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峡谷の街 風河の都市  作者: 雨白 滝春
第一部
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第二話 火華桜

 広場を取り囲む木々に架け渡された縄梯子の間に、チラホラと人影がうかがえた。しかしそれは人では無く、青年と同じ妖精たちらしい。


 桜からひと際大きな火花が打ちあがると、彼らの中から感嘆の声が上がる。皆、この満開の火華桜の、花見に興じているのだろう。


 この少女もまた、この妖精族の青年に招かれ、この桜の花を見学に訪れた者の様だ。


 この森の中に、少女以外の人族を見かけることは無かった。それでいながらこの妖精たちに、この少女を拒む気配は見受けられない。それは、この少女を招き案内したのが、この青年であったからだ。


 この青年は、この妖精の村の中で、かなりの地位と尊敬を得ているらしい。


 妖精たちはいずれも皆、美しい相貌としなやかな肢体を具えていたが、その中でもこの青年はまた、特に優れた容姿を具えている。


 火華の光が、青年の顔を様々な色どりで照らす。

 神秘を超えるような美しい光景だった。


「森人様」


 少女は、ためらいがちにその青年に訊ねる。


「もう一度、街に戻って来てはもらえませんか」


 妖精族の青年は、少女に目を合わせず、決意の表明であるかのように、視線を真っ直ぐに火華桜へ向けたまま、少女の問いかけに短く答えた。


「あの街での、私の役割は、すでに終えている」


 少女と青年の会話が聞き取れたはずは無いが、広場を囲むように火華桜を眺める妖精族の人々の幾人かが、二人を見守るように視線を向ける。


「でも」

(私の役割は始まったばかりです)


 だから自分の為に戻って来て、自分を助けて欲しい。本当は続けてそう言いたかった。だが、それは余りに強引で、身勝手な、わがままだった。


 そしてその青年の目は、少女がそこまで言い切るのなら、その願いを聞き届けてもいいと、肯いてくれそうな、優しい目をしていた。だからこそ、少女は自分の願いを押し付けることが出来なかったのだろう。


 ようやく自分の人生を歩み始めたばかりの少女に、自分以外の人生を背負う程の責任に対する、未来への展望など持ち得るはずも無い。


 そんな自分の情けなさを見透かされているように、青年からそれを許す様な眼差しを向けられている事が、嬉しくもあったが、それ以上に切なかった。


 少女は火華桜の観賞を口実に、この妖精族の青年を連れ戻しに来たのだが、青年もそれを知りながら少女をここまで招いたのだ。


 青年には、戻る意思も理由も持ち得なかった。


 だが少女がそれを望むなら、その願いに従うつもりだったのだ。しかし、この人間族の少女が望むのは、青年が自らの意志で少女と共に街へ戻って来てくれる事だった。


 少女はここで再びためらった。


 この平行線に気づいた青年は、少女の願いをかなえる為、自分から戻る意思を示してくれるだろう。


 それは正しいのだろうか。


 この青年にとって、それはどんな結果を迎えるだろうか。異種族の青年と少女は、会話の無いまま、ここまで互いの意志を交わし合った。


 火華桜の打ち上げる火花は、無限に姿形を変える。

 滝の瀑布か奔流のようにすだれ落ちる、火花の雨。

 無数の鳳仙花の種のように、爆ぜ散る火花の発砲。

 大地から天空に駆けのぼる、雷の如き火花の噴水。


 人族と比べ、妖精族の時の歩みは長く緩やかだ。同じ時間軸に立っていられるのは、今このひと時だけだろう。共にいられるそのわずかな時間が怖ろしい故に、二人は歩み寄ることを互いにためらう。


 互いに、相手が幸福になることこそを望んでいる。


 互いに、自分の願いを相手に求めることが、相手の幸福に結びつくか分からない。


 だから互いに、相手に願いを求められない。


 だが、本当に自分の願う事とは、互いに、相手が自分に向ける願い、求めに応じることなのだ。


 決して交差する事の無い、二本の線、平行線。

 

 互いに、相手を想い合うが故に、交差する事の無い互いの願い。


 結局、怖いのだ。自分が相手を不幸にしてしまうことが。自分はただ、相手の望みに応じられれば、どうなろうと幸福になれる。


 でもその逆は、自分に対して許せない。


 絶対に、相手を不幸にしてしまう訳には行かない。たとえ、相手の想いが自分と同じであっても。同時に、その想いが今、二人を傷つけあっているとしても。


 結論は時間に迫られている。

 いつまでも平行線を、延ばし続けてはいられない。


「また、来ます。いつでも、何度でも」


 ともに、同じ場所に立ち続けることは叶わない。だからと言って、二人の繋がりを断つ必要までが有る訳では無い。


 少女の暮らす街から、この森の人の住まう森までは、二人の絆を断ち切るほどの距離では無かった。


「何かあれば、必ず駆けつける。何があろうと」


 青年は少女に答える。


 火華桜が特大の火花の蕾を、開花した。

 まばゆい白光色の火球が、人々の目を奪う。


 青年と少女は、その光と音を背にしながら、その場を離れた。

明日も二話投稿できるよう頑張ります。よろしくお願いします。

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