8-5. 追っかけて、遊園地・宮廻あやめ
「っし、次はジェットコースター行くよ!」
「お、おうっ!」
地上に降り立つと宮廻はいきなりハイテンションになって、俺の腕をとった。
「ほれほれ!」
「やめろっ。肩、取れる!」
引きずらなくても付いていくから!肩痛いから!
さっきまでの感傷的な雰囲気は、遊園地の高揚した人並みと宮廻の牽引力で、いつの間にかどこかに消えてしまった。
「これは身長大丈夫なのか?」
「大丈夫っしょ!わかんないけど」
引きずられたままジェットコースターの前に着いた俺は、また身長制限が気になって呟いてしまった。
返答した宮廻もめちゃくちゃハイテンションに肯定したくせに、結局わかんないのかよ。
「んまあ、あれだな。どこかに身長制限書いたボードがあるだろうし、最悪ダメでも係員さんが止めるだろうし、とりあえずは並ぶか」
「うん。そうしよ」
とりあえず先ほどの観覧車よりは随分と長い列に並ぶことにした。
観覧車の列は小さい子供連れが多かった気がするけど、ここはそれより年齢層が高く見える。
時々いる俺と変わらない背丈の子達は、みなちょっと不安そうな顔をしていて微笑ましい。余裕綽々と言う顔をしているのは、宮廻くらいかもしれない。
俺はまあ中身がアラサーなわけで、流石に怖いとかはあんまりない。所詮は電車みたいなもんだしな。
少し歩くと、列の真横に身長制限を書いたボードが見えた。
「ほら、寄木。『135センチ以下のお客様はご利用をお断りさせて頂いております』だってさ。乗れるじゃん」
「そうだな……あれ、暁斗は大丈夫だったんだろうか」
俺は先日の身体測定で140を超えてたし、宮廻は俺と同じか少しだけ高いので搭乗可能だろう。
だけど暁斗は俺たちより少し低いので、135センチはギリギリのラインな気がする。
「まあ、大丈夫じゃない?」
「だと良いけどさ」
もし乗れなかったら可哀想だな。てか、樫崎もデート相手が乗れない可能性あるのに、遊園地選ぶのってどうなんだ?
樫崎自身は俺たちより背が少し高くて羽鳥と同じくらいの身長なので、乗れずに困ることはないだろうけど。いやまあ、そこまで考えてないよなあ、あいつ。
今日何度目かの樫崎のガバガバさへのツッコミが出てしまう。
そんなことを考えていたら、ジェットコースターの搭乗口がすぐ前にきていた。
意外に早いな。
「ここまでのお客様、前進をお願いします」
列が俺と宮廻の目の前でちょうど区切られて、さっきまで前にいた人たちがジェットコースターに乗り込んでいく。
「お、やったじゃん。あたしたち先頭だよ」
「ああ、そうか」
前の様子を見ていると、列の前の人からコースターに乗り込んでいるので、そうなるだろう。
流石に乗り込む直前になると俺もちょっとだけ緊張してきたけど、宮廻はめちゃくちゃ楽しそうな顔をしていて、こいつメンタル強いなって改めて思わされる。
乗り込んで発進した一つ前の番の人たちがあげる「キャー!」という声が聞こえてきて、背筋が微妙に震えてきた。
「では、お次のお客様どうぞ」
「はーいっ」
宮廻がスキップしながらコースターへと向かうので、俺も慌てて追いかける。
やはり俺たちは先頭に座わることになった。宮廻が奥の右側の席で、俺が手前の左側の席。
着席してから少しすると、ウイーンという機械音と共に上からバーが肩へと降りてくる。バーは意外に大きくて、肩から俺のお腹あたりまでをカバーしてくれた。
バーで体が囲まれた姿は、凹の字の空いてる場所に首が出てるような感じだ。
「これ、意外に隙間あるね。面白っ」
宮廻はバーと肩の間に握りこぶしを入れて、すかっすかっと動かしている。
俺も手を突っ込んで確認すると、確かに隙間が大きい。これ、揺れたら隙間で跳ねてシェイクされるんじゃないかと不安が生まれてしまう。余計なことを言うなよ、宮廻……。言った本人は楽しそうにえへっと笑っているのが妙に腹立たしい。人を心配にさせといて、お前っ!
「では、お楽しみください」
アナウンスと共に無情にジェットコースターが発進した。
薄暗い発着所を抜けると、乗っているコースター以外全てが空間になっていて、自分のいる場所がいかに不安定なものなのかを理解させられてしまう。先頭だから、視界を遮るものが何もないので尚更だ。
コースターがガタガタ揺れるせいで「これ故障してるのでは?!」「レール外れたりするかもしれない」という気持ちが湧き上がってくる。
高度を上げるのに微妙に左右に蛇行しながら登るのも、体がそれに沿って揺れて肩にあるスペースを感じてしまう。
正直に言えば、思ったよりも随分怖かった。
割と足も震えてきてるし。俺、こんなに怖がりだったけな……。
思い返すと中学に入ってからは遊園地に行った記憶もないし、あまりに久しぶりなせいで……しかも体が幼いせいで鋭敏なせいで……なんてビビってる理由付けが脳の中で勝手に開始される。
登っていたレールはそろそろ頂上に達そうとしている。もうすぐ降下の開始だ。さっきの観覧車ほどではないにしろ、明らかに地面と距離があって落ちたら確実に死ぬだろうなというのが嫌でもわかる。
いや、怖えぇっ!
「ねえ、寄木。大丈夫?」
にこやかに宮廻が俺に話しかけてきた。
「ほれ、あたしの手、握りなよ」
宮廻が、横からそっと手を差し伸べてきた。
俺のじっとりとした手のひらと、さらりとした宮廻の手のひらが触れ合う。
じっと宮廻の顔を見つめると、ただただジェットコースターが楽しいといった表情で、俺をバカにしているような感じは受けない。
なので、それならと俺は宮廻の手を握りしめた。
「落ちるよ」
「うおあーー!!!」
「いやっほーーー!!」
俺の悲鳴と宮廻の歓声が混ざりながら、コースターは加速度的に勢いを増して地面へと迫っていく。
やっぱ怖ええ!
一番下まで降下しきったタイミングでコースターが横倒しになって、地面スレスレを走っていく。この速度で落ちたら死ぬ、死ぬじゃねえか!
自然と体全体が強張る。
「うおおおお楽しい!!!!!」
隣からは一人楽しそうな叫び声が聞こえてくる。
お前、すごいよ、宮廻……。
どれほど経っただろうか。はやく終わってくれ、とただ目の前の景色に集中している時間は異様に長く感じられた。目を瞑ってしまえば楽だったんだろうけど、それは俺のなけなしのプライドが許さなかった。
そうして緊張し続けた航路が終わり、ようやく発着所が目の前に現れた。コースターの速度も落ちて徐行になっていて、もう心配はないのだとようやく実感できる。
俺、生き残ったんだな……。
「寄木、痛い」
「わ、悪い」
安堵も束の間、宮廻に言われて自分の右手に意識をやると、思ったよりもぎゅっと握りしめていた。
慌てて手を離す。
「いや、ごめん。あたしが乗りたかったから強引に連れてきたけど、寄木があんまりジェットコースター好きじゃないとか考えてなくてさ」
宮廻が片手でごめんのジェスチャーをしてくる。揶揄うのではなくマジな感じで謝られてしまい、俺のプライドが刺激された。
そ、そんなにビビってねえから、俺!
「んなことないぜ、楽しかったし」
「じゃ、もっかい乗る?」
俺の強がりに対して、宮廻が意地悪な顔をして俺にニヤッと笑いながら問いかけてきた。
「えっそれは……」
「どーする?乗るう?フリーパスだから乗り放題だけどさ?」
顔を近付けながら、宮廻が更に煽ってくる。
にやあっとした顔は実に楽しそうで、見てて嫌じゃないけどさ、ひどくねえかあ?
俺が何も言えずにいるうちに、コースターは発着所へと戻ってきた。
ぐったりという感じに俺が降りると、即座に宮廻は楽しそうにさっと飛び降りる。
「楽しかったあ。じゃ、もう一回並び直そうか?」
「すんません、もう勘弁してください」
「あははっ」
俺がもうなりふり構わず拒絶すると、宮廻はお腹を抱えて笑いだした。
もはや敗北者である俺は、微妙な表情になって見守るしかできない。
いや、ジェットコースター適性で勝ち負けなんて決まらないし。
「はーっ、じゃあ次はコーヒーカップでも行こ。一旦気分落ち着けよっか」
ひとしきり笑ったあと、宮廻は俺の肩を抱きながら言ってきた。
「おう」
俺としても落ち着ける場所は有り難かったので、素直に頷く。
「あはっ」
さっきの思い出し笑いだろう、宮廻が不意に吹き出す。
「そんな笑うことないだろ……」
「いやだって、勘弁してくださいって言い方……」
宮廻は歩きながら未だに笑い続けている。
俺がちょっとだけムッとした顔になると、宮廻は笑いながら謝ってくる。
「ごめんごめん。……ほれっ」
そして、そのまま自分の鼻を指で潰して、いわゆる豚鼻をしてきた。
「ぶはっ」
いきなりの変顔に俺は笑ってしまう。これ、前もやってきたよなこいつ、お気に入りか?!
「ぶう、ぶうっ」
「み、宮廻やめろっ!」
その上あんまり似てない変な鳴き声までしてくるから、変な笑いが出てしまって呼吸が辛い。
宮廻のかわいらしい顔の真ん中に、変に潰れてへちゃむくれた鼻があるギャップがどうにも面白くて笑いが止まらない。
「ご主人さま、機嫌直して欲しいぶう。肉にしないでほしいぶう」
「わかった、わかったからやめろ!」
だから、息が吸えなくて苦しいんだって!
家畜の定めについてちょっとダークに触れている宮廻の腕を俺が両手で抑えると、ようやく豚の真似をやめてくれた。
「機嫌直った?」
「ああ、直ったから……」
「よかったぶぅ」
「くっ、やめろって言ってるだろっ」
ていうか前も思ったけど、お前女の子でかわいい顔つきしてるんだから、豚鼻が癖になったら勿体ないだろ。
「ま、じゃあ気を取り直して、落ち着けるやつ……コーヒーカップ行きますか」
「ああ……」
お前のせいだろとか色々言う気すら失った俺は、黙って宮廻の後ろをついていくことにした。
コーヒーカップの混雑度合いはジェットコースターと観覧車の間くらいだった。
身長制限は110cmとかなり低めで、列にも観覧車以上にお子様が多い気がする。
宮廻が豚鼻をするフェイントをして俺が懸命に腕を抑えるといったじゃれ合いをしていたら、すぐに俺たちの番が来た。
「おーおーっ」
真横に座っている宮廻が首を左右に振って景色を楽しみながら楽しそうに声を上げた。乗る時に宮廻は向かい側に座るかと思ったんだけど、隣にふっと座ってきた。
カップの回転速度はだいたいテレビで見るワルツの回転の速度くらいで、結構ゆったりめだ。
「パパー、もっと回して!」
「まっかせろ!」
「わー、ぐるぐる!」
隣のカップから幼い女の子の声が聞こえてきた。父親であろう声が聞こえて、そして幼い歓声が聞こえてくる。
周りに目をやると、みんなハンドルをぐるぐると回していて、どこも俺たちより速度が早い。
あれ、なんで宮廻はハンドルを回さないんだろう。いや、俺もぼーっとして回していないわけだが。
「宮廻、回さないの?」
「落ち着けるやつってことで乗ったわけだし」
真横の宮廻に小さな声で問うと、淡々とした回答が帰ってきた。
ああ、さっきそんな事を言っていた気がする。でも、俺としてはもう落ち着けていたし、コーヒーカップでハンドルを回さないっていうのもあれだし、もっと言えば宮廻は回したさそうな顔でハンドルを見てウズウズしているし、それなら思う存分回してくれたら良いと思う。
「好きなだけ回せよ、宮廻」
「え?いいの?」
途端に宮廻の顔がぱあっと明るくなる。こいつに楽しんでほしいな、という気持ちが沸き上がってきて俺は即答する。
「おう」
「じゃ、まっかせて」
そう言ってニンマリとした宮廻は腕まくりをしてハンドルを握った。そして一瞬俺のシートベルト辺りを確認してから、異様な速度で回転させていく。
ちょっと怖いが、まあ回転速度にもどうせ上限があるだろうし、大丈夫だろう……。
「いえーっ」
「うおああああ、やべええええええええ」
俺が甘かった。どうやらこの遊園地のコーヒーカップには速度制限という機能は実装されていないようだった。
実装されていたとしても、上限はかなり高めに設定されているに違いない。
最初は俺も笑っていられた。早い早いなんてはしゃいでいたけど、段々速度が上がっていき今ではもう独楽みたいな勢いで回っていて笑いは既に引っ込んでいる。
高速すぎてブレているが、周りのカップに乗る人達も若干引いた目で俺たちの事を見ている。
「パパ、あのお姉ちゃんすごーい!パパもやって!」
「あれは……危ないからやめとこうね」
「え、なんでーっ」
お兄ちゃんはパパの判断は正しいと思うぞ……。
「早い!凄いね寄木!」
「うおおおおおおおおおおお」
ひたすら回転に晒され続けた俺も、なんかもう一周回って楽しくなってきた。いや、コーヒーカップは既に高速で百何周もしているんだが……。
お腹に感じるシートベルトの圧力と、背中に感じる遠心力もそれぞれ心地よく思えてくる。
「宮廻、これ楽しいな」
「でっしょ?!」
一緒に回転しているお陰で、唯一ブレずにハッキリ見える存在の宮廻が今日イチ楽しそうな顔になるので、俺も自然と笑みが溢れる。
もうここまで来たら、毒を食らわば皿までだ。
俺も宮廻と一緒にハンドルに手を添えて、勢いを加速させていく。
宮廻が俺の顔を上目遣いに覗き込んできて、めちゃくちゃ楽しそうに笑う。
「じゃあ、行くぞ」
「いえーーい」
そのまま時間制限までひたすら回し続けた俺達は、クタクタになりながらコーヒーカップから下車した。
周りの目が、もはや畏怖レベルになっていてちょっと気持ちいい。
さっきの幼い女の子もずっと俺たちのことをずっと見ているし、係員さんすら若干の苦笑交じりに俺たちを眺めている。
いややっぱ、俺達くらい回すやつって滅多に居ないんだろうな。謎の優越感すら湧いてくる。俺達、すごくね?!
「楽しかったな」
「うん。サイコーだったね、寄木」
「「ははっ」」
どちらともなく笑いだし、そして二人でパチンとハイタッチする。
「「いえー!」」
「また乗りてえな」
「じゃあ、今からもう一回並ぼっか?」
「おう、そうす……ん?」
ふと目の前に、よく見慣れた顔があるのに気がついて掛け合いの声が止まった。
「おっ、やっぱり悟と宮廻じゃん!来てたんだ」
俺たちを見つけて嬉しいという感情が顔に出ている暁斗と、見つかっちゃったという気持ちがありありと浮かんだ沈痛な顔で俺たちを見つめる樫崎の姿があった。
あ、はしゃいでいて二人のことを完全に俺たち忘れちゃってた。ど、どうしよう!
いつもお読みいただき、有難うございます。
今回は遊園地エンジョイ回でした。
前回、前々回の後書きに反応して頂き、本当に嬉しかったです。ありがとうございます。
お陰様で今回の話は終始楽しく書くことが出来ました。
「面白かった」や「ヒロインかわいかったよ」というような皆様の感想を読んではよかった……と思い、増える評価を見ると楽しんでもらえたのかな?と思えて、いつも嬉しくなっているのです。
毎度毎度言っていることですが、皆様の応援が本当に力になっています。
改めまして、感謝申し上げます。これからも頑張っていきます!
次回はまた明日か明後日に投稿します。




