12-2. 君とプールで秘密のレッスン・土肥玲花
「あの、寄木くんお待たせ」
「いや来たとこだよ」
「よかったあ」
土曜日の朝九時半。俺達は小学校からほど近いバス停で待ち合わせをしていた。
今日向かうのは、俺達の町からバスに揺られて三十分ほどの少し郊外にある、バブル期に福利厚生施設として建てられた屋外プールである。
うちの市には大きなプールがあと二つほどあって、そのうち一つは羽鳥と一緒に行った科学館にほど近い場所で同じくらいの時間で行けるのだけども、立地的に人混みが多そうなので郊外の方を選んだ。
空を見上げると雲ひとつない快晴である。梅雨真っただ中ではあるものの、天気予報では一日中晴れだったので安心だ。
ただ、逆に考えれば暑くて体力を奪われるかもしれないので、土肥の様子には注意するべきかもな。
話していると、十分ほどでバスが来た。よくある前と後ろにドアがあるやつだ。
「寄木くん?」
「いや、ちょっと考えてただけ」
俺が乗るのに手間取っていると、先に乗り込んだ土肥が俺のことを不安げに見つめてきた。
非接触型ICカードで乗降出来ないことに気付いて、慌てただけなんだけどね。
財布をタッチするのはどこかな、と思ったら無いんだもんな。なので、慌てて乗車したバス停場所が印字してある券……これなんて言うんだろう、これも乗車券?……を取ってステップを上がる。大都会だと乗る時に金を払うバスもあるけど、うちの地元では支払いは降車時だ。
逆行前はノンステップバス……段差が殆どないバスばかりだったけれど、この時代だとまだまだ段差の大きなステップを登らねばならない。
「ん、土肥?」
土肥がステップを登ったところで立っていて、ちょっと動きにくい。どうしたんだろう。
「えと、席……」
ああ、なるほど。どこに座るか悩ましくて、俺の乗車を待っていたのか。
「後ろにしようぜ」
ざっと見回すと、乗客はほとんど居ない。前の方に二人組の老婆が座っていて、真ん中少し後ろに制服を着た女子中学生か高校生がこれまた二人組で座っているくらい。
一番後ろの長い席が空いてたので、早足でそちらへ向かう。運転手さんを待たせるのもあれだからな。
「土肥、奥」
「あ、ありがとう」
掌で先に座るように示すと、土肥がおずおずと奥へと入っていく。
この後に混雑でもしてで土肥が知らない人と隣になったら、絶対に緊張したり居心地悪く感じると思うからな。
俺は大学時代は東京で生活していて人混みに慣れているので、隣に誰か座っても全く気にならないが、土肥は絶対にそういうの嫌なタイプだと思う。
土肥がかわいらしいポシェットに財布をしまう。あれ、ポシェットに描かれているイラストに見覚えがあって、俺はちょっと気になったので聞いてみることにした。
「そのポシェットの絵って、あなわたってやつの?」
「うん、そうだよ。覚えてくれてたんだ。んでね、財布はギャンぐま太郎くんなの」
えへへと笑いながら、俺の眼前に土肥は財布とポシェットを両手で抱えて見せてくる。
ポシェットに描かれた二人の女子は、前に宮廻と土肥が話していた婚約者を巡って争うライバルで友達っていう関係だろう。しかし絵柄が少女漫画らしいというか異様にほっそりとしていて、四肢がマッチ棒みたいだ。簡単に折れてしまいそうで不安になるな。
財布の方はサーモンピンクの生地の端っこの方に、確かに言われた通り例のギャングなくまがプリントされている。サングラスを掛けてこちらを向いている姿はどうにもかわいくは見えないんだよな。何度も見てきたせいで親しみは持てているし、面白いとは思うが。
「えと、寄木くんって普通にかわいいって感じのキャラが好きだよね?」
「そうか?」
俺がそこまでかわいいと思っていないのを察知したのか、土肥がちょっと話を変えてきた。
自分としてはそんな意識はないのだけども、どうなんだろうな。
「うん。お誕生日プレゼントを買ってくれた時に、そうだったもん」
「ああ確かに」
言われてみるとそうだった気もするな。
俺が頷くと、土肥がニコニコしながらちょっと自慢げな顔になる。いやはや、嬉しそうで何よりである。
「そいえばね、この間、あやめちゃんとうちでクッキー作ったんだよ」
「おお……宮廻と?」
「そうだよ?」
土肥がお菓子作りをするイメージは確かにあるけど、宮廻がというのはなんか意外だ。
女らしいとか男らしいとかそういう話じゃないぞ。だって宮廻の性格的に、適当に材料を量ったり混ぜるの途中で飽きたりしそうじゃん。
純粋に性格的に飽き性なあいつが、キッチリさが必要な菓子作りをやれそうなイメージが一切湧かないんだよな。
「あいつ、材料とか適当に量を用意しそうじゃないか?大丈夫だったか?」
「えと、うん。小麦粉をざぱーってしてた」
「やっぱりな」
「でもね、クリームとか生地を混ぜるのとかオーブンから取り出すのとか、全部やってくれたんだよ?」
「ほう。意外だな」
「『玲花に任せると危なっかしいじゃん』って言ってたけど、あやめちゃん優しいよね?」
「まあ、そうだな」
多分優しさじゃなくて、本当に危なっかしいからの行動だとは思うけど、それを言っても何も得がないので頷くに留めておく。
「ちなみに何を作ったんだ?」
「えとね、マドレーヌとクッキー!作った生クリームを付けて食べたりもしたよ」
「美味しかった?」
「うん。ちゃんとレシピ通りで出来たてだったから、すんごく美味しかった!今度寄木くんも食べる?」
「ん?」
「んとね、あやめちゃんとまた作ろうって話になったから、その時に寄木くんも来てくれたら……」
「良いのか?」
出来たてのケーキを食べてみたいという気持ちはあるけど、なんか女子会に混ざるみたいでちょっとだけ遠慮の心が生まれる。
「うん、もちろんだよ?」
しかし俺が疑問を呈すると、土肥は大きく頷いてくれた。なんとなく嬉しい。
「えとね、次はいちごのショートケーキを作るつもりなの」
「お、本格的だな」
マドレーヌやクッキーが本格的じゃないと言うつもりはないが、ケーキを作るとなるとかなり凝っていると思う。
焼き上げるだけで済むのに対して、それ以上やらなければいけないからな。
「じゃあね、来月くらいにやると思うから……」
「おう、楽しみにしてる」
そんな感じにお喋りをして過ごしていたら、プールまでの三十分は驚くほど早くに過ぎ去った。
いつもお読みいただき、有難うございます。
土肥とバスでした。
次回は恐らく明日か明後日に投稿します。




