでに今回、港務局長によって目論まれた機密会談は、港務局長の目論見通り、機密性を失った。これでゴブリン王が人類国家の求める会談に応じ、その際、人類の民間人がゴブリン王を救おうとした事実が、公然の物となった。
これを機に、人類社会とゴブリン社会が、互いに互いを認め合うことに成るだろう。そう、これ以前、ゴブリンも人間も、相手の生存権を認めていなかったのだ。
ことに、為政者にとって、自分と異なる『社会』が存在するなど、悪夢でしかない。蟻や蜂に向けて、人類社会と同等の生存権を認めるなど、自分たちの権利の蜂起に等しい。
それを思えば、人類代表として勝手にこの会談に応じたカルケミシュ王カフトリムも、一角の英雄と呼べるのかも知れない。
自身の孫娘がハーフゴブリンだったから、と言うのが理由であるにせよ、だ。
そしてエバル港山ターミナルゲートラウンジで、大型飛行車から降り立った、カルケミシュの国王夫妻とその娘・王女が姿を現す。
ロビーには、噂を聞きつけていた各国の広報官や報道者、のみならず歓迎ムードの弥次馬たちも連なっている。
ツェルヤさんとガザル先生、それとゴブリン王使節団の人々は、一足早く、港山内会議堂へと案内されていた。
こうなると、カルケミシュの空港開設や大型飛行輸送艦建造に関する多くの手続きより先に、カフトリムとネブザルアダンの会見を済ませてしまうことに為ったようだ。
もはや、シェエラとケレンは蚊帳の外である。
エトロさんですら、エルフ代表にいつの間にか祭り上げられて、人類・エルフ・ゴブリンの三大巨頭会議の出席者を務めるハメに。
「ケレン、後で父をとっちめるのには参加してもらいますから、もう少しだけ待っていてください」
「うん、それは楽しみだ」
今日中にもう一度、投稿します。よろしくお願いします。