10-2. お家でお絵かき・土肥玲花&宮廻あやめ
土肥の家は小学校から歩いて十五分ほどの住宅街の中にある。この時代によくある感じの、機能性重視といった感じの二階建て一軒家である。
帰りに土肥を送る時にいつも近くまでは来ていたし、どの家かは知っていたけど家の門扉を超えるのは初めてだな。
「えと、どうぞ」
ちょっと前に家のなかに引っ込んでいった土肥が、おずおずと家のドアを開けてきた。
「お邪魔します」
「こんにちは、お邪魔します」
「いらっしゃーい」
ドアをくぐると、玄関でエプロン姿の土肥のお母さんが出迎えてくれた。
「えと、ママ」
「寄木くんとあやめちゃんでしょ?いつも娘から話は聞いてます、仲良くしてくれててありがとねー」
そう言ってニコっと笑いかけてくる土肥のお母さんは、ちょっと予想していたイメージと違った。
土肥みたいな感じかと勝手に思っていたけど、髪型もウェーブがかっていてかなり明るい印象を受ける。
いや、土肥が暗いとかそういう事を言いたいわけじゃないんだけどさ。
「いえ。あたしこそ玲花ちゃんに良くしてもらってるんですよ」
「まあまあ、いい友達ね。玲花」
「む、ママ!もう二人を部屋に案内するからねっ」
「はいはい。後で飲み物だけ持っていくから。じゃあ、ゆっくりしてねー」
土肥が唇を突き出してむうっとした表情でお母さんに食いつく。おお、珍しい表情だな。
お母さんの方はそんな土肥にも慣れているのか、俺と宮廻に明るく言うとぱたぱたと軽い足取りで去っていった。
「えっと、恥ずかしいところ見られちゃったね……」
「いや、いいだろ」
「ね。いいお母さんだと思った」
「う……じゃあ、私の部屋はこっちだから」
そういって土肥が案内したのは、階段を上がってすぐのドアだった。
俺達は家に帰らず直接遊びに来たのでランドセルのままなのだが、前に二人もランドセルを背負っていると若干落ちた時を想像して怖い。階段って落ちるもんだからな……。
部屋の前に『れいか』とポップな書体で名前書きされているボードが下がっている。
どうでもいいけど、こういうのなんていうんだろうな。ネームプレート?
「ど、どうぞ!」
先程玄関を開けたのと同じくらいの感じでおそるおそる土肥はドアを開けた。
「おお」
「かわいいじゃん。玲花の部屋って感じ」
ドアの間から見える土肥の部屋は、宮廻の言う通りなんというか土肥の部屋って感じだった。
ペールピンクの壁紙をはじめとして、部屋全体がパステルカラーに彩られていてかわいらしい。
箪笥の上にはぬいぐるみが沢山おいてあって、ベッドにも大きなくまが一匹、どでんと鎮座していた。とにかくザ・女の子の部屋って感じがする。
ちなみに熊はギャングのやつじゃなくて、普通のテディベアっぽい。寝る時にギャングが近くにいるのは流石に土肥も嫌なのかもしれない。
「えと、そうかな……?」
「うん。土肥らしいと俺も思うぞ」
土肥が困惑と照れを半分ずつ混ぜた顔で俺達の顔色をうかがってくる。
ちなみにドアは開いたものの、土肥が鴨居を跨いで立って止まっているために中には入れていない。
多分、緊張しているんだろうな。初めて家に来る友達を部屋に迎えるってやっぱちょっと心配になるもんな。
そうやって部屋前で見つめ合っていると、トントンと階段を駆け上がる音が聞こえてきた。
「まだ部屋に入ってなかったのー?玲花、友達を入り口で立たせちゃだめでしょ」
お盆にお菓子と飲み物を乗せて登ってきた土肥のお母さんが、土肥にお小言を放つ。
「あっ、ごめんね……?」
「いいのいいの」
「お母さんも色々持ってきてくれたし、中に入ろうぜ」
俺は土肥の背中をちょいっと押して部屋へと入っていく。
「玲花の友達が家に来てくれるって何年ぶりかしらねえ」
「もう、ママ!」
「うんうん、もうおじゃま虫は出ていくからねー。お二人とも、玲花をよろしくねー」
お盆をテーブルに置き、俺と宮廻に手を振って土肥のお母さんは部屋を出ていった。
「えと、その」
「やっぱり、いいお母さんじゃない?」
土肥が口を開くのに重ねて宮廻が言った。
「そ、そうかな?」
「うん。あたしはそう思うけど」
「ランドセルどこに置けばいい?」
宮廻の発言を遮るように聞いてしまった。
いや、テーブルの周りにはいわゆるラグというのか、まあるいフワフワな絨毯が敷いてあるので微妙に置き場所に困ったんだよな。
「えっと、入口付近なら一番邪魔じゃないかな?」
言われた辺りに俺と宮廻がランドセルを置く。
土肥も自分の机にランドセルを乗せたもののどこにも座らないので、俺もどこに座ればいいかわからず俺はうろちょろ部屋を散策することにした。
だって女子の部屋とかあんまり行かないから気になってしまうんだよ。
ていうか、人生で女子の部屋に入ったのって宮廻の所くらい……宮廻の家ってどんな感じだったっけな。結構豪華だった気がする……なんか記憶が曖昧だな?
いや他にも行ったことがあるような気がしないでもないな……。でもそれくらいだ。
だから興味津々になっても仕方ないと思うんだよな。許してほしい。
土肥の部屋はサイズとしては六畳か八畳くらいの大きさで、窓際に勉強机があって反対側にベッドがあり、真ん中に低めのテーブルが置かれている。
全体的な調度が俺や暁斗とかの男子の部屋と全然違ってびっくりする。勉強机に置いてあるスタンドライトが、アクリル絵の具やペンキをそのまま塗ったみたいな質感のピンク色なんだけどさ、これ勉強中に目に入って邪魔じゃないか?
あと上にぬいぐるみだとかが置いてあるタンス。タンス自体は普通の木製なんだけど、その角っこがマスキングテープとスポンジで怪我しないように丸められているのもなんか面白い。
小さな頃にやって、それ以来剥がしてないのかな?
本棚も半分くらいは書籍類で埋まっているんだけど、もう半分がぬいぐるみだとかお人形とかが収められているし、本当に俺の部屋とはぜんぜん違うな。
いや、そうでもないか。俺も変身ヒーローのフィギュアを本棚に入れてたし……。
写真立ても置いてあって、土肥と家族の歴史が並べられている。小さい土肥が遊園地のきぐるみにビビって父親らしき男性の足にしがみついている姿はちょっと面白い。えっと次の写真は……。
「もうっ。寄木、あんまり女の子の部屋をジロジロ見ないの」
「あ、わりっ……」
俺が土肥の写真を見ていると、宮廻がぷんぷんといった様子で腰に手を当てた姿で俺に注意してきた。
土肥の様子を見ると、確かにちょっと恥ずかしそうにこっちを見ていたので反省である。
「悪いな、土肥」
「えと、寄木くんとあやめちゃんならそんなに見られても嫌じゃないけど……」
「でも恥ずかしいでしょ」
「うん……」
土肥が小さく頷く。いや、悪かったよ。
「寄木は基本的に物分りが悪いから、ちゃんと言わなきゃダメだよ」
「え、そんなにか?」
「そんなに。鈍感だしね」
宮廻がじっと見てくるし、土肥に目をやってもちょっとだけためらった後にもう一度頷くので、多分そうなんだろう。うーむ。
若干居た堪れなくなって目線をよそへ向けると、壁にかかった小物入れにカチューシャとかリボンが入っているのが見えた。
「あれ?土肥って髪結ぶっけ?」
俺の記憶では髪に何かをつけていた記憶がない。基本的に髪の毛も長いわけじゃなく、肩までで切りそろえられているしな。
ていうか、それなのに俺はファンシーショップで髪関係のプレゼントを買おうと思っていたのか。我ながら、ちょっとアホだと思う。
「えと、あんまり結ばないよ」
「だよなあ」
「じゃあ、玲花今ちょっと髪型変えてみない?」
宮廻が小物入れに歩み寄りながら提案する。
「うん。……あのね、あやめちゃんがやってくれる?」
「おっけー。玲花ここでいい?」
小物入れから幾つか取り出して、宮廻は土肥の勉強机の椅子をぽんぽんと叩く。
「うん」
頷いた土肥がとてとてと歩いて椅子に座ると、宮廻はさっそく頭に両手を重ねる。
「お客さん、かゆいところはないですか?」
「えっと、頭の後ろ」
「気持ちいい……」
宮廻がぎゅーっと頭を親指で押すと、土肥が温泉に浸かったカピパラのような顔になる。
「他には?」
「えと、背中もちょっとかゆくて」
「おっけー。お加減はどうですか?」
「いい感じです」
「じゃあ他にはかゆい……」
「いや、髪を弄るんじゃなかったんかい!」
「もうっ、玲花が気持ちよさそうにしてたのに」
俺のツッコミにむっとした顔になりながら、宮廻はようやく髪を触りはじめた。ええ、俺が悪いのか?ツッコミ待ちじゃないのかよ……。
宮廻はさらっさらっと土肥の髪に梳くように触れた後、後ろ髪を二つに分けてササッと結ぶ。
「はええな」
「自分が髪結ぶからね」
そう言って宮廻はツインテールをふるふると揺らしながら、土肥の髪型を微調整していく。
「ほれ、完成!かわいいでしょ!」
「確かに」
ぽんと背中を押されて立ち上がった土肥は、いわゆるお下げな髪型に纏められてあって、確かに宮廻の言う通りにかわいらしかった。
まあ元々かわいい顔立ちなんだが、普段は隠れている耳が見えるとなんかちょっと新鮮だ。
あと、お下げの女の子ってなんか真面目なイメージがあるんだけどさ、土肥ってそりゃ真面目な奴だけど真面目っぽさはあるとは言えないと思うんだよな。
でもこの髪型にすると、勉強ができるクラスの優等生キャラみたいな雰囲気が出ていつもと違う良さがある。いつもの小動物系とは違った味付けというか。
目元もいつもより涼やかに見える。
「ほら、寄木もかわいいって」
「うん。……次はあやめちゃんもやろ?」
「え、あたし?あたしはいいって。ええーっ」
今しがた自分が座っていた席に、土肥が宮廻を引っ張ってぐいっと座らせる。
いつになく強引な感じにちょっと驚く。自分の家だと強気になれるのか?
そして座らせた宮廻のツインテールを丁寧な手付きで解いて、どこから取り出したかわからない木製のブラシを宮廻の髪に通しながら、
「寄木くん、ちょっと後ろ向いてて?」
と目配せをしてきたので、俺は言われた通り素直に後ろを向く。
ベッドに座るテディベアくんと目が合う。よお。
十秒くらいテディベアくんとメンチを切り合っていると、後ろから土肥の声が聞こえてきた。
「いいよ」
「ほいさ。おおっ……」
振り返ると、椅子には深窓の令嬢が座っていた。どこから連れてきたんだと思ったけど、よく顔を見ると宮廻だった。
いや、流石に見た瞬間に分かったから冗談だけどさ。
普段結んである髪型がストレートに流されていて、頭頂部にカチューシャが一つ。それだけなのに、なんだか全く違う人みたいに見える。
「あやめちゃん、いいよね?」
「おう……」
反射的に頷くと、宮廻がちょっと顔を背ける。髪の合間から見える頬が染まっている様子も、なんだかお嬢様っぽさに拍車をかけている。
土肥が宮廻の髪を掬って落とすと、さらさらと髪が流れていく。
「あやめちゃん、かわいいよね?」
「おう」
土肥がもう一度念押しをしてきた。若干気圧されながらも、実際にかわいらしい感じなので頷いてしまう。
若干恨めしげに俺の方を見つめているのも、ツインテールの時はただ強気なだけに感じていたけど、今は気の強いお嬢様って感じで様になっている気すらする。
当たり前だけどやっぱり宮廻も女の子なんだな。少しの変化でこんなにかわいい系になるとは。
つい、うんうん頷いてしまう。
「もう、あんまり見ないでよ」
いつもは「もうっ」なのに、お嬢様風になると促音すら失ってしまっていて面白い。そんな宮廻の様子を見て、土肥がニコっと笑う。
でも髪を下ろした宮廻は本当になんかちょっと不思議な感じで目が離せず、俺は宮廻が本気で怒って立ち上がるまでなんとなくずっと眺めてしまった。
いつもお読みいただき、有難うございます。
女の子が髪型を変えると、ちょっとドキっとしますよね。
次回はまた明日か明後日に投稿します。
ただ、新型コロナの影響で少し職域が変わる可能性があり、これから一月ほど投稿が不安定になる可能性があります。ご了承ください。
いつも応援してくださっているのに、申し訳ないです。




