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峡谷の街 風河の都市  作者: 雨白 滝春
第一部
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第二十話 憧憬

 両使節団が合流を果たしてしまった時は、何も知らなかったように手を引くしかない。


 だからこそ、この襲撃をここで果たさなければならない。カルケミシュ王と違い、ゴブリンの王を襲って、非難して来る人類国家は存在しないのだから。


 王弟が兄王とゴブリン王の会談を、武力を使ってまで阻止したいのも、偏にそれが理由なのだった。この部隊の乗車する軽飛行車は、軍用重型軽飛行車だ。前面に軽機関銃を搭載している。


(飛びトカゲに騎乗するゴブリンどもを、有効射程範囲内に収めて、発砲さえしてしまえばいい。その状況にさえなれば、そいつらを皆殺しにする算段は、それからだ)


 部隊長の心の奥底が、煮えたぎる。


 王家への絶対の忠誠を志しながら、現国王より、新国王となる王弟殿下の命令に従った心の傷に、煮えたぎる暗い情熱が痛みを擦りこむ。


(この任務を果たせたなら、俺は自分の命を絶ってもいい)


 ゴブリン王使節団の背は、すでに目に届く距離に迫っていた。部隊長は、部隊員にクサビ形隊形を取らせる。中央の突出部に自らが立ち、陣頭指揮を執る。


 部隊長は片手を挙げた。発砲の準備だ。


 その手を下ろした時、戦闘が開始される。


 後数分の猶予が有れば、地平線の彼方に、カフトリム王使節団とカデシュの人々、森の人エルフ達が姿を現したかもしれない。


 ほんのわずかの差。数分の差で、シェエラたちは間に合わなかったのだ。


「むっ?」


 部隊長は、瞼を半ばまで閉じ、目を凝らす。


 ゴブリン王使節団から、二隻の軽飛行車が自分たちに向けて逆走して来た。直後、部隊長の深層意識に直撃的な恐怖が湧き起り、彼は発砲命令をためらう。


 二隻の軽飛行車の内の一隻、その操縦者の容姿が捉えられる距離に迫ると、部隊長の思考は停止し、一瞬、呼吸すら忘れる。


「ギキーーッ。ギッギキーーィ」


「現国王の孫――、王孫女ツェルヤ様‼」


 その名称を叫んだのが誰であったか、彼の意識には分からなかった。あるいは自分が叫んだのかも知れない。


 王女の娘、ツェルヤ。


 部隊長の、彼の精神の最も深く、最も強く、最も閉ざされた、何人なんぴとも踏み入ることの許されざる聖域に住まう、ただ一人の主、『王女』


 自分の情熱とそれ以外の全てもを捧げると誓い、彼の人生そのものを意味する王家への忠誠と一体の、いや、その情熱の前には王家への忠誠すら欺瞞に過ぎず、唯一の誠意を尽くすと決めた女性の、『ただ一人の娘』


 まるで彼の心を、その誠意を映す鏡のように美しい、王女と同じ髪の色の少女。その少女が、父であるゴブリン王をかばうように、彼の前に立ち塞がっている。


「ぐっ」


 部隊長は歯が砕けるほど食いしばり、顔を歪ませ呻く。思考を停止させたまま、だが、激しい感情の嵐が、灼熱の衝動が吹き荒れる。


 王女の娘その美しい少女への憧れと愛情、そして憎しみと怒り。


 彼の全てを踏みにじった、ゴブリン王への憎悪の象徴。


 殺したい、愛したい、滅ぼしたい、慈しみたい、忠誠を捧げたい、殺してしまいたい。


 ここで全てを決したい。ここから逃れたい。


 部隊員たちは、隊長の命令を待っている。彼らは一言も発さない。発せる立場に無い。


 だが彼等からは、強い動揺が見て取れた。


 隊員たちは王家への忠誠から、この任務に就いている。なのに目の前にはその王族が、この任務を阻止しようと立ち塞がっているのだ。


 迷う、迷うな、決めろ、決められない。目を逸らそうとする


「ギキーッ」

 自分を見ろ。


 その忌むべき少女に、その子の誕生に、自分は本来、最大の祝福を以て讃えるはずだった。


「隊長! カフトリム王陛下が来ますっ」


 シェエラ達が遂に追い着いたのだ。


 だがその時、隊長が先を見据えると、すでに引き離しつつあったゴブリン王たちが、逆に引き返してくるのが視界に入る。ツェルヤが、自分の娘が敵を塞ぎ止めている事を、彼等も覚ったのだ。


(ヤツも、ゴブリンもまた、一人の父親なのか)


 目前に映る、自明の事実を認めた時、彼の中のもう一つの自明の真実に、彼は納得していた。


「撤退だ。引き上げる。新王陛下には、我々はゴブリン王に追い着けなかったと報告する。責任は全て私が背負う。新たな王政に汚点は付けられない」


 部隊長は、初めて部隊員の顔を見回す。自分の判断に、皆、救われた様な顔を浮かべていた。


 愛情の念も、憎しみの念も、迷いの念も、苦痛の念も、何も治まってはいない。今も心の中で、暴風雨のように、相反する様々な激情が渦巻いている。


 しかし、女王とその娘の誕生時以来の再開を祝福してやれる自分にいま、ささやかな誇りを懐けた。それすらを呪うようでは、自分はこの先、自分を蔑むことしか出来なくなる。


 結局、あれほど憧れた王女の為に、自分がその生涯でしてやれる、唯一の忠誠の証がこれなのだ。


 全員撤退の狼煙花火を挙げ、彼は帰投の途に就いた。

午後も投稿します。よろしくお願いします。

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