10-5. お家でお絵かき・土肥玲花&宮廻あやめ
前話の聞き取りにくい会話のシーンですが、ある程度読みやすく改稿しました。
「できたっ!」
「私も出来たよ」
宮廻が歓声をあげて両手を天に突き上げ、土肥がカタリとペンを置く。
ちなみに俺はもうギブアップだった。何を描いても何かがおかしい気がして、結局一つたりとも描き上げることができなかった。
まあ才能がないとわかっただけでも良しとしよう。
「俺はダメだった。書けなかった」
「えと、お絵かきしようって言って、ごめんね?」
「いや、楽しかったからいいよ」
実際にあれこれ考えて試行錯誤するのは楽しかったからな。お世辞や慰めでなくの言葉なので、土肥も納得したのか素直に頷いてくれた。
「じゃあ玲花見せ合いしようか」
「うん」
そう言って土肥と宮廻がいっせーのせ、で自分たちの絵を開帳する。
ていうか同じ机で書いてたのに、俺たちみんなお互いの絵を見てなかったんだな。
お絵かきには、途中で盗み見するのダメという作法があるのかもしれない。
「おお、二人とも上手いな……」
素直に感嘆してしまった。土肥の絵はやはりファンシーでかわいらしく、少女漫画っぽい大きい目なんかは瞳の中がぎっしり描き込まれている。
宮廻はミュシャに似た少し太目の線の絵柄で、頭身が高め……八頭身くらいありそう……でファッショナブルなお姉さんを描いている。
動物園で見たから二人が描けるやつなのは知っていたけど、あの時よりもなんか洗練されている気がするなあ。
あれだな、ライオンは書き慣れてないけど、人間は普段から慣れてるから上手く見えるのかもしれない。
『最近絵をやっているんだけど同じ角度の顔だけ上手くなるんだよな』と同人活動をしていた友達が昔零していたけど、それと同じ現象という説だ。いや、悪い意味じゃなくてね。
俺が感心している間に、土肥と宮廻はお互いの絵を眺めてワイワイしている。
「玲花の明日香上手いね。あなわたっぽい」
「えと、あやめちゃんの美雨ちゃんもかっこよくて素敵だよ」
「ん、ありがと」
宮廻がちょっとだけ恥ずかしげに後頭部を掻く。いやはや、素直じゃないんだから。
俺がちらりと笑いかけるとむっとした顔をするけど、今のお前なんかかわいかったから仕方ないだろ。
「私ね、あなわたのことを考えながら描いてたら寂しくなっちゃった。もう終わるんだなって……」
「ああね。でもここで止まって終わらないよりはマシでしょ?」
「うーん、そうかなあ。私はここで止まってもいいなって思うかも……。今が一番面白くてドキドキするから。この後どうなるんだろ、ってずっと思えるもん」
「え、どんな形でもキッチリ終わらないと嫌じゃない?」
「でも、もし酷い終わりになったらって思うと……」
「それは玲花、作者を信じるしかないよ。ねえ、寄木はどう思う?」
「ああ、うーんとなあ……」
聞いてて難しい問題だなと思った。
ふと、小説投稿サイトで連載が止まっていて、続きがずっと読みたい作品のことを思い出す。
お嬢様が恋愛漫画のヒロインである町の人気ケーキ屋の娘な庶民に転生して、庶民の価値観との摺り合わせに四苦八苦しながら妹や弟の世話を頑張り、奨学金につられて原作と同様に入学したお金持ち学校で『えへへのトルテ』と呼ばれながら生活するやつなんだけど、本当にこれから更に面白くなるという所で止まっていてさ……本当にずっと続きが読みたいんだよね。
でも、続きを楽しみにしていたライトノベルが十年ぶりくらいに再開したら、新刊で今までの登場人物が一気に全滅してショックだったという経験もある。
そう思うと、どちらの言い分もわかってしまう。
「やっぱ難しいよ。俺が出来るのは、そのあなわたって作品が良い終わり方をしてくれるように、祈ることだけだな」
「寄木、なんかキザっぽい……。でもまあそうだよね。あたしもそう思う」
「えと、そうだね。明日香ちゃんも雪子ちゃんも幸せな終わり方だったら良いな……」
「そだね。あたしもそう思う」
土肥がとても真剣な顔で呟いて、宮廻がちょっと微笑んで頷く。
なんというか、土肥って感受性豊かだな。漫画のキャラクターにそこまで入れ込むことができるのは、純粋に凄いと思った。
決して馬鹿にしているわけじゃなくて、俺とは違うけど凄いなって感じに。
「でも、二人ともめっちゃ上手いよな。小学生のレベルじゃないように見えるぜ。二人とも種類が違うけどさ」
改めて二人の絵を見ると、お世辞じゃなくてそう思った。いや、マジで。
「えと、私はそんなにだよ。シュシュの読者投稿のイラストが載ってるページを見てたら、同い年で私よりもっと上手い子がいるから」
「土肥よりも?こんなに上手いのに?」
どんだけレベルが高いんだよ、小学生。即座にプロになれるんじゃねえの?
「ていうか、読者投稿ページなんてあるんだな」
「いや寄木さ、少年誌にもあるでしょ……」
宮廻が馬鹿なの?という顔で見つめてくる。ああ、あったな。
読者が投稿したハガキに対して、編集部がツッコミを入れるやつか。
あれ、ギャグ漫画とかのジャンルで括ってたから気付かなかったけど、言われてみたら確かに読者投稿ページと言われたらその通りだ。
「土肥は投稿してないの?」
「えと、まだかも……」
「まだってことは。玲花、投稿する予定があるんだ?」
目ざとく宮廻が言葉尻を取って聞いていく。
「うんと、そうだね」
「ほお、やるな」
感心して深く頷いてしまう。そこまで土肥って絵が好きだったんだな。最近はよく一緒なのに、全然知らなかった。
「あなわたで応募するつもり?これ、そのまま出せば?」
宮廻が土肥の絵にトントンと触れながら言う。
「んとね、イラストじゃなくて漫画を出せたらなって……」
「漫画ってことは雑誌の賞に送るの?」
「……うん。えとね、私……将来、漫画家になりたいから……」
土肥がえへと笑いながら、それでもしっかりとした顔で俺たちに言い切る。
「え、そうなんだ!」
「おお、マジか」
でも、こんだけ絵が上手いんだし、そりゃそうかと頷けるところがある。
しかし、土肥ももう将来の夢とかがあってそれに向かって努力をしているんだな。
羽鳥の夢を聞いた時にも感じたし、暁斗と樫崎が付き合う騒動でも感じたけど、思ったよりみんな大人だったんだなあ。
この歳頃の俺は何も考えてなくて毎日遊んで、ただ目の前の勉強をこなしてただけだったのに。
「寄木くんは将来の夢はあるの?頭いいから弁護士さんとか、お医者さんとかかな?」
「医者か……」
俺が小声で繰り返すと、何故か宮廻がびくっと体を跳ねさせた。
文系職の弁護士はさておき、医者という将来は割と俺にとって現実味がある選択肢だ。
前世でも願書を出す最後まで、医学部に行くか理学部に行くかで悩んでいたくらいには考えの中にあったからな。
もちろんお金が稼げる仕事というのもあったし、それに理系クラスで周りに医学部志望の友達が多かったのもあるけれど、何より人の命を救える仕事というのが大きかったんだよね。
良い子ちゃんと言われるかもしれないけど、そう本気で思っていたんだよ。
ただ、前世の俺は最終的に理学部を選んだ。センター試験をはギリギリ九割取れていたから受験自体の勝算はあったけれど、……自分が人の命を預かる事への怖さで結局医学部を避けたんだ。
でも、理学部に入ってから医学に関わる研究をするゼミに配属された時は嬉しかったし、研究の成果で人の命を救えるんだって嬉しかったな……。
入ってすぐに、いきなりドイツ語の文献を教授に渡されたときは面食らったけどさ……。
あれ、それなのになぜ……俺はその研究を続けずに……教授の期待を裏切って大学を出て……専門と少し離れた材料工学関係の民間企業に就職したんだっけ……。
もちろん材料工学も大事な仕事だけどさ、元々やりたかった人命に関わる研究から何故離れたんだ……?
なんでそんな大事なことを、俺は思い出せないんだろう。
そういえば、俺はどうして宮廻と喧嘩した理由をあんなに忘れてたんだ……?
本人からスカートという言葉が出るまで、何故思い出せなかった。いや、それ以外にも何か……。
めちゃくちゃ大事なことが沢山記憶からぽっかり抜けてしまっているような気がして、恐怖が襲ってきた。あれ、俺……。
「大丈夫、寄木?」
宮廻が焦った様子で俺の両肩を手で揺さぶってくる。
「お、おう。大丈夫だ。将来のことをあんまり考えてなかったから、ちょっと知恵熱が出たのかも」
「それなら良いけど……」
自分の動揺を知られるのが怖くて、咄嗟に俺は誤魔化しに走った。
ちなみに知恵熱を考え込んだ時に出る熱という意味で使うのは誤用である。が、便利だからよく使ってしまう。
発言とは違って納得していない顔で、宮廻が俺の顔を鼻と鼻がくっつきそうな至近距離で覗き込んでくる。さっき飲んだ乳酸菌飲料の香りがほのかにする吐息が鼻にかかってくすぐったい。
「や、大丈夫だから!うん、しかし土肥の言う通り医者って選択肢もあるかもな」
至近距離で宮廻が見つめてくるのが恥ずかしくて、紛れさせるために勢いで放った言葉だった。
けれど、改めて口から出ていく自分の台詞を聞いてみると割と本心なんじゃないかという気持ちが沸き上がってくる。
もしかすると、深層心理がポロッと口から出たのなのかもしれない。
小学校に戻ってからずっと考えてたんだ。俺は何故過去に戻ったんだろうって。
婚活で失敗しまくりで色々ストレスはあったけど、俺よりもずっと人生をやり直したい人は一杯いたはずだ。
なのに何故か俺が二度目のチャンスを与えられた。
だからこそ思ったんだ。俺は、人の役に立つためにこのチャンスを生かさないといけないんじゃないか、って。
いやまあ、やっぱり恋愛はしたいし、結婚もしたいよ。カッコつけちゃったけどさ。でも、それと同時に人のためになりたい、人を幸せにしたいと思っているんだ。
医者という選択肢が今の俺に大きく見えているのはそういうことだと思う。まあ、医者じゃなくても良いんだけどな。前世でやっていた研究で人助けを目指してもいいし。教授にも不義理をして罪悪感があるしな。
「寄木、医者になるの?」
宮廻が落ち着いた調子で聞いてくる。
「まだ選択肢の一つだけどな。ダメか?」
「ううん。ええと、前に医者は大変そうだからなあって言ってたから意外で……」
ああまあ、小学校くらいの頃はそう思ってたかもしれない。
「玲花ー、そろそろ時間だからお友達に迷惑よー」
「あ、はーい!わかった!」
階下から土肥母の声が聞こえてきた。
確かに、そろそろ日も傾いてきたし家に帰る頃合いだろう。長居は土肥の家にも迷惑だしな。
ちなみに制服のまま友達の家に遊びに行く件については、俺もよくやるのでウチの母さんは心配していないはずだ。
でも冷静に考えると一旦家に帰らないで遊ぶのって、逆行前くらいの時期だと問題になりそうな気がする。いや、そうでもないか。
近所で名札付けたまま遊ぶ小学生って結構見たしな。
俺達は協力して絵描き道具や紙を片付けて、ランドセルを背負ってパタパタと階段を降りていく。いや、だから階段は慎重に降りないと危ないって!
「えと、また明日……」
「じゃあまた遊びに来て、玲花の相手してねー」
玄関を出た俺と宮廻に、土肥母が朗らかに手を振ってくる。その顔に微量の安堵を見つけて思う。
やっぱりちょっと、友達がいない様子な娘のことが心配だったんだろうな。
「「はーい!」」
俺達も手をふりふりと振り返して、道を歩いていく。
言われなくても来ますよ。土肥は大事な友だちだし、遊んでて楽しいから。
そう伝えようかと思ったけど、やっぱりちょっと恥ずかしくて口には出来なかった。
まあ、これからもちょくちょく遊びに来るから大丈夫だろう。
頭上でカラスがかあ、と一鳴きする。土肥母は土肥と一緒に、俺達の姿が曲がり角を折れるまでずっと手を振り続けていた。
いつもお読みいただき、有難うございます。
これにて十話はは終わりです。
活動報告にて一つお願いをしておりますので、是非にお読みくださいませ。
(投稿後十分ほどでアップします)
次回はまた明日か明後日に投稿します。
ただ、新型コロナの影響で少し職域が変わる可能性があり、これから一月ほど投稿が不安定になる可能性があります。ご了承ください。
いつも応援してくださっているのに、申し訳ないです。




