12-5. 君とプールで秘密のレッスン・土肥玲花
こんばんは。お待たせいたしました、久しぶりの更新となります。
前回の内容を忘れている方は、12話の最初からお読みくださいますと助かります。
「失礼、通るよ。土肥……お待たせ」
パラソルを囲む男子たちの間を縫って強引に進むと、困惑と緊張がないまぜになった表情の土肥が、俺の顔を認めて少し明るい顔になる。
やっぱり戸惑っていたか。まあ土肥がいきなり見ず知らずの男子と話せるはずもないし、そりゃそうだよな。
いやはや、確かに土肥は目を惹く美少女ではあるけど、こんなに強引に誘われるのか。顔がかわいいというのも良い事ばかりではないんだなあ。
「じゃあ、行こうか」
「おい、待てよ」
俺が戻っても男子たちは囲いを解かない。
けっこう執着心があるな、君たち。さっき俺が見て中に土肥が囚われていたことに気付かなかったし、プール監視員のお兄さんとかが向こうから仲裁してくれることはないだろう。ならこっちが動くしかないか。
ペットボトルを頑張って片手に二個持ちにして、反対の手で土肥の手を取って男子たちの間を抜けようとする。
だが、囲んでいた男子の一人、バナナを全面にあしらった海パンを履いた坊主頭の少年が俺の肩をグイッと掴んできた。
「お前、俺が話しかけてたのに、横入りするなよ」
「土肥と遊びに来たのは俺だから。それこそ横入りじゃない?」
真面目くさって反論すると、肩を掴んできたバナナ海パンくんはめちゃくちゃ険しい顔になって俺のことを睨みつけてくる。
一瞬口を開いてから閉じて睨んできたので、多分言い返す事が出来なかったのだろう。
そんな彼に若干呆れながら俺も目を見つめ返す。
「おら、どけよ」
そんな俺の態度にイライラしたのか、バナナ海パンくんは顔を顰めて胸で俺の胸を押してきた。
同時に土肥が、ぎゅっと取った手を握り返してきた。その手がいつになく汗ばんでいる。
若干血が上りかけていた頭が土肥の脈動を感じて落ち着いていく。
冷静に考えると、土肥は今日中に泳げるようにならないとゴリ山の特訓に参加しなければならないわけで、こんな無駄なやり取りに時間を使うわけにはいかない。
そして大声を出して助けを求めてもいいけど、それでもし騒動となってしまったら時間が無駄になる。そうなると土肥はやはりゴリ山との特訓になるわけで……面倒くさいな!
同じような思考を、土肥が小野瀬たちに囲まれてた時にもした気がする。いやはや土肥はこう、囚われのお姫様気質なのだろうか。
「……悪いけどさ、俺たち用事があるから通してくれると嬉しいんだ」
「あ?」
ちょっと間をおいてから、俺はゆっくりとバナナ海パンくんに話しかけた。
大学時代のバイト先で酔客を相手にしていた時の必勝法として伝授された技『努めて冷静な口調で対話を持ちかけてみる』を使った形だ。けども反応は芳しくなかった。
キレている人には冷静な口調で話すしかないというのは、当時の店長が教えてくれたんだよな。
いつも酔客や面倒くさそうな客が来ると「店長を出せ」という前に相手を代わってくれるめちゃくちゃ良い人だったんだけど、酔客について話す時の顔は目が座っててけっこう怖かった。
色々嫌な思いをしてきたんだろうな……。
「てめえ、俺のこと舐めてるだろ?」
さてはて店長直伝の冷静な口調は、バナナ海パンくんには効かなかった。
それどころか、意味のわからない因縁まで付けられてしまった。
「もうやめとこうぜ」
「はあ?なんでだよ?こいつムカつくだろっ!」
ヒートアップしているのを見ていられなかったのか、バナナ海パンくんを横に立ってた男子が止めようとする。
が、それがバナナ海パンくんの怒りに火をくべてしまったらしい、乱暴に手を振り払って顔を斜めにして俺の顔面へ近づけてくる。
完全にヤンキーの所作である。眉間に皺が寄ってるけど、癖になるからやめたほうが良いと思う。
「お前、一発殴らせろ」
「あーはいはい、殴ったら終わりでいい?」
俺としては早く土肥の水泳の練習を再開したいところだったので、もはや何でもよくなっていた。
それに、ここで俺とバナナ海パンくんが喧嘩でもしたら土肥が怪我する可能性があるし。俺が殴られれば済むならそれでいいや、と思えてきた。
ていうか、小学生高学年や中学生なりたてくらいのパワーなら、殴られてもそんなにダメージなさそうだしな。バナナ海パンくん、威勢の割になんかヒョロいし。宮廻に殴られたほうが絶対痛いだろうな。
「おらぁ」
俺の適当な返事に堪忍袋の緒が切れたのか、いや彼がキレる正当性なんて何も無いんだけどね、バナナ海パンくんは思い切り拳を振り上げ……。
「こらーっ!あんた!何してるの!」
いきなり女性の声がして、その場の全員が固まった。同時に土肥が俺の手をギュッと握ってきて、ちょっとだけ痛い。
バナナ海パンくんたちに囲まれているせいで声の主を伺うことは出来ないけれど、なんかちょっと聞き覚えがある気がする。
「人に暴力しちゃダメでしょ!」
囲みが解かれるとそこに居たのは、さっき俺が土肥に水を掛けてた時に誤解して注意してきた女性だった。
「誰かと思ったら……学校だけじゃなく校外でも人様に迷惑かけて!」
「あ、えっ?」
「下田先生っ?!」
突然の女性の登場に、バナナ海パン君たちはめちゃくちゃ動揺した様子が隠せていない。完全にヤバいものを見た時の顔をしている。
悪さをした時にゴリ山に見つかった奴がこんな顔をしているのを見たことがあるな。
全員ガクガク足が震えているし、今にも逃げ出したいって感じだ。
「あら、さっきのカップルさん。この子たちは私の担任してる生徒なの。迷惑かけてごめんなさいね……ほら、謝る!」
なるほど、学校の先生だったのか。んでオイタをしていた奴に注意したら、自分の受け持ちの生徒だったと。
女性は俺たちに微笑みかけながら、バナナ海パン君の頭を掌で鷲掴みにして俺の方へと向かわせる。
え、割とパワフルだなこの人。
「でも、俺……」
「怒られてる時に『だって』も『でも』も禁止だっていつも言ってるでしょ!ほら謝る!」
「いてて、わ、わかったから」
「わかりましたでしょ!」
ペシン、という音とともにバナナ海パンくんは「うぎゃっ」と声を漏らす。尻でも叩かれたのだろうか。
「……わ、わかりました……。ご、ごべんなざいっ!」
微笑み続けている女性にアイアンクローのように後頭部を押さえつけられ、指で圧をかけられているバナナ海パン君は、半分涙目で俺達に頭を下げてきた。
鼻水が提灯みたいに鼻の穴から出ていて、なんとも滑稽な姿である。
「あ、うん……」
反射的に俺が頷くと、女性もようやくバナナ海パンくんの頭から指を離す。
そのままバナナ海パンくんはぺたんと地面に座り込んだ。もはや完全に茫然自失といったその様子はあまりに哀れで、俺もさっきまで殴られかけてたのに可哀想にすら思えてくる。なんか、グスグス鼻すすってるし、多分泣いてるんだろうな。
「この子たちは後でまた言い聞かせますから。ごめんなさいね」
「いえ、お気になさらず……」
「じゃあ邪魔者は消えるから、デート楽しんでねー。ほら、起きなさい。全員説教だからね」
そう言いながら、女性はバナナ海パンくんの頬をペチペチとして立たせて、そのままどこかへと連れ去っていった。
「じゃあ、土肥。これ買ってきたから飲もう。熱中症とか怖いし」
「あ、えと。うん、ありがとう寄木くん……」
なんとなく弛緩した雰囲気を変えようと、土肥の手に買ってきた清涼飲料水を渡して俺も自分のボトルを開けて飲んでいく。
「やっぱ運動の後のスポドリは最高だな」
「うん、そうだね」
汗で失った諸々を補充できている感じがあって、口や喉だけでなく全身が気持ち良い。
よくわからない問答のせいでちょっとだけヌルくなっていた清涼飲料水を、俺は一気に半分ほど飲み干した。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
久しぶりの更新で緊張しました。
自粛解除の影響で急に多忙となり更新が遅れました。
新作もアップすると言っていたのに、そちらも出来ていないですね。
共々申し訳ないです。
ようやく落ち着いてきましたので、週2回更新ペースで再び頑張っていきます。
次回で土肥とのプール編が終わり、次々回から宮廻の誕生日プレゼント回の予定です。




