第十一話 裏表
眩く壮麗なモールのエントランスを横切って、奥まった通路へつながる裏街道へ二人は向かった。裏道と言う割に、むしろ表モールの中より明るく照らされていた。
発光金属ガンガンである。
通路の天井からはミラーボールが吊るされていたり、壁面には何を表すのか意味の不明なネオンが躍る。ハッキリ言って下品だった。
これがあの、オシャレで知られたカデシュ人の住む街か、と言わざるを得ない。
意外にも人通りが思いの外、多い。さらに意外にも、行きかう人々のほとんどがカデシュ人には見えない。
移住者やカデシュに暮らす異国人と言うよりは、明らかに一時的な観光客、どこから来たのか分からない者達の様だ。
その人々が、何を売る店なのか分からない、いつからそこで営業を続けているのかも見当がつかない店舗の中で、何に使う道具や薬なのか、これも見当の付かない謎の商品を、山盛り一杯、まとめて買いこんでいく。
ケレンはシェエラの見た様子、ワクワクしながらこの謎空間を歩いている。裏通りも表通りと同じく、次第に上へ上へと道が続いているらしい。
このまま進んで行けば、やがて、チェックインカウンターや搭乗・到着ゲート、待合室、手荷物・検査関係のサービス施設の並ぶ、旅客ターミナルセンターにたどり着けるだろう。
むしろこの通路の方が表通りより、旅客用施設を目指すなら近道かも知れなかった。まさか、それが理由で観光客がこの裏通りを利用しているとも思えないが。
試みに、二、三軒、店の中をのぞき、商品をうかがってみた所、どれもこれまでこの峡谷都市の中で見た事の無いような、デザインや性能の商品ばかりだった。
もしかしたら、全て密輸入品ではないかと、疑わしい。
それでは何の為に観光客は、カデシュを訪れて来て、カデシュ製では無い商品を買って行くのか、意図が分からない。
中には、もしかしたら、カデシュ商業組合法に違反する、即ち犯罪的な違法商品ではないか、と言う様な代物も売っている。
「なあ、シェエラ。なんだかドキドキするな」
「気をつけてください。ウカツに妙な物を買わないでくださいね」
「この薬なんかどうだろう。何に効く薬だろうな」
「だから、そういったモノを買わないでください」
「どうだろう。どれかシェエラにプレゼントしたいな」
「いりませんっ」
半場以上歩いて来たが、ついに地元民らしい人達には、出会わなかった。
「大体、どういう所かは理解出来ましたので、そろそろ表通りに戻りませんか」
「ああ、そろそろ表モールで本当の地元民に会いたくなって来た」
「その気持ち、よく分かります」
始めて来た裏通りでも、おおよそ坑道都市内のどの辺りに居て、どこを通ればどの辺りに出られるという事が分かるのが、本当の地元民という者だ。
直ぐに、落ち着いた雰囲気、小ぎれいでいて華やかな、表エバルのショッピングモール、どこかの百貨店と思しき空間に繋がった。
「面白い冒険だったな」
「少し休みますか」
「両親に会いに行く時間は、間に合いそうか?」
「まだ、余裕です」
十五分後。
「まさか、百貨店の支配人が挨拶に来るとは、思わなかった。港務局長のお嬢さま」
「勘弁してください」
店内も店外も、白亜色で統一されていた商業施設区画を抜けると、その上階は公共観光施設区画だった。
もっとも、国家という公共機関を持たないカデシュ人にとっては、公共と言う言葉の持つ共有財産意識は、他国の『公の精神』より鮮烈な意義がある。
図書館、美術館、植物園、観光農場、リラクゼーション・サービス等を、地下空間からエバル山中腹の地上施設まで繋げ、旅客ターミナルと商業施設の緩衝帯に設けていた。
内部で徒歩移動する分には、確かに手間だが、外から軽飛行車で乗り付ける分には、ほとんど問題にはならない。
ケレンとシェエラは、内部を徒歩移動だが、牧場施設を通過するルートを敢えて選んだ。
「見ろっシェエラ。一角羊は可愛いぞ」
「言われなくても、分かりますって」
「メェエエ~~ェ」
「聞いたかっシェエラ。有翼ヤギと同じ鳴き声だぞ」
「言われなくても、分かります」
「おいで、動物たち」
「きゃあっ」
「何でっ、シェエラの方にばかり集まるんだ! やっぱり私は愛されない宿命なのか⁉」
「大声で興奮するから、怖がられるんですよ。落ち着いて誘えば寄ってきます」
「あ、ホントだ。なんだ、そうだったのか」
「メェエエ~~ェ」
「あばばばばば、でぇんきぃひぃつぅじぃだぁ」
「いぃわぁれぇなぁくぅてぇもぉ、わぁかぁりぃまぁ、あばばばばば」
「ふう、感電死する所だった」
「帰りも感電していきましょう」
「なんで?」
そうして二人はついに、山頂ターミナル施設にたどり着く。
「空港管理事務所へは、旅客ターミナルから行くのか?」
「いえ、あっちは面倒くさいので、貨物ターミナルから行きましょう。私たちは関係者ですから、ターミナル内の通行はフリーパスです」
貨物地区では、港山荷役の労働者たちが荷役作業者を操縦しながら、盛んに行き交っていた。彼らは皆、港務局長の一人娘であるシェエラを見知っているらしく、通りかかると気さくに声を掛けて来る。
何故か、信仰の対象を仰ぎ見るような、気さくな態度で……。
「何でシェエラはあの人達から、姫と呼ばれているんだ」
「知らないんですけど、全員、私に忠誠を誓っていて……」
「この空港の労働者って、一万人以上いるのではなかったか。この都市で現在、最大の武力を有しているのは、実はシェエラってことなのか」
「そうかも知れないけど、考えない方がいい気がします」
明日も投稿します。がんばりますのでよろしくお願いします。