12-1. 君とプールで秘密のレッスン・土肥玲花
六月も半ばを過ぎた。
気温が少しずつ上がってきているのを感じる毎日である。
でもまあ気温が上がったと言っても、暑くはなくていい感じに過ごしやすいんだけどね。
逆行する前の時代は夏に四十度とかがちょこちょこあった気がするけど、この時代だと三十度で今日は暑いなあって言われるくらいだったからな。
色々不足を感じることはあるけれど、気候に関しては絶対こっちのほうが良いと思うので、素直に嬉しい。
ただまあ、梅雨ではあるので雨の日はちょっとダルいけどね。体に纏わりつく水の鬱陶しさは、やっぱりちょっと嫌だ。
そういえば、合唱の校内発表会について一つだけ変更があった。
ゴリ山の選んだあのなんか恋愛一色って感じの曲は変えられたんだよな。
PTAか生徒からの突き上げかそれとも職員会議で問題になったのか、とにかくカラオケで気になっている女の子相手にリア充が歌う曲みたいなのを避けられて俺達はホッとしたぜ。
代わりに選ばれたのは普通の友情と別れって感じのバラード曲だったし、とりあえず合唱については一安心って感じだ。
あの後も何度か練習したけど、宮廻のピアノは安定感抜群だし、羽鳥の指揮も堂に入ってきているし。
「おーい。お前ら、手が止まってるぞ!しっかり掃除をやらんか!」
自分が選んだ課題曲を変えられたおっさん……ゴリ山の叫び声で俺は思考から現実に呼び戻される。
「全く、自分たちが使うプールだというのに。なっとらんですな。横江先生もそう思いませんか?」
「ええ……まあ……」
話を振られた横江先生は、濁した返事をして頷く。
その姿からはとりあえず調子を合わせておこう、という印象を受けるんだよな……テンションの差が如実にあるんじゃないか?ゴリ山そんな調子で大丈夫か?
まあ、ゴリ山のことを考えてまた何かを言われても面倒だし、一生懸命壁をタワシで擦る。手を動かすたびに緑色の謎の藻が剥がれてくれるのは、正直ちょっと楽しい。
俺たち五年生の二クラスは、合同で今日最後の授業としてプール掃除をしている。これはゴリ山の暴走とかではなく、毎年五年生がしているものらしい。
ちなみに格好は水着ではなく体操服である。まあ体操服なら汚れてもそのまま帰れるからな。水着で掃除をするとしたらヌメった謎の緑色の藻がついても、石鹸なしの水シャワーで軽く落として制服を着なきゃいけないしな。普通に嫌だ。
「あれ?土肥は?」
ふと視界に土肥の姿がなくてちょっとだけ不安になる。
隣のクラスとの合同授業では土肥が小野瀬と接触しないように気をつけていたけど、ゴリ山の監視下なのでつい疎かになってしまっていた。
プールの中はひしめきあっていて見晴らしが悪いので、俺は手の中のたわしを洗うのを口実にプールをハシゴ伝いに登って脱出する。
普段目を洗う例のあの洗面台の横にある、普通の蛇口をひねりながら25メートルプールの中を見る。
プールに目を向けた瞬間に、宮廻が真っ先に俺の目を奪ってきた。なんと白昼堂々、プールのど真ん中をぬめりを利用してツルツルと滑っていやがる。そして片足滑りになった後、体を沈めてから飛び上がり回転ジャンプまで決めてみせた。スケートかな?
いやいや、ゴリ山に怒られるだろ、と思っていたらゴリ山は丁度横江先生に教育論を語っていて、脇見をしていた。なんつーか、宮廻ってそういうタイミングを見計らうのが上手いんだよな。ずるいと思う。
「どうです、今度高学年の指導について語り合いませんか」なんて熱弁しているけど、横江先生は体が引けてるからな。大丈夫か?これ逆行前ならパワハラとかになるやつじゃね?
次いで樫崎と楽しそうに手を繋いで踊り始めた宮廻のことは放っておいて、土肥の姿を探すことにする。ぐるりと見回していると、羽鳥と目が合った。こっそり小さく手を振ってきたので、俺も頷いて反応する。羽鳥はニコっと笑いかけてくる。俺の口元も自然と緩む。
困ったことに一周プールを見回しても、土肥の姿が見つからなかった。
固まってダルそうに駄弁っている小野瀬たちは見つけたけど、そこに囚われている訳ではなさそうでまずは一安心したものの、やはり気になってしまう。
ただあんまり長くたわしを洗ってても、ゴリ山に何か言われそうなので、もしかして体調不良とかで保健室にでも行ったかな、と考えながら俺はプールへ戻ることにした。梯子の方に来た道を戻っていく。
「あ、寄木くん」
洗面台……洗眼台?を通り過ぎたタイミングで、俺は25メートルプールとは逆方向から名前を呼ばれた。
「土肥、ここにいたのか」
「うん。そうだよ?」
たわしを手に頬に緑の線を一条付けながら、さっきから姿を探していた尋ね人が俺に笑いかけてきた。
土肥が立っているのは、25メートルプールとは通路を挟んで反対側に小さく用意された浅いプールだった。
長さは10メートルくらいで、水をなみなみ張っても五十センチくらいにしかならない子供向けのやつ。
ああ、あったなこんなの。低学年は25メートルプールだと深すぎて危ないので、ここを使うんだったっけな。一、二年生の時にジャブジャブしたような気がしないでもない。
存在を忘れてたから、土肥を探すのに確認するのを忘れていた。
とりあえず見つかってよかったと思いながら、俺も土肥の横に並んで擦りつつ口を開く。
「こっちも洗わなきゃだもんな、低学年が困っちゃうし。土肥よく気付いたな」
「えと、うん、ありがとう」
土肥がなんだか少ししょげた顔になった。え、何か俺悪いこと言ったか?
俺が訝しげにしていると、プールに大きい影が指した。見上げると、目の前にニカッと笑ったゴリ山が、腰に手を当てて俺たち……いや、土肥のことを見ていた。
「土肥さん。引き継ぎで聞いたけれど、君は泳げないんだってな。去年まではこのミニプールで過ごしていたそうだが……。君ももう高学年だ。そろそろ25メートルにチャレンジしよう!先生が泳げるようになるまで、特訓してやるからな。横江先生、お任せください!」
そう言い切ったゴリ山は横江先生にニカッと笑いかけた。話をふられた横江先生もしゃがんで少し気遣うような口調で土肥に「土肥さんも……それでいい?」と聞いてきたので、土肥は「は、はいっ」と反射的に答える。
「じゃあ、プール開きになったら放課後に特訓だ!待っていろよ!ワハハ!」
横江先生が土肥の様子を心配げに眺めつつ、ゴリ山が高らかに笑いつつ去っていくと、俺と土肥だけが残された。
土肥がものすごく悲しそうな顔をしているので、俺は何か言わないとと思ってとりあえず口を開く。
「ああ。えっと……土肥は泳げないのか?」
一瞬の沈黙の後に土肥はゆっくりと頷いた。顔が揺れた瞬間に目頭に涙がたまっているのがわかって、俺は慌てる。
ていうか絶対ゴリ山の特訓とかスパルタ間違いなしだし、土肥が付いていける気がしないんだが。絶対泣くと思うぞ、こいつ。
しかも横江先生に良いところを見せようとしてる筈だし、遠慮とかしなさそうだ。想像すると、あまりに土肥がかわいそうである。
どうしよう、俺に何かできることは……そうだ!
「な、なあ土肥。俺と水泳の練習しないか?泳げるようになればゴリ山と特訓する必要もないだろ?」
「え、寄木くんと?」
土肥が目に涙を湛えながら少しだけ顔を上げる。いやほんと、見てるだけで心苦しい。
「おう、三年生までだけど水泳習ってたし……多分ある程度は教えれるとは思うぞ」
「えと、寄木くんがいいなら……」
人差し指と人差し指を合わせてツンツンしながら、土肥が小声で返事をする。
さっきより幾分か顔が明るくなってて、人心地つく思いである。
「おう。いきなりになるけど、明日の土曜でいいか?」
鉄は熱いうちに打て、思い立ったが吉日である。プール開きになったら特訓って言ってたしな。
「えと、大丈夫だと思う……。じゃあ、お願いします。ありがとね、寄木くん」
ようやく土肥は笑顔になって俺の目を見てくれた。
というわけで俺は翌日の土曜日に、土肥と一緒にプールに行くこととなったのである。
いつもお読みいただき、有難うございます。
土肥とプールです。
次回は恐らく明日か明後日に投稿します。




