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峡谷の街 風河の都市  作者: 雨白 滝春
第一部
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第一話 春森

 ガラス杉の森を、一人の少女が駆け抜ける。


 樹木の枝先から溢れ出た樹液の結晶が、琥珀色の葉脈となり、ガラス質の皮膜の葉を広げ、枝々に散りばめられたステンドグラスが、七色の木漏れ日を投射する。

 生命の躍動する春先の日差しが、森の中に活力を注ぐべく、虹の乱舞を踊らせていた。


 ガラス杉の新緑の芽は、薄く淡く、透過度が高い。


 夏には、その厚く黒々と濃いガラス質の葉を茂らせ、突き刺すような日差しを和らげてくれるこの樹木も、この季節には彩を与えるだけで、陽光の持つエネルギーを奪うことなく、森に息づくすべての生命に、その恩恵を分け与える。


 森は光の恩恵のみならず、音の祝福も奏でていた。


 木々をしならせる春風に、枝先に止まり揺する鳥たちや、草花や羊歯の葉から飛び立つ虫たちが、ガラス杉の葉をさざめかせ、鈴の音のような硬質の高音を響かせる。


 音と光。


 さらには、日差しの温かさと木陰の冷涼感、草花や羊歯の葉の醸す匂いに、口を開いて駆け抜ければ、青々しい春風の味。森は五感の全てを潤し、満たす。


 森の中を進むにつれ、様々な樹木が現れ、周囲は雑木林になる。


 流体金属のような樹皮を巻き付けた、水銀白樺。

 水面に浮かぶ波紋のように針葉から光の輪を散らす、灯籠カラ松。

 光線を乱反射させながら光の軌跡で眩い抽象画を描く、映写三つ葉ツツジも見かけた。

 根が大地から水を吸い上げ、幹の中を流れる際に、沢を降る清流のような音楽を奏でるオルガンブナ。

 紅玉の実を実らせる、ルビークヌギ。

 黄玉の身をつけた、トパーズコナラ。


 森に満ちる光と音は、進むにつれて、さらに強く輝きを乱舞させていく。


 少女は森の中を駆ける。


 クセのある肩にかかる髪を、律動よく弾ませながら、踊るように直走る。学生らしい整った服装と、実用一点張りの、それ故洗練された革靴で、霜の降りた跡の残るサクサクと沈む地面を蹴りながら、七色の木漏れ日の中を駆け抜ける。


 虹色に乱舞する光を浴びると、少女のプラチナブロンドの髪は、輝きながらその色彩に染まる。夜空を背景に置けばその髪は、中秋の名月に添えられた金糸ススキを思わせるかも知れないが、昼の陽の下に踊るそれは満開の朝露ヒマワリのようだ。


 白光色の髪とは逆に、色素の強い小麦色の肌は、むしろその少女に調和していた。活動的な風貌の少女にしてその肌は、本来、白皙だったものが陽射しにさらされ続ける間に、健康的に焼きあがった物かに思えた。


 やがて少女は立ち止まる。

 そこが、その場所が、目的地であるらしい。


 石柱ケヤキや岩クスノキが、互いの枝を交差させるように等間隔に生えそびえた、不思議なバランスの天然林。よく見れば、木々の間に縄梯子が渡され、枝から枝へと伝わって行けそうだ。


 しかし少女は、芝生のように下草の生え拡がった、地上を歩く。縄梯子の渡された等間隔に生えそびえる木々は、広く、さらに深く、森の奥へと続いて行く。


 やがて樹上の縄梯子には横板が架けられ、より伝わりやすくなっていた。


 石柱ケヤキや岩クスノキは、奥へと進むにつれてより樹齢を重ね、幹も枝もより太くより高く、さらに大きく頑丈になって行く。互いに交差する枝々も、より密になり、架け渡される梯子も複雑に増えて行った。


 少女は樹上を見上げながら目を細め、何かを探るように森の中枢へと導かれて行く。


 少女の目は、何かを捕らえた。


 樹木の上、葉に被われ隠されるように、木製の建築物がうかがえる。機能的かつ瀟洒な家屋が、幹を中心に放射状に延びる枝々の上で、異質感も無く元より自然な状態のまま、築かれていた。


 目を凝らして見回せば、周囲の樹木のほとんどに建造物は建てられている。互いに縄梯子で連結されたその家々は、一つの村を成しているようだ。


「森人さまァっ」


 少女は樹上に向かって、静かな声で呼びかける。樹上家屋の一圏で、扉が開く。少女の呼びかけに応えて、人影が姿を現した。


 上質で軽装な、品の良い衣服を身にまとった、華奢でいて背の高い儚げな印象を見る者に与える、線の細い人物だ。少女とよく似た髪の色だが、少女の物よりまとまったしっとりとした髪質をしている。


 ここまで聞けばその人物はずい分か弱く、頼りなげな容姿と思わせてしまうかも知れないが、その顔を見れば印象はくつがえる。


 邪気を寄せ付けない、強く曇りの無い眼差しも、引き締められた、意志の強さを象徴するような口元、細く真っ直ぐに引かれた眉、高く筋の通った鼻も、その全てがその人の精悍さを示していた。


 それで居ながらその端整な容貌は、他者を威嚇するような険しさを一切含まず、見る者を招くような包容力すら感じさせる。


 聖者の狩人、とでも言うべきか。


 ただひとつ、その人物の左右の耳が長く尖っている事だけが、彼は人間では無いと告げていた。


「よく来たな。案内しよう」


 彼は妖精だ。

 人ならざる者だ。


 それに導かれる少女はしかし、どう見ても人の子だった。


 妖精の導きに従い、少女は木の上に登り、縄梯子にたどり着く。それを見届けてから、その若き妖精はさらに縄梯子を伝わり、樹上の村の奥へと足元を揺することなく、歩み進む。


 少女は、これは足元を揺らしながら、その青年の背中を追う。


 枝々を巡り、樹上の村を辿りながら進むうち、石柱ケヤキと岩クスノキ以外の雑木たちが、再び現れ出した。


 大地から頭上の木々を眺めていた時とは違い、ガラス杉の葉やルビークヌギ、トパーズコナラの実が実る枝と、同じ高さを歩いているのだ。


 乱反射する七色の光の乱舞は、少女の目線と同じ高さ、手を伸ばせば触れられる距離で輝いている。


 シャンシャンと鳴り響く、鈴の音のように踊る音も、「降り注ぐ」から「吹き抜ける」へと様相を変えていた。


 少し先を行く妖精の青年の背中は、光と音に包まれても、見失う事が無い。その青年もまた、強い光と音を輝かせ奏でているかのようだ。


 やがて青年は立ち止まり、少女に向け振り返る。


「着いたよ」


 妖精は自分の隣に少女を招き入れた。その先にある光景は、木々の無い下草だけの拡がる広場。


 その中心に、他を圧する巨大な火華桜。


 バチバチと快い発火音と共に、赤・青・黄・緑・紫・白・橙と七色の火花を吹雪かせる、満開の桜木。

前作ウシュムガル伝はこの作品が終わり次第、再開します。

今作は既に完成しています。よろしくお願いします。

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