12-3. 君とプールで秘密のレッスン・土肥玲花
「んじゃ、更衣室出てすぐの所で待ってるから」
「うん」
土肥と更衣室の前で別れて俺は男子側のロッカーを物色する。
体が小さくなったせいで、高い場所が使えないのは不便だと思われるかもしれない。
けど、基本的に成人男性は上の段を使うことが多いので、上がほぼ埋まってても下は空きがありまくりって感じなんだよね。
戻ってみるとそういう発見がちょこちょこあって、面白いんだよな。
とりあえず荷物をぶち込んで、去年……といっても俺の主観からしたら二十年ほど前なんだけど……海水浴に行く時に買ったらしい海パンを履く。
ちょっと小さいけど許容範囲だ。本当に小学生って体がでかくなるのが早いよな。
クラスで話していると、上靴も汚れるより先にサイズが変わって買い直した奴もいて、本当にびっくりする。
脱水症状が怖いので清涼飲料水を買わなきゃなと思いつつ、財布や服をロッカーに突っ込んでプールへと向かう。
プール開き直後というのもあるのだろう、人は思ったよりは少なかった。まあ、まだ開園してから数十分だしこの時間帯で多寡を論じるには早すぎる気もする。
家族連れが一番多そうで、次に学生グループが目立つ気がする。高校生とか大学生くらいのカップルもちょこちょこいて、仲睦まじそうに腕を絡めたりしているのが目に入る。いやはや、リア充様というのは幸せそうでいいな。俺もまあ友達には恵まれているとは思うけど……やっぱり羨ましさは感じてしまう。
「寄木くん、お待たせ……」
「おう、待ってないよ」
小さな声に振り向くと、スクール水着姿の土肥が俯いて立っていた。
なんだかちょっと気落ちしている感じに見えるけど、せっかくプールに来たのになんでそんな感じなんだろう。
さっきのバスではテンション高かったから、プールで練習するのが嫌って感じではない気はするんだけど。
「どうしたんだ?」
「えと、水着が……」
そう言って土肥は胸元に『土肥』とデカデカ書かれている、スクール水着の肩紐をちょいちょいと引っ張った。
ちなみにクラスの部分は四年生だった時のがマジックで消されていて、その横に小さく5-1と書いてある。
ああ、スクール水着が恥ずかしいのか。まあ確かに、名前が大きく書かれてると嫌だよな。
俺の目線に、名前を見られるのが恥ずかしいのか土肥は胸元を隠す。
「これしか家になかったの……。一昨年の水着が着れなくなってて……」
「俺が明日行こうとか言ったせいだな、悪い」
昨日の今日で新しい水着を買いに行けるはずがないよな。だから俺もちょっと小さな去年の海パンを用意してきたわけだし。
いや、土肥に恥ずかしい思いをさせてしまったな……。
「えと、寄木くんのせいじゃないよ!」
「いやどう考えても明日とか言いだした俺のせいだろ……」
「ううん、違うよ……えと、準備運動ってなにすればいいか寄木くん覚えてる?」
ブンブンと土肥が首を振る。そして露骨な話題そらしを敢行しながら、そのままぴょこぴょこジャンプをし始める。
土肥の優しさが身に沁みるぜ、本当に申し訳ない。が、わざわざ雰囲気を変えようとしてくれているのに俺が引きずってもダメだろう。
俺は努めて明るく返事をする。
「おう、体の上の方からやるといいんだってさ。ちょっと端に寄ってからやるか」
更衣室の出口からちょっと動くと、土肥がカルガモの子供みたいにちょこまかと可愛らしい動きでついてくる。
そして向かい合って準備運動を始める。高校の部活で準備運動は欠かさずにやっていたので、大体は覚えていた。昔とった杵柄というやつだろうな。
まあ、何箇所か忘れてた気がするけど、大体の腱を軽く伸ばせば良いわけだし大丈夫だろう。
ちなみに、伸ばすべき腱に負荷をかけすぎるのは断裂の危険があるのでやるなら軽くの方が良いらしい。なので、土肥にもその旨を伝えて軽く軽くと何度も言う。
しかし、アキレス腱を伸ばしながら必死な顔をする土肥は見ていて微笑ましい。
俺がその様子をじっと見ていると、土肥は恥ずかしそうな顔になるけど、準備運動の最中だから体勢を崩すことが出来ずにちょっと顔を背けるのもこれまた微笑ましい。
「じゃ、あっちのプールへ行こうか」
「う、うん!」
『足のつくプール…お子様でも大丈夫です』と書かれたプールの方へ足をすすめると、土肥が微妙な顔で付いてきた。
いやまあ泳げないのにプールに入るのって緊張するよな。
俺が先にプールに入ると、土肥もおそるおそるプールサイドの梯子をつたって後ろ向きに降りてくる。
いや、俺の腰よりちょっと下までしか水がないのを見えてるだろ!
明らかにビビった様子で一歩ずつ短い梯子を降りてくる土肥の姿を見て、大丈夫かと心配になる。
「土肥、昔溺れたこととかあるの?」
「ううん」
なにかトラウマがあるなら無理にさせるのも問題だと思ったけど、そうじゃないのか。
ようやく降りきった土肥は若干震える足で俺の方に近付いてきた。
そして、俺の手をギュッと握ってくる。
その手が震えているのが触れあった瞬間からわかった。震えから、どれくらい土肥が水を怖がっているかが伝わってくる。多分これ、顔も水につけれないくらいじゃないか。
「よし、こっち来て」
土肥の手をゆっくり引いて、プール際を辿り人の少ない方へと連れて行く。
「じゃあここ座ろう」
「えと、うん」
そしてプールサイドに並んで腰掛け、足をバタバタと動かす。
「土肥もやろうぜ」
「うん」
流石に腰掛けていれば水も怖くないようで、土肥もパチャパチャと小刻みに足を動かしはじめた。
最初は小さい動きだったけれど、段々動きは大きくなっていく。
俺が派手に水に足を叩きつけると、真似してベシっと水に足を突っ込んだりもするようになる。
それに伴って、緊張気味だった顔も次第に笑顔になっていく。
すっかり緊張が切れたあたりで、俺は水のなかにドボンと入っていく。
「土肥、水かけっこしようぜ。そらっ」
顔のあたりは狙わず、へそを中心に水を掛ける。ちょっとズレてもせいぜい胸で留まるように、慎重に。
「え、えいっ」
最初は逡巡していた土肥も、俺が性懲りもなく水をかけ続けると応戦するようになってきた。
俺の顔に土肥が指で跳ねさせた水がかかる。お、やるな!
自然と笑いが漏れる。
「じゃあ、土肥もこっち入ろうぜ」
二、三度かけ合いをしたところで、土肥を水のなかに誘ってみる。
一瞬逡巡したものの、土肥は勢いよくどポンっと足から水に入ってきた。
……しかし俺より背が小さいのに、土肥の喫水線の位置が俺の体と同じくらいなんだな……。
自分の足の短さについて考えるのはやめて、俺はこわごわ近寄ってくる土肥のお腹にさっきと同じ感じにゆっくり水をかける。
土肥も応戦してきてプールに飛沫が舞い散る。
だいぶ光を強めてきた夏至付近の太陽が、俺達の生んだ飛沫を照らしてキラキラきらめく。時々、ほんの一瞬だけ虹が瞬く。
そんな景色の美しさを楽しみながら、俺達は五分くらい水をかけあった。
俺も徐々に水を掛ける場所を上げていって、さっきからちょっとずつ土肥の顎や唇に水滴が増えている。最初は顔付近に水が来るとビクッとしていたけれど、今ではだいぶ平気になったぽい。
これはそろそろ顔に水をかけても大丈夫かな。
「ちょっとしゃがんで、自分の顔に水かけてみて」
「えと、うん」
土肥がおそるおそる中腰になって、人差し指に水を乗せて顔にそっとくっつける。
いや、それかけるというより、乗せるじゃね?
やっぱり、顔に水がかかるのは怖いらしい。
「もうちょっといけない?」
「ええと、自分じゃ怖いから……寄木くんがかけて?」
そう言って土肥は信頼してますって顔で俺の方へ差し出してくる。
ちょっと申し訳ないというか、若干の背徳さを感じつつ俺は真剣に俺の目を見据える土肥の顔にゆっくりと水をぱしゃりとかけた。
一瞬ビクッとしたけど、まだ俺の目をじっと見ている。
次の水を手に掬いて土肥の顔色を伺うと、ゆっくり頷いた。その水をまた俺は土肥にかける。
「こらーっ!あんた!何してるの、女の子イジメちゃダメでしょ!」
「へっ?うおぁ」
いきなり後ろからザバザバという音とともに叫び声が聞こえてきた。
慌てて振り向こうとして、俺は勢いよくプールに倒れ込む。なんとか顔は普通に出る高さでよかった。若干パニックになりかけたし。
土肥の方を見ると、土肥もコケていて、同じように顔だけを水から出している。
「大丈夫?お嬢ちゃん?!」
三十代から四十代。俺達の親より少しだけ上世代に見える痩せ型の女性が、不思議そうな顔をしている土肥に駆け寄った。
ちなみに年齢がだいたい分かるのは、俺が三十代に足を突っ込んでいたからである。
そして、俺のことをギッと睨みつけてくる。
「もう、ダメじゃないの。女の子に意地悪してっ!」
「へ、へ?!」
俺が何も言えないでいると、土肥の近くで屈む女性は俺を睨みつける眼光を鋭くする。
「あなたねえ……」
「え、えと、寄木くんは私が泳げないから練習に付き合ってくれてたんですっ!」
土肥がいつになく大きな声を出しながら、慌てて女性の手に触れる。
「本当?」
怪訝そうな顔で女性は土肥を見つめると、土肥は真剣な顔になりながらしっかりとした調子で話し始める。
「ほんとです。いっつも寄木くんは優しくて、家まで送ってくれるし、怖い犬がいたら間に立ってくれるし、素敵な指輪もプレゼントしてくれたし……」
「……わかった。じゃあオバサン勘違いしたのね?」
「えと、あの、……心配して……」
「心配してくれたのは嬉しいって言ってます。僕からですが誤解を招くような真似をして、ご心配かけてすみませんでした」
いきなりスイッチが切れたみたいに、いつもみたいな喋り方に戻った土肥の言葉を通訳してから一応迷惑をかけたわけだしと謝罪をすると、怪訝から困惑に移っていた女性の顔が笑顔へと更に変わる。
「ううん、オバサンこそ余計な真似をしてごめんなさい。……いい……くんね?」
女性は俺と土肥に小さく一回ずつ頭を下げる。最後の言葉は土肥の耳元だったせいで半分くらい聞こえなかった。
「えと、そういう関係じゃ……」
土肥が慌てて顔を赤らめながら、何かを否定する。
「じゃ、お邪魔なオバサンは去るわね。勘違いして悪かったわー」
そう言いながら、土肥に微笑みかけてザブザブと水を掻き分けながら女性は去っていった。
いやはや、誤解がサクッと解けてよかったぜ。土肥がしっかり喋ってくれたおかげだなと改めて土肥の顔を見ると、鼻くらいまで水に浸かっている。
「あれ、土肥?水?」
「え、どうしたの……あっ」
土肥もいま自分が水に顔をほぼ付けている事に気づいて、びっくりした顔になる。
でも、最初に見せた怖がる様子はすっかり無くなっている。
おそるおそる俺が手に水を乗せると、土肥が頷く。その水をぱしゃりと顔にかけると、土肥は笑顔で水を受け止めた。
うおお!いけてる!
闖入に驚いたせいで、いつの間にか慣れたんだろうな。なんというか、人生万事塞翁が馬だなと思った。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
今回は筆が乗って勢いよく書けました。
次回は恐らく金曜の昼に投稿します。




