8-4. 追っかけて、遊園地・宮廻あやめ
やってきました遊園地。
七日山ワンダーパーク最寄りの駅にたどり着いたのは、お昼少し前。
地元テレビでよく流れている『駅から十分歩けばそこはワンダー』という宣伝ソングの通り、電車を降りてちょっと歩けば遊園地の門まで簡単にたどり着くことが出来た。
電車に乗る時は少し大変だった。暁斗たちと距離を開けてたせいでどの車両に二人がいるかわからず、乗り込んだ瞬間に即ばったり!という可能性があったからだ。
田舎なので電車も二分ほど停車するのでホームで出くわすのは避けれたけれど、四両編成なので四分の一の確率で出会ってしまうじゃねーか。
ていうか色々ガバガバすぎるよな。樫崎も宮廻に見守って欲しいとか言ったらしいけど、普通に暁斗に見つかるリスクを考えると頼まない方が良かったんじゃねえの。
会えば気まずくなるか、一緒に遊ぶことになるんだからさ。いや、気まずくはならないかもしれないが。
結局、電車の車両ロシアンルーレットは宮廻が「姫乃は絶対先頭車両の一番前で進行方向を見てはしゃぎたいと思うから、それ以外選ぼ」と言ったことで三両目に乗り込むことにした。実際遊園地の最寄駅に着いたら、本当に先頭車両から二人が降りてきたからびっくりした。宮廻、流石だな……。
駅からの道中は、逆に暁斗に見つかるよりも二人を見失う危険が高かった。やっぱり休日だけあって沢山の人が遊園地に行きたいわけで、人混みが凄かったし。何より俺たちみんなまだ子供なので背が低く、人混みの中だと見つけにくいってのが大きかった。
そんなこんなの苦難はあったけど、なんとか暁斗たちを見失わずそして暁斗たちに見つからず、俺たちはゲートまでたどり着いた。
「子供二名様ですね。一日フリーパスチケットになさいますか?全てのアトラクションに乗り放題で、千五百円となっておりますが」
「じゃあ、それでお願いします!」
受付のお姉さんの提案に、どうしようと相談するまもなく宮廻が頷いた。
宮廻はそのまま財布からすっと三千円を取り出して、二人分を支払う。
「宮廻ありがとな。じゃあ、これ」
入場料五百円を差し引いた分の千円札を俺が渡そうとすると、宮廻は眉間にしわを寄せて手をヒラヒラしてくる。
「いーよ。お詫びだから」
「さっき入場料でって……」
「いいから、私の酒が飲めないの!?」
うちの教授やバイト先の店長みたいなノリで、にへらっとした笑顔の宮廻がぐいぐいとフリーパスを俺に押し付けてくる。
「うっす、頂きます」
反射的に頭を下げて、フリーパスを受け取ってしまった。いや、これ条件反射だろ。避けるの無理じゃん。
バイトの飲みはそんなに多くなかったから良いけど、大学の時なんか教授に毎回アホみたいに飲まされ続けたせいで完全にああいう感じに言われると押し頂いてしまうのが癖になっている。
でも、職場は理系の落ち着いた人ばっかりだったので、社会人になってからはそんな感じに酒を勧められることがなかったから、なんだか懐かしさもあった。
大学時代以来だな、こういうノリ。あ、婚活で酒乱の人と会った時は潰されかけた上に、介抱して家まで送ることになったことはあったが……。
「素直でよろしい」
俺がフリーパスを受け取ると、宮廻はうんうんと頷いた。ニカっとした笑い方で、ちょっとだけ申し訳なく思ってた気持ちが霧散する。
まあ、宮廻がこんだけ喜んでくれるなら良いか。けっこう宮廻としても気に病んでたっぽいし。
「ていうかさ」
「ん?」
急に宮廻が深刻な顔になって遠い目をする。どうしたんだ?
「あれだよね、完全に見失ったよね」
「ああっ!」
言われてみれば、暁斗と樫崎の背中はどこにも見えなかった。
「多分さ、姫乃は前売り券を買ってたと思うんだよね。んで、さっさと入場したから……」
「なるほどな」
まあそりゃ先に行かれるよな。ていうかさ、やっぱり樫崎ってホント何も考えてないよな!見守っててほしいとか言って、完全に見守らせる気がないじゃん!
「んで、これから俺たちどうするよ?」
「うーん」
宮廻が眉間にシワを寄せてむうっと考え始める。
今回俺はどちらかといえば添え物だし、しかも金も出して貰ってるわけだから宮廻に出来れば決めてもらいたいところである。
「じゃ、あたし達もあたし達で楽しもっか。遊園地」
「お?」
「だってさ、探しても見つかるかわかんないじゃん。なら周りに気を配りながら楽しも?」
「そうしようぜ」
砂浜から一粒のお目当ての砂を発見するよりは随分と容易いとは思うけど、やっぱり日曜日の遊園地の中で小さな小学生二人を探すのは結構たいへんだと思う。
ハッキリ言えばもう面倒くさいから忘れて楽しみたくなってきた。だってさ、皆がワイワイしている場所で俺たちだけ人探しって絶対虚しいだろ。
「決まりね。どこから行こっか」
「一応、樫崎たちが行ってなさそうな所から行かねえか?」
流石に早々に鉢合わせするのもなんだかなだしな。
もし出逢えばもう同じ遊園地にいるわけで、一緒に遊ぶことになる可能性が高いし。それじゃ、樫崎の邪魔になってしまうからな。
「じゃあ観覧車から行く?」
「観覧車?」
「だってデートの締めっていったら普通観覧車じゃん。てことは逆に最初には行かないでしょ?」
「そうなのか?」
「もうっ。知らないの?」
知らないの?と言われましても知らないんだから仕方ないだろ。
デートの締めは普通観覧車とか一度も聞いたことがないんだけど、本当にそうなのか?
ああでも飲みの締めはラーメンという常識も二十歳すぎるまで知らなかったし、締めに関しての知識がないのかもな。俺。
「宮廻が言うんならそうなんだろな、じゃあ観覧車から行くか」
そんな感じで最初に向かった観覧車は、思ったより空いていた。
列もまばらで、三分も待たずに乗車できそうな勢いだ。
「ほら、普通は最初に来ないんだって」
「ホントだ」
列の最後尾にすっと並びながら、宮廻が得意げに笑う。
「ていうか大きいな」
「百メートルくらいあるらしいよ」
「へえ……あっ」
「どったの?もしかして高所恐怖症?」
宮廻が素朴な顔で聞いてくる。からかうとかじゃなく、純粋に心配してる感じ。
いや、メートルで思い出したことがあっただけで。
「そういうわけじゃなくて、身長制限は大丈夫かなって」
「え?観覧車で?ジェットコースターとかじゃないから無いでしょ」
「あ、そうなのか?」
「観覧車に危険なんてないし、そうじゃない?ていうか、あったとしてもあたしたち140超えてるし、大丈夫でしょ……」
ちょっとだけ自信をなくしたのか、宮廻はほんの少しだけ不安そうな顔になった。
こんな話をしている間にも列は進んでいき、案内する係員の優しげな大学生のバイトくらいの年格好のお兄さんのところまで俺たちはたどり着く。
そのお兄さんに、宮廻がふっと自然な感じに話しかける。
「あの、これって身長制限ありますか?」
「いえいえ、ありませんよ。……ではゴンドラが来ました。お楽しみくださいませ」
お兄さんがちょっとだけ笑いながらドアを開けてくれた。
宮廻が先にざざっと入っていき、遅れて俺も滑り込む。ゴンドラはよくある四人乗りくらいのやつで、地面以外がほぼガラス張りになっている。
「ほらっ、やっぱそうじゃん?」
「いや悪い」
「ねえ寄木、ぐんぐん離れていくね!」
宮廻が俺の肩を引っ張りながら地面の方を指差した。
「おー、すごい」
宮廻の言う通り、地面が勢いよく遠ざかっていく。
まだ高度が低いので、早く感じるんだろうな。
四十九メートルが五十メートルになっても気付かないけど、二メートルが三メートルになったら気付くのと同じ理屈である。
「人がどんどん小さくなっていくね」
「樫崎と暁斗がいても、もう気付けないな」
「間違いない」
下を眺めている最中、ふと気配を感じて横を見ると、宮廻がゴンドラの中で立ち上がっていた。
「そっち座る」
危ない、という言葉が口から出る前に、宮廻が俺の真横に腰を下ろしてきた。
「お、おう」
なんでこっちに来たのか分からず、俺はちょっと困惑する。どうしたんだよ。
「ほら、寄木、後ろ見よっ。ジェットコースターと同じくらいになった!」
ケツを叩かれた俺は、宮廻がいつの間にかやっていたのと同じように、正座から体を伸ばした感じの体勢で後ろを向く。
確かに、遊園地を挟んで反対側にあるジェットコースターと高度が同じくらいになっていて、おおとは思った。
そしてどんどん上へと登っていき、もうそろそろ天頂に差し掛かろうとし始めている。
が、そんなことよりも気になることがあって、俺は景色に集中できない。宮廻が頬がくっつきそうな近さに体を寄せてきているからだ。
頬に他人の熱を感じてなんかちょっとくすぐったい。いつの間にかさっきまで感じなかった、なんか女の子っぽい匂いが宮廻からしてきて、妙に緊張してしまう。
「ねえ、寄木聞いてた?」
密着したまま宮廻が聞いてくる。
「んんっ?」
「やっぱり聞いてなかった」
「わ、わりい。なんて言ったんだ?」
こんな至近距離で話しかけられたのに気付かないとか、俺どんだけ緊張してたんだ?
「そんな大事じゃないからいいよ」
そう言われても気になるんだが、でもなんか聞くに聞けずに何も言えなくなる。
「いま姫乃たち、どこらへんだろうね」
「どうだろうな。ジェットコースターとかかな」
「かもね」
他愛もない会話なのに、すぐ真横に宮廻がいるせいでなんだかちょっとぎこちなくなっている気がする。
しかし、暁斗たちは本当にどこにいるのだろうか。何をしているのだろうか。
「俺、思ったんだけどさ。暁斗と樫崎が付き合ったら、俺たち今まで通り四人で遊べなかったりするくないか?」
「……だろうね」
二人のことを考えたせいでふと漏れた疑問に対して、宮廻は珍しく逡巡してから答えた。
そうだよな。あいつらがもし付き合うことになったとしたら、二人きりで遊ぶことも今以上に増えるかもしれない。
俺と宮廻との四人で遊んでいても、四人組のうち二人が付き合ってるとなると、やっぱりちょっとバランスが変わって変な感じになるとも思う。
「宮廻としては、どうなんだよ」
寂しく思っているのが俺だけなんじゃないかと不安になって、聞いてしまった。
中身が三十路男だというのに、小学生同士の友情でこんなにナイーブになるのは恥ずかしいと思いはするけど、実際にそういう感傷を抱いてしまっているんだから仕方ないと思う。それだけ大事なんだと、俺は自分の気持ちを再確認する。
「そこはあたしも残念には思うよ。四人揃ってワイワイしてるの、すごい好きだし」
落ち着いた、澄んだトーンで宮廻が言った。横目で至近のその顔を見ると、表情もいつになく真剣だ。
「ああ、宮廻も同じなんだな……」
良かったという思いがため息として口から漏れる。
「でもね、同時に思うんだよね。私達もこれからちょっとずつ大人になっていくじゃん。それによって、色々変わることもあるだろうし、変わらなきゃいけないこともある。これもそうなのかなって」
宮廻がちょっとだけ大人びた顔で、俺に言い聞かせるように語りかけてくる。中身的には俺のほうが年上なはずなのに、宮廻の口ぶりがずいぶんと年上のもののように聞こえる。
「嫌な形に関係が変わっちゃうよりは、姫乃と暁斗がカップルになって幸せな形に変わるのなら……それならいいかなって、あたしは思うな」
「そっか」
あまりに大人な考えで、俺は頷くしか出来なかった。そんな俺に、宮廻は幽かに笑いかけてくる。その顔はなんだかちょっと儚げで、そしてやっぱり俺よりお姉さんに見えた。
気付くと、いつの間にかゴンドラは天頂どころか、もうすぐ地面というところまで戻ってきている。
俺と宮廻は、無言でゴンドラから地面に降り立った。
いつもお読みいただき、有難うございます。
宮廻と観覧車の回でした。
自分でもいい感じに書けたんじゃないか、と土肥の誕生日回以来に思える回でした。
次回は、おそらく明日か明後日に更新します。




