第十九話 春嵐
自前の軽飛行車を取りに戻る時間の猶予はなく、港務局所有の中でも最速、最高級車を借りて港山を飛び出た、シェエラとケレン。
二人とも互いに相手の操縦技術がどれ程のモノか、この場で初めて知った訳だが、どちらも相手を唸らせるに十分な技量だった。
即座に生まれる信頼関係。
もはや共に、相手を顧みる事無く、全力でカルケミシュ王使節団へと自機を飛ばす。大草原を越え、大森林へと突入するまで、二人はどちらも離される事無く、並走し続ける。
シェエラよりケレンの方が背が高いため、軽飛行車に賭ける負担がわずかばかり、彼女の方が重い。それでこの結果なら、見事と言う他無い。
向かい風の中を、斬りこむ様に突き進む内、前方の雲の中から、一万人の軽飛行車に覆われた大型飛行車が姿を現す。
シェエラとケレンは、発煙筒を点火させ、軽飛行車を旋回し、煙の円を足掻く。向こうがこちらの存在に気づいたのを確認すると、シェエラが軽飛行車の照明灯の点滅で、信号を伝える。
『王ノ孫ツェルヤノ父親ゴブリン王ガピンチ。皆ニ助ケテ欲シイ』
(今頃、カフトリム王さん、あの大型車の中で、激怒してるだろうな)
だが事態は、ここでカフトリム王に救援を拒まれたらご破算だ。使節団は、しばらく速度を落としながら前進を続け、シェエラとケレンに合流する直前、発光信号を伝えて来た。
『了解。カデシュ、エルフノ人々モ同行願ウ』
シェエラとケレンがまず先行し、行く先を示すと、使節団も転進し後に続く。
シェエラとケレンは、予測計算地点で使節団と合流できている事を確認した後、ゴブリン王使節団とエトロが合流したはずの予測地点を目指し、真っ直ぐに向かう。
向こうも真っ直ぐに、こちらを目指して来るだろう。
このまま行けば、王弟の派遣した襲撃部隊から、ゴブリン王が襲われる前に、平和の壁の人々と合流でき、皆で無事にカデシュへたどり着ける。
その時、前方にロケット花火が打ち上げられたと見える、狼煙を目視した。
「ダキュンッ」
「なに⁉」
「狙撃銃だ、シェエラっ」
森の中を潜行する軽飛行車からの、先導者への狙撃。恐らく王弟の使節団監視者からの足止め。今の狼煙がその合図。
一瞬に直感で、状況を覚るケレン。上空に居る以上、見えない森の中からの狙撃に対しては、ケレンだけでは捨て身の盾になる事も敵わない。
ケレンは考える。
始めに、カフトリム王の乗る大型飛行車の上方に位置すれば、下方からの狙撃を防げると判断する。だがそれでは、その飛行車の死角に入ってしまい、進行方向を指示できなくなる。
そこで、シェエラに飛行車の側面・斜め下方に位置してもらい、そのさらに斜め下方をケレンが塞ぐように配置し、狙撃からの盾にする。
敵はこちらが民間人であることを理解している。殺害すれば、国際問題として王弟が諸国から糾弾されるだろう。
だから敵は、先導者の軽飛行車を破損させ、飛行不能に追い込もうとしている。行く先を示し、指示出来る地位にある人物は、今、合流して来て先頭に居たその者のみと捉えたのだろう。
しかし、シェエラさえ守れるなら、ケレンに替わり盾になれる人物は、こちらには一万人いるのだ。
さすがにその数の軽飛行車を、狙撃し続けられるはずが無い。絶対に狙いを外さず撃てる保証すら無いのだ。周囲の壁の人々も状況を理解し、さらにケレンの盾に位置取る者も現れる。
判断を誤れば、自分も撃たれるきわどい状況の中で、ケレンのとっさの機転が、勝敗を分けた。だが、狙撃手の初弾は、確かにシェエラの軽飛行車を掠めていた。
「ありがとう。大丈夫です、必ずゴブリン王使節団と、エトロさんにたどり着きます」
恐怖を覆い隠す笑顔を、懸命に浮かべるシェエラ。
もし、破損により飛行困難に陥った時は、自分の軽飛行車を差し出し、自分は飛び降りる覚悟を、ケレンは固めた。
(それに、今のロケット弾の合図を送ったのは、恐らくゴブリン王を追跡している敵の潜行部隊。向こうでも一波乱、起こっているかも知れない)
口を堅く引き締め、前方を見据えるケレン。
その頃、ケレンの予測した王弟の派遣部隊は、行動を起こしていた。ゴブリンには軽飛行車という技術は無く、飛びトカゲに騎乗して空中移動を行う。
今回のゴブリン王使節団もそれだ。
個々の戦闘力は、軽飛行車以上だが、直線移動時の推進力では人類の飛行車に及ばない。そしてこの使節団は、機密会談という事もあり、その随行者は極めて少ない。
まっすぐに、カデシュ峡谷を目指す彼らに、速度で優る潜行部隊は、背後から追い迫って行く。このまま行けば、この大森林を突破する前に確実に追いつける。
王弟の密命を帯びた部隊長がその計算に則っていた所、ゴブリン王使節団は突然進路を変えた。
部隊長も、この任務にあたって、考えられ得る限りの事態を想定して来ている。その第一候補として、両使節団がこの潜行部隊に気づき、互いに合流を図ると言う状況が想定される。
部隊長は脳裏に全体像を描き、ゴブリン王使節団の進路から、その可能性の蓋然性の高さを認める。その際の計画に基づき、ロケット花火でカフトリム王使節団の監視者に、足止めの指令を駅伝式で伝えた。
そして潜行飛行を辞め、全速力でゴブリン王の一団に急襲を掛ける。何としても両使節団の合流前に交戦状況に持ち込む。
そうなれば、カフトリム王使節団からは介入できなくなる。
こちらから、カフトリム王に攻撃を仕掛けることは許されない。それは王弟の立場を危うくしてしまう。
それにカデシュ側でも、カフトリム王の使節団に対しては、何らかの方法で防衛体制を敷いて来るのも、当然の構えだ。
または、合流した両使節団を共に、皆殺しにしてしまえば、ゴブリン王にカフトリム王が襲われたのだ、として、王弟側の責任を隠滅してしまう事も出来なくは無いかも知れない。
しかし、随行者に一人でも生き残りがいたり、不慮の目撃者が現れてしまえば、後戻りの出来ない事件になってしまう。
何より王弟自身に、即位前にしてそこまで悪辣非道なマネをする覚悟は無い。王位をゆずってくれる現国王・兄に、そこまでの憎しみが有る訳でも無いのだ。
明日は、午前中に投稿します。よろしくお願いします。