2-2.秘密基地の遊び仲間・宮廻あやめ
ブックマークや評価が増え、ランキングがぐんぐん上がっているのを見て毎度驚いてます。
ありがとうございます。
とん、という軽い音がした。背中かぐにゅっとした物にぶつかる。あれ、思ったより痛くない?
地面が偶然柔らかかったのだろうか。
「もー、寄木。何やってんのよ」
耳元から跳ねるような調子の声がした。慌てて顔を守っていた手を除けると、真横に宮廻が仰向けに寝転んでいた。
あっ、俺が突き倒してしまったのか!
尻餅をついていた俺は、慌てて宮廻に這い寄る。
「わ、悪い!み、宮廻、怪我してないか?!」
「大丈夫よ。どんくさくてコケるあんたと違って、あたし運動神経いいからね」
そう言って、にへらと笑う宮廻は痛がる様子も目立った外傷もなくて、少しだけ安堵する。
「本当か?痛いところとかないのか?」
「うん。あんたが怪我しないように、支えながらゆっくり倒れ込んだだけだし。背中にリュックもあって勢い吸収してくれたからね。全然へーき」
あ、あの柔らかい感覚は、宮廻が俺を庇ってくれたからなのか。
言われてみれば軽い衝撃を感じたのは背中だったのに、俺は尻もちをしていたもんな。
尻には痛みとかは何もないし、お陰で無傷でいられたと。いや、感謝しかねえ。
「ああ……ありがとうな、宮廻」
「大袈裟だって!これくらいでいちいち焦ってお礼言わなくていいから」
宮廻は少し胸を張って、誇らしげに笑う。
でも冷静に考えると子供二人分の重みで倒れ込んだわけで。宮廻は元気そうに言ってるけど、本当に大丈夫だろうか。
地面に倒れ込んだままの宮廻をじっくりと見る。デニム生地の膝丈スカートから覗いている膝小僧に生々しい痣が……。
「なに見てんの?あたし何か変?」
痣を注視をしていたら、宮廻が俺の顔を不審そうに見てきていた。
あ、これ、スカートの中を見てるように誤解されないか?!
自分が変態と思われかねない状況だと気付いて、俺は慌てて飛びのく。
「いや、本当に大丈夫かなと思って。その膝の痣とか……」
「ああこれ?一昨日のサッカーでゴールにぶつけたやつ。思っきり蹴ったの、あんたも見てたでしょ?」
「頭とかクラクラしないか?」
「してないしてない」
「吐き気は?」
「ないって!どうしたの?むしろ寄木が大丈夫?」
しつこく何度も聞く俺に、むしろ宮廻が逆に心配そうな顔になる。そして宮廻はふっと笑って、飛び跳ねるように立ち上がった。
「もう。あたしは大丈夫だから、さっさと秘密基地いこ?」
スカートの後ろをパンパンと叩いて汚れを落としてからぴょんと小さくジャンプをし、そしていきなり走り出す。
あ。そうだった。今日は河川敷ではなくて、秘密基地で遊ぶ約束していたんだった。
って、まずい!
秘密基地は込み入ったところにあるから、行く道筋の記憶が若干怪しい。置いていかれるとたどり着けないかもしれない!
慌てて俺はその後ろを追いかけた。晩冬の強い風が吹き荒れる河川敷を宮廻と俺は突き進んでいく。
*****
俺たちの秘密基地は、河川敷沿いに下って十分ほどの場所にある。
うちの小学校の学区を少し超えて隣の学区に入ったあたりの、住宅地と町工場が混在する地区にひっそりと立つ、さびれた廃工場。それが我らが秘密基地だ。
バブル期に事業拡大したものの、バブル崩壊からの不況が直撃して倒産した会社の工場だと誰かが言っていた。そこから何年も経つのに買い手がつかないのか、ずっと放置され続けていて、俺たちが初めて探検した時は既に埃と錆まみれになっていた覚えがある。
宮廻と俺は息を潜めながら、静かな住宅街を歩いていく。
ボロくなった廃工場を遊び場にしているなんて、バレたらマズいからね。普通に不法侵入だしな。まあ十歳前後の小学生が不法侵入をしたところで、大問題にはならないだろうけどさ。
ただ、多少なりとも怒られるはずだろうし、何より息を潜めて動くという行為自体がなんかワクワクするので、俺たちは足音を立てないようにひっそりと進んでいく。
途中からどちらともなく物音を立てると、もう一方が怒ったフリをしながら「しーっ」と口に指を当てて注意するやり取りが始まった。
俺が小石を蹴れば宮廻が「しーっ」と言い、宮廻が空き缶を踏みつけて音を鳴らせば俺が「しーっ」と言う。
音を立てるたびに「しーっ」と応酬していくだけの単純な掛け合いがなぜか楽しい。一種の様式美なのかもしれない。
注意の応酬を繰り返したせいであんまり忍べてない俺たちは、なんとか誰にも見咎められることなく秘密基地までたどり着いた。
秘密基地こと潰れた工場は、昔は気に留めていなかった小さく残る看板を見ると、どうやら稼働時は繊維産業の町工場だったらしい。
全体的に錆びたりくすんでる色合いが、廃墟っぽい雰囲気を醸し出してる。いや、実際に廃墟なんだけどね。しかし良い味してる。
実をいうと俺は、廃墟が結構好きだ。
大学の時に夏休みを利用して、大学から自転車で行ける距離の廃墟を二十件くらい回ったくらいには好きなんだよ。……イマイチどれくらいか伝わりにくいな。
あと、廃墟の写真集も五冊くらい買ってた。これも分かりにくいか……。
しかし、廃墟巡りは楽しかったな。寂れた人工物の中で一人っきりでいると、人が滅んだ後の世界って感じがして、ロマンがあるんだよね。
また行きたいな。今はちょっと体格的に色々危ないだろうけど、またもうちょっと大きくなったら行こう。
そういえばあの夏休み、遠方で日帰りは難しいからと内部で一泊した廃墟が電波が入らなくて、ゼミの連中がめちゃくちゃ心配してたっけ。電波が入った瞬間に鬼メール鬼電話が入って、びっくりした記憶がある。
教授なんかは大慌てで捜索願を出そうとしかけてたらしいけど、子供じゃないんだから……。
目の前の秘密基地を改めてじっと眺めると、年季はまだ足りないものの、寂れた雰囲気はポストアポカリプスの香りが満々である。テンションが上がってきた。
しかし、俺の廃墟好きの原点はこの秘密基地だったのかもしれない。ていうか、多分そうなんだろうね。
俺たちは敷地内に大袈裟な忍び足で侵入すると、脇の方に回っていく。
秘密基地の周囲は二メートルほどあるコンクリの壁があって、開口部から中に入ってしまえば見咎められることはまずないはずだ。
表のトラックも入れるような搬入口はシャッターが閉まっていて、裏口も鎖でガッチリと施錠されている。なので、普通の入り口からは入ることができない。まあ、当たり前である。ちなみに裏口の鎖はちょっと見ただけでもわかるくらい風雨でサビサビで、廃墟マニア的には眼福だった。
普通の入り口が無理だとなって、じゃあどこから入るかというと、今俺と宮廻が立ってるここ。換気用のダクトからだ。
工場の横腹に乱暴に積み上げられた、煉瓦やコンクリブロック、そして鉄塊が合わさった丘を登ると、俺たちの頭の先あたりを底辺にして真四角な穴が壁に開いている。六十センチ四方くらいのそれが侵入口だ。
ダクトと言っても本格的なやつではなく、長さ五メートルもないくらいの簡易的なものだし所々錆が浮いてるけど、それが廃墟感を増してむしろグッドだ。
「じゃあ、あたし先に行くから。周り見といてね」
ダクトの中に先に真っ赤なリュックだけ押し込んだ宮廻は、そう言いながら首を必死に左右に振ってキョロキョロと見回す仕草をする。
いや、キョロキョロというよりむしろ、ヒュンヒュンヒュンって擬音が出る勢いだ。お前はおもちゃを買ってもらえずにイヤイヤをする幼児か!
その必死な様子が面白くて、俺はぷっと吹き出してしまった。
「しーっ」
間髪入れずに宮廻が唇に人差し指をあてて、怒ったふりをする。
一生懸命眉間にシワを寄せている癖に、口元が露骨ににゅっと歪んで笑いを我慢しているのがおかしくて、俺は堪えきれず「わはは」と笑い声まであげてしまった。
つられて宮廻もクスクスと笑い出す。おっ、お前も笑い声あげたな!
チャンスとばかりに「しーっ」と怒ったふりを仕返ししてやる。すると、必死に我慢していた口の歪みを抑えきれなくなって、宮廻はぷっと吹き出し、そして腹を抱えて笑いだした。
追い打ちとばかりに、俺はもう一度「しーっ」と注意する。宮廻がぷっとまた笑う。また注意する。また笑う。
注意するたびに宮廻がぷっと吹き出すので、楽しくて俺は何度も何度も注意してしまう。
「もうっ、やめっ」
十回ちょっとやり取りを繰り返したあたりで、宮廻は笑いを噛み殺しながら俺の腕をペチペチと叩いてきた。俺も笑いながらペチペチ応戦する。
ペチペチ、ペチペチとシュールな音を垂れ流しながら、クスクスと笑う二人。傍から見るとバカそのものである。
ひとしきり笑った後、宮廻は目頭に溢れてた笑い泣きの涙を人差し指で拭って、
「じゃあ行くからね」
とダクトの中へ飛び上がった。
着地した時に軽い金属音がしたので「しーっ」と俺が注意すると、ダクトの中で反響した宮廻の歪んだ笑い声が届く。
「ふふっ。もうさ、潜入始まったんだから静かにして」
笑いを噛み殺して怒ったふうな口調の叱責が帰ってくる。宮廻が笑ってくれたのが嬉しくて、俺も「ふふっ」っと口元が緩んだ。
「おっけー、とりあえず安全ぽい」
宮廻が安全確認をしてくれたので、俺もそろそろ行かなきゃな。
古い工場なので色々危険があるかもしれないからと、俺たちは秘密基地で遊ぶ時には一人が先に行って安全を確認するように決めていた。
というか、過去の俺が提案したはずだ。だって危ないじゃんな。
言い出しっぺだから俺がその役をやることになるだろうな、と覚悟していたけど、宮廻が「確かにね。じゃ、あたしに任せてよ」と即座に言い出したので、確認は宮廻の役目となった。
宮廻としてはカッコいいから自分がやりたい、って感じだったんだろうな。
勢いよく手を上げながら「じゃああたし、切り込み隊長ね」って言ってたし。でも、どっちかと言うと斥候とかだと思う……。
危険な役をやらせてしまって申し訳ないと思うけど、今も楽しそうな声で奥の方から「出口も塞がれてないね。こちら切り込み隊長、先に降りて確認します!」という元気な声から、いかにもエンジョイしてるって感じが伝わってくるから良いのかもな。
とりあえず、次回は俺が代わると言ってみて、嫌がったらそのままやってもらうか。まあ、記憶を掘り返してみても、そんな危険な場所はないはずだから、大丈夫だろう。
……てことは、危険だから確認しようと言った昔の俺はただのビビリってことになるな。
いや、危険かどうか判断できなかっただけだし、俺はビビリじゃない。そう、俺はビビリじゃない……。
小学生にとってビビリという言葉は重いのだ、全力で否定しておこう……。
「うおっ」
ふとダクトの金属にぼんやりと写った自分の顔を見ると、気持ち悪いくらいに緩んでいてニヤけていて思わず声が出た。ええ、変な笑い方してる、気持ち悪っ。
なんだこいつ。
でもまあ、楽しいもんなあ。仕方ない。
いやはや、小学生らしく遊ぶのは楽しい。そして、宮廻と遊ぶのは楽しい。びっくりするくらい楽しい。
「あー、楽しいな」
心の声も口から溢れてきた。
さっきみたいにちょっとした掛け合いをするだけで、バカみたいに笑えてくるんだからびっくりだよ。
階段を降りる時の緊張が嘘みたいだ。
……なんでこんな仲が良かったのに、俺は宮廻と喧嘩してしまったんだろう。遊ぶのが楽しかったせいで忘れていた過去の事実に、心が少しだけ翳ってくる。
今日の感じだと、宮廻が俺に何か隔意があるようには思えない。
本当に一体、なぜ。
「なにしてんの、寄木!早くきなよ!」
「お、おうっ!」
反響して妙に間延びした宮廻の声が、ダクトから聞こえてくる。俺は思考を中断すると、そそくさとダクトへと飛び込んだ。
明日は歯医者さんに行くので、『婚活失敗続きの俺が小学生に逆行したけど、とりあえず無難に生活したい』は余裕があれば投稿します。
原稿自体は既に書いてあるので、あんまり歯医者さんが痛くなかったら最終確認をして投稿しますね。痛かったら明後日に投稿します。
評価ブックマーク感想が励みになって、バリバリ書き溜めが出来ています。ありがとうございます。これからも是非ご贔屓によろしくおねがいします。
明日20時前後に、昔書いていた短編を投稿するのでそちらもお楽しみください。
https://ncode.syosetu.com/n5100gb/
(3/4追記)投稿しました。