第十二話 異郷修行
貨物地区から管理事務舎に移動し、港務局長室へと通される。
「ご両親からの呼び出しの件、内容は分かっているのか」
「どうせ、くだらない話ですよ。待たせるのも難なので、ケレンも一緒に来てください」
(いいのか?)
どれ程、くだらない内容にせよ、家族からの呼び出しに呼び出されてもいない部外者の自分が、勝手に付き添って本当に構わないのだろうか。
「失礼します」
「ああ、すまなかったな、シェエラ」
「…………」
急に呼びつけた手間について謝る父親と、無言で迎える母親。
「ん?」
付き添いのケレンに不審の目を向ける父親。
「こちらは私のクラスの友人のケレンさんです」
「えっ、シェエラ、クラスに友達いたの⁉ 俺と一緒で友達いないと思っていたのにぃ。くやしー」
「あの、シェエラさんは、別に嫌われてはいませんよ?」
「そんな話はどうでもいいので、要件を話してください」
「ああ、実はな、、ガザル君とエトロさんに他国の空港開発と大型輸送艦の建造を頼みたい。
それで、シェエラも一緒に行きたければ同行したらどうか」
「…………」
ケレンさんは、シェエラの両親が何を言い出したのか、とっさには理解できなかった。別にケレンさんの理解が追い付くのを待つ必要は、この場の誰にも無かったはずだが、しばらく静かな沈黙が続く。
「はぁぁ……ぁぁあああっ⁉」
ケレンの驚きの感情が、そのまま声の大きさになって現れた。
シェエラは、エトロと言うエルフの人名の意味を、ケレンにどう伝えるべきかに悩んだが、要は、シェエラが他国に行ってしまう、という事だけがケレンの現時点での理解の全てだ。
ちなみにシェエラの両親は、シェエラがエトロに懐く恋慕の情には気がついていたが、どうせまだ片思いだろう、としか考えておらず、すでにエトロと相思相愛に至っているとは知る由もない。
故に、今回、シェエラを他国に赴かせるのも、娘の片思いを応援する気持ちも全く無い訳でこそ無いが、主にはガザルの弟子としての修行を続けさせるのが目的だった。
むしろ、二人の意中を知っていれば、二人を同行させることには、抵抗が有ったかもしれない。
ましてや、今日ここで初めて会った、娘のクラスメートで友人ケレンの、シェエラに懐く思いの情など、考慮の内に有るはずも無い。
ただ、まあ、今のケレンの驚き方が、何だか妙だなあと思うのみである。
シェエラの方にも、ケレンにどう対応するか、自分の身の処し方を考えるにあたって、混乱はあった。まず、ガザル先生とエトロさんが、両親の要求通り、この仕事を引き受け、他国に出向くとは思えない。
どちらも基本的に、世捨て人、隠者なのだ。
仮に二人が行くと言うなら、無論、自分も行くのが当然だと思うのだが、その時ケレンさんには、どう説明したものか。
自分の憧れる好きな人が、そのエトロという人物だと説明し、その為について行くのだと打ち明けるべきか、否か。
エトロ氏は、このカデシュにおいて、有名人物だ。ケレンも恐らくは知ってはいるだろう。だが、そのエルフがシェエラの意中の人物である等とは、考えつきもしないはず。
言わなければ今回の件、単にガザル先生の弟子だからついて行くだけだと思うだろう。それでいい気もする
両親の言う要件とはつまり、ガザル先生とエトロ氏にこの仕事を引き受けるよう、シェエラが説得せよ、という事だ。
しかし、シェエラにしてみれば、二人がこの仕事を引き受け、自分も一緒にこの都市を出て行くべく、説得することに意味はない。二人が断れば、ケレンの事で悩む理由も消えるのだから。
このままでは、あまりにケレンが可哀想だ。一生抱えるさみしさから救われるために告白し、友人として側に居てあげる、と約束してもらったその日の内にこれである。
ぬか喜びもいい所だ。
これなら、始めからきっぱり断って、突き放していた方がまだましなくらいだ。両親の進めるこの仕事は、この峡谷都市にとって、歴史的な大事業かも知れないが、人一人不幸に落としてまで遂行する価値が、歴史的大事業ごときに有るはずが無い。
今日一日で、自分もずい分、ケレンさんに友好的になったものだな、とも思いながら。
「その仕事に、私もついて行かせてください。お茶くみと雑用くらいなら出来ます」
突然のケレンさんの発言。
シェエラは両親の下を離れて一人暮らしをさせてもらっているが、ケレンはまだ、両親家族の下で暮らしているはずだ。
徒弟制の修行で半社会人とはいえ、結局の所、まだまだ学生。空港開発と輸送艦建造の為に、他国へ向かう程の大事業に、お茶くみと雑用で参加させてくださいとは、暴挙だろう。
(そこまで、私のことを……、重い)
やはり、ときめかない。
でも、何らかの形で、その気持ちには応えてあげたい、とは思う。そう思わせるだけの勇気を振り絞って、ケレンは自分も行くと名乗り出たのだろうから。
「学業や職人訓練は? ご家族だって――」
シェエラの父は、咎める口調では無かった。むしろ問題を確認して、許可できるようなら許可しよう、と言った口調だった。
その方が、娘の協力を得られるという判断なのは、容易に見て取れた。ただ、ケレンけれんさんがそこまで状況を理解しているかどうか、とにかく必死になっている。
「……あなた、ただの友人では無いわね」
シェエラの母が、初めて口を開いた。
「……この子とガザル先生、エトロ様の三人が拒否すれば、行かなくて済む話なのよ」
「でも、行った方がシェエラさんの修行の為に、シェエラさんの実績になるんですよね」
シェエラはそこまで考えていなかった、ケレンがそこまで考えていたことに、驚かされた。
輸送艦建造責任者の弟子。
このような立場で、歴史的事業に携われる実質を伴う栄誉を受けられる機会など、人生に幾度もある事では無い。
技術職能者としての人生の出発点で、このチャンスを得られることは、シェエラにとって幸運以外の何物でもない。
同じく職能者を目指していたケレンが、シェエラの立場をそう考えるのも自然な事だ。
午後また投稿します。よろしくお願いします。