第十五話 話合
「港務局長の地位にある者が、市民を他国との交渉の生贄に使ったなどと判明すれば、それはその地位に就けた市民に対する背任罪とすらなる。もし彼が、シェエラの思う様な人物ならむしろ、自らを失脚の危険にさらす様な、危険な取引を仕掛ける訳が無い。今度の一件の、目的・狙いは、別の理由を考えた方がいいと思う」
エトロのその解説は、決して、シェエラの父親への反感を宥める為の言い草では無かった。
「私もそう思う。シェエラの父親だからと言う訳では無く、私もあの港務局長が、そんなに悪辣なマネをする人とは、どうしても思えない」
ケレンの言い分に、シェエラは反論できなかった。また、反論するのが間違いだと、理解できなくも無かった。
「だとしたら、真相は……」
「もう少し事情を探って、情報を増やしてからでないと、今のままでは根拠の無い推測を、積み重ねてしまうだけだな」
ケレンの言う事がもっともだった。
「それでは、私たちの対応が手遅れになりませんか」
「だったらいっそ、港務局長の下にみんなで出向いて、腹を割って直談判に行かないか。それが一番、騙されにくく、手っ取り早い方法じゃないか」
「私もそれに賛成だ。それで私たちに身の危険がある訳でも無い。ツェルヤさんも連れて面と向かって話し合えば、返ってあくどい計画も実行できなくなるだろう」
ケレンもガザル先生の意見に賛同する。
「ギキ、ギキ」
当事者のツェルヤさんもだ。
「決めるのはシェエラ次第だよ」
エトロさんは最後の決断をシェエラに委ねた。この話は元々、シェエラから始まったのだし、港務局長への直談判には娘のシェエラの意志がいる。
「分かりました。港務局長へ直に話しを通しに行きましょう」
五人はそのまま、ガザル研究工房を出て、ガザルの運転する飛行車に乗り、エバル港山へと向かう。旅人だったと言うだけあって、ガザル先生の運転技術はプロも顔負け。
元よりカデシュの一般人は、軽飛行車の操縦技術において、他国の職業運転手と比べても冠絶しているが、ガザル氏のそれはさらにその中でも卓越している。
空気の密度を読み、大気の隙間を貫くように飛行し、さして加速を加えることも無いまま、風と一体に目的地へと流れ着く。
飛行車の性能と操縦者の個性の完全な相性の一致を見るに、設計士を志すケレンは、たちまちガザルを尊敬した。
今回は商業区を経由せずに、直接、空港駐車場へと乗り付けた。近道の貨物地区の貨物ターミナルを通り抜ける。
港山荷役の労働者たちは、皆、金髪美少女のツェルヤさんを目にした途端、尽く心を奪われ、一時は貨物地区全体の荷役作業がストップしたほどだった。
ツェルヤさんの身に何かある時は、彼らを使嗾して港務局長にクーデターを起こそうと、シェエラは密かに企む。
下手をすると、自分ですらツェルヤの美貌に見惚れてしまう程なのだから、シェエラの企てに無理はない。
管理事務舎の受付で、両親への面会を申し出て、港務局長室への入室許可を取る。五人全員での面会希望を告げると、最優先での面会許可が下りたらしい。
ほとんど待たされることも無く、事務所へ案内された。
「やあ! よく来てくれた。色々と考えて来てくれただろうが、カルケミシュとの最終交渉は、昨日、決着した。いやいや、そんな顔をしないでくれたまえ。ひとつ、今回の件に関する総ての事情を話させてもらうよ」
悪びれる様子は一切なく、皆にも喜んでもらえると思い込んでいる態度に、やはり悪い話では無かったのではないか、と、シェエラですら思った。
実際、話の内容は予想以上だった。
「カフトリム王自ら、今度の輸送艦建造と空港の開設計画に合意を示す契約文書への調印の為に、この峡谷都市を訪問して下さることになった。その際、極秘にツェルヤ君、君と密会し、身内として和解を申し入れたいとのご意向だそうだ。
カフトリム王も御歳になられ、身内は女王陛下との間にツェルヤ君の母である王女のみ。王位は王の弟君に譲られることが内定しているし、弟君には孫夫婦すら居られる。要するに身の内が寂しくなられ、孫が恋しくなられたのだろう。
これまで敵のように憎んでこられたことを、後悔なさられたと王女殿下に打ち明けられたそうだ。王と言えど、やはり一人娘のただ一人のお孫さんともなれば、可愛いものらしい。
どうだろう、ツェルヤ君。君も今までの事を水に流して、和解に応じ、御歳を召された祖父に歩み寄ってはもらえないだろうか。ただし、その、やはりね。ハーフゴブリンの王族というのを公認する訳には行かないようで、そこは一つ、察してもらえないかな」
素直に感動しているのは、ケレンだけだった。
シェエラは、どうせその話の裏で、見返りの取引が行われるのだろう、と冷めた目で見ている。
エトロは、確かにいい話ではあるが、どうせなら輸送艦と空港の事業とは、無関係に持ち掛けてくれれば、皆ももっと素直に祝福できるものを、と、一言あるようだ。
ガザルに至っては、これまでその王様のせいで、余程、苦労を強いられて来たらしく、何を今さら虫のいいことを、何故、始めから手を差し伸べてやることが出来なかったのだ、と怒りすら覚えているらしい。
が、それでも四人は、結局は自分達よりツェルヤさん次第、この子の気持ちはどうだろうか、気づかわずにはいられない。
「ギッギッ」
どうやらツェルヤさんは、実の祖父より、今まで自分を育ててくれたガザルさんに遠慮が有るらしい。そう出られてはガザルとしても、怒りの鉾を納め、祖父との和解を祝福してやらねば、大人ではない。
それに何より、皆の反感の向く先はツェルヤの祖父である王に対して。港務局長への不信は、今では感謝に変わっている。
シェエラも戸惑ってはいる者の、父親を見直さざるを得ず、素直になるべきか困惑を抱えている。
午後、また投稿します。よろしくお願いします。