第十四話 王孫
今回、この件に直接係わる五人(シェエラ、ケレン、ガザル、ツェルヤ、エトロ)がそろって、初めてこの問題の討議を行う運びだ。
「まず、全員の立場を確認しようか。俺が港務局長の依頼で、他国の大型輸送飛行艦の建造責任者に為ってくれって話か。俺は断るつもりだ」
ガザルが口火を切った。
「私がその国の空港開発を請け負うという話、私も断りたい」
次いでエトロ。
「私は二人が行くならついて行きますけど、私自身としては今の生活を守りたいです」
シェエラ。そしてケレン。
「私は嫌も応も無い。ただシェエラの側に居させてもらいたい」
お、ケレンの積極的、直接的な言い方に、エトロはわずかにたじろいだ様だ。
エトロはシェエラに対して、幾らか保護者の様な気分を持ち合わせており、ケレンに対しても、対等の恋敵と言う様な、ライバル意識は持ちづらかった。
自分は大人、相手は子供、とつい考えてしまう。しかし、当のシェエラはケレンと同年齢。エトロも、シェエラを手放す気は無い。
「ギキッ?」
「ええ、今回の一件。ツェルヤさんにも関わりが有りそうなんです」
「ああ、それなんだが、その輸送艦建造と空港開発を実施する他国と言うのが、どうやら都市国家カルケミシュの事らしい」
「それはどういう……」
「う~ん。そのカルケミシュの王がな、ツェルヤの祖父なんだ」
「ギキー」
「「「ええっ!」」」
ガザルが打ち明けた話に、エトロまで驚いた顔をした。なかなか、めずらしい。
「カルケミシュ王カフトリムの娘とゴブリンの間に生まれたのが、ツェルヤだ。今回まだ若輩者の俺に、公私混同の汚名を着てまで大役を任せる理由は、そこに繋がるだろうな」
「どういう経緯があったのか、聞かせてもらえませんか」
尋ねずらい事を、シェエラが尋ねた。
「俺は物心つく前から、父親と一緒に諸国を回る旅人だった。生まれた祖国はこのカデシュだったらしいが。で、ある時、カルケミシュを訪れた際に、その国のさる貴人から極秘に呼び出され、そこで何故、俺と父が呼ばれたかと言うとその国に縁もゆかりも無い、すぐまた立ち去る他人だからだったそうだが、有る役目を仰せつかった。
それが、生まれたばかりの赤ん坊を誰にも知られずに始末しろって話だ。で、父はその子を始末した事にしてそのまま連れ出し、密かに育てていた訳だ。それが、つまりツェルヤなんだが、旅をしながら情報を拾った結果、カフトリム王の娘、カルケミシュの王女がゴブリンとの間に娘を儲けたって噂を聞いた。
それだけなら、確証が無い。ツェルヤの様な立場の、替え玉の赤子を幾つか用意して、隠滅を図る策の可能性だってある。それでも知った事では無い、この子は自分で育てると、俺の父は吹っ切れていたようだが、ある日、その王女から密使がやって来て、その子を頼むと正式に依頼されたんだ。
結局、そのお姫様とゴブリンの間に、何があったのかは知りようが無いんだが、ツェルヤの身の上は分かった。カフトリム王はツェルヤの命を狙っていて、王の娘であるツェルヤの母の王女様は、ツェルヤを守って欲しいと思っている。
王女が俺の行方を探り当てて、密使を送り込むくらいだ。王様の方もいま、俺とツェルヤがこの峡谷都市に居ることを掴んでいるかも知れない。
だから……」
「ノコノコとツェルヤさんを連れて、その国に輸送艦建造の責任者として赴けるはずが無い」
エトロが話の締めを語った。
「私の父もその事を知っているんですかね」
「知っているのにガザルさんに依頼したとしたら、気をつけろという警告とも取れるが」
港務局長を悪役にしないよう、シェエラに気を使った発言をエトロが述べる。
「だったら始めから気をつけろって、父ならハッキリ警告すると思いますけど」
「港務局長という立場上、はっきり言えない何かが有るのかも」
シェエラが父親を心よく思えない年頃なのを、エトロは配慮しているようだ。
「断るとはいえ、今度の大役をガザルさんに依頼したことが公式な物なら、当然、カルケミシュにも報告されるのでは。それは下手したら、ガザルさんとツェルヤさんの立場が、公になるかも知れないってことでは」
ケレンさんは筋道を立てた結果、思ったことを言っただけだったが。
「そんなことになったら、両国ともに大問題だぜ」
「もしかして、父はそれをネタに、カルケミシュを脅迫する気じゃないでしょうか」
「王家の権威を揺るがすほどの大スキャンダルだからな。それで強請りを掛ければ、今度の事業の主導権を握り、その上でこの事業の利権・収益を大きく割譲させられるってか」
ガザルが乱暴な口調で説明したことが、今回の件の真相に思えた。
「王と言えど、ハーフゴブリンと言えど、人一人を抹殺する権利など、国際法上認められない。ましてやガザルさんはその母親から正式に依頼され、ツェルヤさんの養育権を持っている。こちら側に、法的な違法性や落ち度はない」
エトロ氏が言うと、
「だから、父も強気に出ていると。でも断りも無しに人を政治の道具にするなんて」
「まだ、それが真相だと、あの港務局長の狙いだと決まった訳でも無いんだが」
当事者でありながら、ノンビリとしたことをガザル先生が言う。
「しかし、もし、それが真相だった場合、交渉は私達のあずかり知らぬ場所で進められ、取引の内容によってはツェルヤさんをその王に引き渡す可能性も」
ガザル氏のノンビリに、つい、港務局長を悪く言ってしまったエトロ氏。と、言うより、こういう忠告をすべき責任を、敢えて自分が背負ったのだろう。
「今度の大役を断ったところで、もう既に巻き込まれて、逃れられない状況なのかもな」
「そんなっ」
「待て、シェエラ。話をそこに進める前に、港務局長の立場も確認しておかないか」
エトロがそう切り出したのは、シェエラが感情に走るのを、宥める為ばかりでは無い。
「港務局長の権限は、あくまで空港の管理。その空港そのものも市民運営。政府を持たないカデシュには、外交の最終権を一任された個人はいない。今度の事業も二国間協定では無く、民間計画・民事事業のはず」
カデシュに在るのは、自営業の店舗経営者と、ショッピングモールや百貨店などの大型商業施設への出店者、そこに商品を卸す交易商だけで、他国の様な商会すら無い。
だからこそ全市民で出資し、港山と輸送艦の大規模物流で、他国の商会に対抗しなければならなかった。
それも、工業製品というブランドを持つからこそ、実現できたのだ。
明日も投稿します。よろしくお願いします。