閑話5. 息子三日会わざれば刮目して見よ・寄木晃
本編より少し遡って、寄木の誕生日の夜の話です。昼については、またどこかで。
子供同伴の食事でお酒を飲むのは、この時代では普通でしたよね。
「ちょっとお手洗いに行ってくる」
悟がすっと席を立って、スタスタと歩いていく。
久しぶりに顔を合わせた我々家族は、悟の誕生日ということで外食することにして、街中のリストランテで食事を採っていた。
店は妻が決めた。子供の悟のことを考えると、フレンチや和食よりはイタリア料理のほうが親しみやすいだろうという理由だそうである。
さすがいつも接しているだけあって妻の選択は適切だったらしく、悟は先程から嬉しそうにマルゲリータをひっきりなしに口へと運んでいた。
立ち上がった悟の背中が曲がり角で消えたタイミングで、私は口を開いた。
「なあ、母さん。最近の悟はどうだい。電話で聞いてた通り、落ち着きが出てるのはわかったが」
「そうね、何から話せば良いのかしら」
妻がうーんと悩ましげに首をかしげた。自分の考えをきちんと纏めてから話すタイプなので考えが纏まらないところは会った当初から変わってないな、とその様子を見て思う。まだ小さな子供である悟と違って、我々はもうあまり変化をしない歳になってしまったのだな、とも思う。
だからこそ、日々変化する子供の成長というものを、興味深く見守ることができるのではあるが。
「じゃあ、交友関係から聞かせてくれないか。クラス替えもあっただろう」
「最近仲良くなった子は何人かいるかしらね。前に言った時々家に遊びに来る羽鳥純恋ちゃんと、いつも一緒に帰っているらしい土肥玲花ちゃんって子ね。あと、前々から一緒に遊び回っていた日野暁斗くんや宮廻あやめさんや樫崎姫乃さんの名前も依然よく聞くわよ」
「ほう。女の子の名前が多いんだな。宮廻さん達は良く話を聞いてはいたけど」
出張前だと、帰宅後に妻から聞く悟の友達の話で一番登場する回数が多かったのが、暁斗くんや宮廻さんだった。
『宮廻さんたちと河川敷で魚を捕まえたらしいのだけれど、悟の体中が生臭くて即座に風呂に突っ込んだのよ……』なんて話を帰って早々に聞かされた時もあったな。
子供らしいエピソードだと笑って聞いてたが、いざ自分が風呂に入るタイミングになると洗濯カゴに入った悟の衣服から魚のなんとも言えない臭いがして顔を顰めた記憶がある。
しかし、悟に女の子の友達がぽんぽん出来るとは意外だった。
「そうねえ。悟ってやんちゃだし、楽しいことに一直線ってタイプだから、女の子の友達が増えたのは驚いたわね」
妻と意見が一致したことに、少しだけおかしみを感じる。
「だろうなあ。しかし、悟も色気づく歳になったのか」
少し前までハイハイをしていて、最近小学校に入学したような気がするのに、なんと子供の成長は早いものか。
このままだと、瞬きをしている間に結婚相手を紹介されそうである。
「うーん。そういう感じじゃないと思うのよね。悟は多分普通に友達として接しているだけだと思うのよね」
「ほう?」
「他の子との関係は悟本人や純恋ちゃん経由で聞くだけだから曖昧だけど……家で見てる感じでは、純恋ちゃんに対して悟は恋心を持ってる感じではないわね。純恋ちゃん相手に照れたりとか、ないもの」
「家で一緒にご飯を食べるくらいには親しいんだろう?」
「そうよ。仲良く三人で料理を作ってるわ。一昨日は一緒に肉じゃがを作ったの」
肉じゃがという言葉を聞いてしまうと、食べたくなってくる。
単身赴任ゆえ、夕食は惣菜を買うか外食をするか時たま簡単な自炊をするかで、家庭料理とは程遠い生活になっているのだ。
その欲を打ち消すために、目の前のステーキを大きめに切って口元へと運ぶ。
「なるほど。そうなると、仲は良くないけど羽鳥さんを見過ごせないから家に招いている、という訳でもないんだな」
「そうね。単に友達を呼んで一緒にご飯を食べてるという感じかしらね」
「友達が女の子だっただけ、ということか……。羽鳥さんの方は悟に対してどうなんだ?」
「かなり好意は持ってるとは思うわ。でも、それが恋かどうかは……。悟もだけれども、まだ子供だから」
「そうだろうなあ。恋心と友情の境目がわからなくて、後になってから『ああ、あれは恋だったのか』とわかるような年頃だものな」
「あら、あなたにもそういう経験があったのかしら?」
「ごほん。や、違うが……しかし羽鳥さんのご母堂は、ウチでご飯を頻繁に食べていることについてはどう思っているんだろう。君としては迷惑ではないんだろう?」
私が咳払いをして話を変えると、妻はふふっと笑いながらもちゃんと逸した話に乗ってくれる。
「迷惑じゃないわよ。一緒に居て楽しい良い子ですもの。あちらのお母さんは……純恋ちゃんのひととなりと純恋ちゃんに聞く限り、あからさまに危ないお母さんじゃないと思うけど……。わからないわね……」
「まあ君が言うならそうなのだろうな。もし危なそうなら、家に一度招いた後にまた招いてはいないだろう?」
妻はワインに口をつけながら、静かに頷く。あまり多弁に語らないのは、人様の娘さんを勝手に招いていることに対して思うことがあるからだろう。
これで先方のご母堂が面倒な人なら、色々と大変な目に合う可能性もあるだろうしな。
まあでも、どちらかと言えば私は人を見る目がない方なので、素直に妻の言い分を信じることにする。彼女がそう思うなら、大失敗はないだろう。
私も鼻からワインの香気を抜いてご満悦な妻を見習い、ワイングラスを口元へと持っていき一気に煽る。
「うむ……」
瞬間、喉に熱を感じた。そのまま熱は私の胃にどっしりと居座る。意外に度数があるな、こいつ……。
「あなた、お酒強くないんですから、ゆっくり……。明日もお仕事で昼にとんぼ返りでしょう?」
「いやまあ、うん……」
既に何杯も飲んで平気な顔をしているウワバミの妻に心配されると、ちょっとだけ悲しくなってしまう。君は飲める人間だから、飲めない人間の悲哀がわからないのだよ。
弱い上に会社の飲み会や接待では気を遣う事が多くて好きに飲めないのだから、久しぶりの家族の前なので許してほしいのさ。
いや、悟の誕生日なので主役をさておいて飲み潰れないように自制はしているつもりではあるのだが……。確かに少しだけ眠くなってきた気がする。今日はこれくらいでやめておくことにしよう。
「それより、土肥?さんのことも聞かせてくれないか」
「ええ。土肥玲花ちゃんっていうそうなんだけど、純恋ちゃん曰く悟がいじめっ子から助けてから仲良くなったんですって」
「ほおう?」
「それで玲花ちゃんを守るために毎日登下校は一緒にしてるんだって、純恋ちゃんは言ってたわ。純恋ちゃんもいじめに気付いてなかったのに、凄いって褒めてたのよ」
「悟がなあ……」
いつも熱中するものに意識を取られてばかりの息子の様子からは想像しにくくて、変な言い方になってしまった。
「ね。玲花ちゃんにとってナイトみたいなものだって、純恋ちゃんは言ってたわ」
「ほうほう。……土肥さんについて悟はなんて言ってるんだ?」
興味本位で聞いてしまう。
息子の恋路の話がここまで面白いとは思っていなかった。うん、これも子育ての醍醐味なのだろうな。
「面白いやつ、ですって」
「うーん。これも恋って感じじゃなさそうだな」
「そうなのよね」
私が残念さを醸し出しながら返答すると、妻も同じような雰囲気を出しながら言う。
妻がまたワインを口にしたので、私も先程ウェイターが注いでくれたワインを口に含む。ぷはぁ。
「宮廻さんや樫崎さんも同じだろうか」
「その二人と暁斗くんとは男の子の遊びをしている感じですからねえ。わんぱく盛りって感じね。そう、この間は河川敷の坂をお尻で滑ったそうなんだけれども、ズボンに穴を空けて帰ってきたのよ。自分だけじゃなく、あやめちゃんと姫乃ちゃんも穴を開けたって笑ってたわ。暁斗くんは上手に滑って服が無事だったからズルいとも言ってたわね」
「なんとなく、その感じだと男女って感じの関係性ではなさそうだな」
自分の声が残念そうな響きで、我ながら驚く。これはあれだな、結構回ってきたな、酒精が……。
「でもね、悟曰く宮廻さんは自分と遊ぶときだけスカートを穿いてくるんですって!」
「おおっ」
普段にはない驚きの声が出てしまって、多少恥ずかしさで顔を顰める。
妻はそんな私を見て、くすくす笑いをしている。その姿がいやに懐かしく、妻と初めて出会った大学時代の飲み会の事を思い出す。あれは……いや、今は悟のことだ。私は妻に問いかける。
「……それってつまり、悟のことが……」
「悟に踏み込んで聞いてみたんだけれども『宮廻も男子みたいな性格だけどさ、女の子っぽい格好もしたいんだろうな。でもやっぱ男友達のが多いせいでかわれないだろうか、とか色々周りの目が気になって簡単じゃないみたい。だから仲のいい俺の前くらいだとイメチェンしたいんだろうね』って言ってたのよねえ」
「うーん。大人だな……」
「そう聞くと、あやめちゃんも悟のことを好きでやってるのかはよくわからない感じよね」
「いっそ、悟本人に聞くか」
「やめなさいよ。素面ならともかく」
私の勢いに任せた発言は、即座に妻に窘められてしまった。
いや、私はまだ冷静だと思うんだがな……。
何か反駁をしようと思っていると、悟が戻ってくるのが見えた。
気付けば、悟が席を立ってから結構話していたことに気付く。
「おかえり。トイレ、長かったな」
「いや、単身赴任で積もる話もあると思ってわざとゆっくり帰ってきたんけど……」
私の口にした後に気付いたデリカシーのない発言に、悟は露骨に嫌そうな顔をして呟く。
「ほらお父さん、悟が大人になったのわかるでしょう?」
確かに、夫婦の会話の時間を取らせようと気を遣う子じゃなかった気はする。
胸のなかに息子の成長を感じて、私は頷きながら格言を引いてくる。
「うむ。男子三日会わざれば……いや、息子三日会わざれば刮目して見よということか」
私の発言を聞いた悟はじっと私の目を見つめ、そして溜息を付く。
「はあ……。顔赤いし酔ってるんだろうけどさ、諺を変に改変するのってダサいと思うよ、父さん……」
ふと私は耳たぶを触るといつもより熱っぽい。息子の発言に、私はごもっともと軽く頭を下げた。
妻が、だから飲み過ぎだって言ったじゃないのという風に首を小さく横に振る。
私はもう一度、ごもっとも頭を下げた。
いつもお読みいただき、有難うございます。
寄木くんのお父さん視点の閑話でした。前書きにも書きましたが、これは寄木の誕生日時点の話ですので、色々今と状況が違っています。
そして前にもお伝えしましたが、活動報告の閑話希望をよければ書いてもらえると嬉しく存じます。
次回は明日更新です。章タイトルは『12. 君とプールで秘密のレッスン・土肥玲花』となります。




