9-2. 学級新聞を作ろう・羽鳥純恋&土肥玲花
いつも真横か俺が先に歩いてばかりだったので、土肥の後ろを歩くのは新鮮だった。
後ろの俺を気にして時々振り向いてくるのが子犬か何かみたいで笑ってしまいそうになったけど、それで笑うのは流石に失礼だと思うので我慢する。
委員会室は三階にあるので階段を降りる必要があるのだけど、階段でも後ろを振り返るので見てて怖い。
「土肥、前向いて。危ないから」
「あ、うん」
「階段踏み外すと怪我するぞ」
土肥は俺の言葉にこくこくと頷いて、そしてようやく前を向いて降りてくれるようになった。
しかし視線が露骨に足元に向いていて、なんというか極端だなと思う。けど偉いとも思う。
人の言うことを素直に聞けるというのは長所だからなあ。
実は俺も階段を降りる時はけっこう気を付けているけども、それは一度階段を踏み外して落ちてからだしな。
大学四年の時の話だが、卒論の進捗がうまくいかず頭の中が研究でいっぱいだったせいで、ぼーっとしていて足を滑らせたんだよ。いやはや、体が浮いた瞬間に背筋がゾクリと凍った。
まあ怪我も背中を強打して呼吸が少し苦しくなった程度だったんだけどな。
軽症なのに教授がわざわざ車を出してくれて、近くの病院まで運んでくれたので結構申し訳なかった。教授は人使いが荒いけど、昭和の親分気質という感じで心配はしてくれるんだよな。
帰りの車中で教授に「今回は運が良かったけれど、当たりどころが悪ければ死ぬのだから気を付けなさい。気を付けておきさえすれば足を踏み外して死ぬことはないのだから、リスクマネジメントとして気を配るべきだろう。位置エネルギーの力を舐めてはいけないよ」と懇々と諭されたので、まあその通りだなと思いそれ以来、階段を降りる時は注意するように癖付けている。背中も結構痛かったし。
そういう体験をする前は一切気を配ってなかった俺と違い、言われて素直に気を付けて降りてる土肥はその時点で俺より上だと思う。
そんな感じに二人で気を配りながら階段を降りると、すぐにトイレが目に入る。そのトイレの横が委員会室だ。
ちなみにうちの小学校は、各階共に階段のすぐ横にトイレがあるという配置になっている。まあ水回りは縦に揃えるのが基本だから当たり前か。
トイレを通り過ぎて委員会室のドアの前に立つ。しかし、委員会室って名前、何も表してない感じがあるな……。何の委員会の部屋なんだよ。クラス委員会の部屋だけどさ……。
「えと、開けるね?」
「うん」
俺の顔をチラリと見た土肥は、スライド式のドアをそっと引いて半分くらい開け、顔だけを中に入れた。
「あの、羽鳥さん」
「ん、どうしたの土肥さん?」
どうやら、羽鳥は先に来ていたらしい。
中から羽鳥の涼やかな声が聞こえてきた。
「えと、寄木くんが手伝うって言ってくれたんだけど、いいかな?」
「寄木が?じゃあお願いしようかな」
羽鳥の返事を聞いた土肥が突っ込んでいた顔をこちらに戻してくる。
そして俺の顔を見上げながらニコッと笑い、ドアをまたそっと引いて全開にして俺に先に進むように手で示してきた。
「寄木くん、どうぞ」
「ありがとな。お邪魔します」
土肥に礼を言いながら、委員会室へと入っていく。
委員会室というのは基本的にクラス委員が集まって会議をするための部屋なので、それ用に長机が四つ、口の字型に並べられている。
俺は三年生か四年生の時にクラス委員をやってたから、少しは使ったことがあるんだよな。
口の字型の右側に座っている羽鳥の方へ歩きながら部屋を見回すと、見覚えのある物がいくつかあって懐かしい。校内清掃の時にクラス委員会が着けさせられる『ぼくたちわたしたちの学校をきれいに』というタスキとか、開かれたのを見たことがないキャビネットとか。
しかし会議をする部屋と言ったけど、何かを決めた記憶もないし、何のためにやってたか分からないが、まあ社会のシステムを早めに学ばせるためなんだろうな。多分。
「寄木、ありがとね」
「いや暇だったからさ」
先に作業を始めていたらしく、俺達の身長より縦長な大きめの紙に向かっている羽鳥は鉛筆を片手に微笑みかけてきた。
「あれ、鉛筆?」
四年生の時にシャーペンが解禁されて以来、ほぼ全員がシャーペンに鞍替えしたはずで、鉛筆は絶滅したと思っていた。
というか羽鳥もウチで一緒に勉強する時はシャーペンを使っていた記憶があるんだが。
しかし、低学年はシャーペン使っちゃダメなルールって全国共通なのかな。持ち方を矯正するためとか筋肉が未発達な時期に重いシャーペンはダメという理由で鉛筆が推奨されているとテレビで見た記憶があるし、普通に全国共通か。
「森山先生に『細いシャーペンで下書きすると、清書しても跡が残って汚いから尖ってない鉛筆を使いなさい』って言われたからね」
羽鳥が指先で鉛筆をくるりと一周半回してからキャッチし、俺の方に切っ先を見せてきた。
言われてみるとタッチペンのペン先みたいに丸くなっていて、確かにこれで書けば跡は残らなさそうだな。
ただまあ、そんな跡を残さないのって大事なのか?とは思うが……。
しかし、隣のクラスの担任のゴリ山の仕業だったのか。
「ゴリ山も細かいことを言うな、見た目は大雑把なのに……」
「ふふっ」
左隣に腰を下ろしつつぶつくさ言った俺の言い分に、羽鳥は口を抑えて笑う。
「えと、何から始めればいいのかな?」
俺の左にちょこんと腰掛けた土肥が、前屈みになって羽鳥を見つめながら聞く。
あれ、俺が真ん中で良いのか?離れてたらクラス委員同士で意思疎通しにくくないか?まあいいか。
「ていうか、何をするんだ?」
委員会の仕事とだけ言われて付いてきたけど、そもそも何をするんだ?
紙に何かを書くのはとりあえず見てわかるんだが。
「えとね、学級新聞を作ることになったの」
「クラス委員で?」
「そうなの」
土肥がこくりと頷く。
あれ、そういうのって授業でやるもんじゃないっけ?クラス委員の仕事だったっけな?
「森山先生が、クラス委員って仕事があんまりないから、とりあえず学級新聞をやってみようじゃないかって言い出したんだよね。でも、低学年は作り方なんてわからないし、まず私達が森山先生の受け持ちの学年ってことで最初に見本を作ることになったの。それを見て次回の委員会で各クラスが作るって言ってたかな」
「面倒くさい事を言いだしたな」
羽鳥の説明に辟易する。やることが無いからって無駄な仕事を増やす意味よ。
確かに、ホームルームや行事での取り纏め以外は、クラス委員って特に仕事がないけどさ。小学校の委員会活動ってそんなもんだろ。
何でわざわざ仕事を増やすかなあ。
「じゃあ、二組と一組で一つずつ作るってわけか」
「ううん。昨日が委員会だったんだけど、二組の委員長のハクシくんが風邪で休みだったから、一組に任せたって言われたんだよね」
ふっと溜息を付きながら羽鳥が言う。いやはや、面倒な話だ。
「別に学級新聞なんてそんな急を要するもんじゃないんだし、ハクシが治ってから自分のクラスにやらせればいいのにな」
「まあね。でももう任された以上、仕方ないかな」
羽鳥が頷いて俺に賛意を示しながらも、大人な発言をする。まあそれはそうだ。
「えと、学級新聞って何を書けばいいのかな?」
おずおずと土肥が聞いてきた。
「普通に新聞みたいなことでいいんじゃないか?」
俺もそういうのがあるとは知っているけど、うちの学校で作った記憶はない。なので、まあ新聞を参考にするしかないと思う。
「ごめんね、私新聞は読まなくて……。パパが朝読んでるのはよく見るんだけど……」
「私も新聞は読まないかな」
申し訳ないけど土肥は予想通りというか、そうだろうなという感じだった。
ただ、羽鳥が新聞を読まないのは意外だった。いや、聞いている感じお母さんと二人暮らしっぽいし、取る習慣がないのかもしれない。
「あの、だから寄木くんが色々教えてくれたら嬉しいな……」
土肥が上目遣いにお願いをしてきて、
「うん。寄木を頼りにしてるかな」
羽鳥も同調してクールに微笑む。
これ、俺が色々やらなきゃいけない流れじゃん。あれ、俺手伝いに来ただけじゃなかったっけな……。
しかしいきなり先行きが怪しくなった学級新聞作りだが、上手くいくのだろうか。俺、基本的にセンスがない人間だから荷が重いんだが……。
いつもお読みいただき、有難うございます。
今日の投稿は書いている途中でPCがクラッシュしてしまい大変でした。
次回はまた明日か明後日に投稿します。
ただ、新型コロナの影響で少し職域が変わる可能性があり、これから一月ほど投稿が不安定になる可能性があります。ご了承ください。
いつも応援してくださっているのに、申し訳ないです。




