表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
峡谷の街 風河の都市  作者: 雨白 滝春
第一部
13/53

第十三話 異郷罠

 だが、ケレンの立場は違う。設計士見習いとしてこの事業に参加できる訳では無い。経験値と見なせる体験に触れられる機会すら、まずありえないだろう。


 この事業にどれだけの時間が費やされるかは知らないが、青春時代を、徒弟として修業に費やさなければならない時代のほとんどを、ただ、雑用とお茶くみで潰してしまうだろうと考えるのも、職能者を目指すものとしては、自然な事だ。


 ケレンは自分の立場をそう考えた上で、シェエラはこの話を受けるべきだと、そして自分もついて行くと言っているのだ。それほどの覚悟を、この場で即断したケレン。


 シェエラはケレンを見誤っていた。


 自分に向ける好意も、一緒に居たいと言う要求も、ケレン自身の都合だけだと思っていた。寂しいから、心の中の空洞を充たしたいから、自分の欲求に従っているだけだろうと。


 しかし、今、ケレンはシェエラの為にこの峡谷都市を出て行くべきだと、何一つケレン自身の利益に繋がらない、シェエラの都合の為だけにそれを勧めていた。


 その上で、ついて行きたいというのも、もはや自分の寂しさを癒す為だけでは、あり得ない。


 自分の一生を台無しにしてしまう決断なのだ。ケレンはシェエラの為に、自分もついて行かせてください、と、名乗り出ている。


 その覚悟が、人の心が見えないようでは、港務局長は務まらない。


 自分の娘に、そこまで自己犠牲を尽くす友人が現れたことを、呆れたことにこの父親は、嫉妬を覚えているほどだ。


 母親の方は、友情を超えたそれに、気づいている様子。


 シェエラは、この仕事が良い修行になるのは魅力だが、名誉や功績に関しては興味がない。無理して引き受けなくても、別に構わないくらいの話だった。


 ケレンの為には断った方が良いのだろう。


 確かに大事業ではある。大勢の人の関わる、多くの人の利益や人生に影響する、この峡谷都市とその国の未来を担う一大事業だろう。


 つまり、ガザル先生とエトロさんには、迷惑な話だ。責任者としての実力・才能を問題にしなければ、他に引き受けたがる人など、幾らでも群がって来るはず。


 それに、エトロさんの実績は疑う余地なしだが、ガザル先生はまだ二十代。責任者にふさわしくないと批判する者や、シェエラとの関係を持ち出して、港務局長の公私混同と言い出す人もいるのは確実。


 それが分からない両親では無い。シェエラは直感で覚った。


(この話には裏がある。何かの、秘密の。あるいは政治的な何かが……。娘の私に気づかれるとは思っていないにせよ、ガザル先生とエトロさんに見抜かれるのは、分かっているはず。一先ずは)


「この話、私だけでは決められないので、ガザル先生、森人様、ケレンさん、それにツェルヤさんとも、皆で相談させてください」


 もっともな言い分のはずだったが、『ツェルヤさん』の名前が出た時、一瞬、父の目の奥にで何かが動いたようにうかげた。


(どういう事?)


「ケレンさん、だったかな。君も、ご家族と修行先の師匠、学校の先生とも相談してみるといい。この件は口外してくれても構わない。秘密保持の必要の無い案件だ。よく考えて決めてくれていい」


 大人の態度が逆に怪しい。


 港務局長としては、『有能」との評価を受けている人だが、その評価と友達がいない事実を見れば、おおよそどういう人物かは、分かったようなものである。


 娘のシェエラの目からも、信用できない。が、ケレンはシェエラの父親を、そういう目で捕らえられならしい。


(これは、私が気をつけてあげないと、騙される)


 シェエラは自然に、ケレンを守らなければ、と、想う様になっていた。





 一週間後、ガザル研究工房にて。


「この方が森人のエトロ様、で、こちらが友人のケレンです」


「初めまして」


「よ、よろしくお願いします」


 シェエラはケレンにあらかじめ、エトロ氏が自分の想い人だと告げてある。エバル港山開発者、森の人エトロの名を聞き知っていたケレンは、自分との格の違いに、この恋路は始めから勝ち目が無かったのだな、と理解した。


 が、だからと言って諦めがつく訳では無い。諦めきれないが故に、ますます寂しさが募る。それでもシェエラが側に居てくれるだけでも、癒されはする。


 ここしばらくは、痛みと癒しの繰り返しで、相当に憔悴していたのだ。


 そして今、ついにそのエトロ氏と対面したケレンさんは、その圧倒的な人格者のオーラを放つライバルに、改めて打ちのめされてしまった。


 一体この先、自分はどうしたら救われるのだろうか、自分はこの先、もはや救われることは無いのだろうか。


「あのね、ケレン。一生友達でいてあげるから」


 最近、いや、エバル港山に一緒に行って以来、シェエラはとても自分に対して優しくなった、とケレンは気づいている。


 今もこんなに優しい言葉を掛けてくれる。


 無論、だからまだ見込みがあると言う訳では無く、むしろ、だからもう諦めてくださいと言う意味なのは分かる。


 それでもその優しさが、本当に嬉しかった。


 この場に居る、ガザル、エトロ、ツェルヤも、ケレンの内情はシェエラから聞かされている。


 つらい人生を歩んで来たのだなあと、プライドを尊重しながら憐れんでいた。


 ガザル先生、ツェルヤさんとは、すでにケレンとの顔合わせが済んでいる。ケレンの設計士の師匠とガザル氏は面識があり、仕事の依頼を受けたこともあった。


 今度の複雑な事情も、大まかな説明は通してある。


 シェエラの父、港務局長からは、この一件について口外しても構わないと言われているが、どうもそれ自体、罠の気配がする。


 話が広まる事で、ガザル氏とエトロ氏の責任者就任を、既定事実にすり替える策かも知れず、さらに予想もしていない計略が待ち構えているやも知れぬ。


 そうそうケレンの身の上を、学校側や両親に相談など持ち掛けられない。

感想、ありがとうございます。今日中にもう一話投稿します。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ