8-1. 追っかけて、遊園地・宮廻あやめ
「いえーい、一番乗り!」
「は、早えよ!」
「寄木も早く登ってきな」
「待ってろよ」
動物園への遠足に行った翌日の土曜日。
俺は宮廻と二人で隣町の、最近できた公園にやってきていた。
そう、今日は第四土曜日なので休みなのだ。いわゆるゆとり教育が本格化するまでは、第二土曜日と第四土曜日が休みという隔週土曜休みの時期が続いていたはずだけど、この時代がまさにそうだったのだ。
俺よりちょっと前は第二土曜日だけ休みとかで、これより後は毎週土曜休みという時期だったから、なんともまあ珍しい端境期であるといえよう。
この時代の公園ってまだ規制が叫ばれる前だから、めちゃくちゃ攻めてる奴が多いんだよね。
今宮廻と一緒に登ってるこのロープで出来ているジャングルジムなんかも、高さが五メートルは軽くあるので落ちたらマジで危ないと思う。
けどまあ、楽しいから俺としては良いんだけどね。少しビビりながらだけど、着実に上へと向かっていく達成感は非常に気持ちいい。
宮廻は全くビビってない様子で、俺が七合目あたりに達したばかりだというのに、一番上に両手離しで立ち上がって、おれに手を振ってきている。
いや、あぶねーだろそれ!
同じジャングルジムを登ってる他の子供たちも、宮廻を見てギョッとした顔になってるし。
「あぶないから、両手離すなよ」
「え、なに?」
「両手!ロープ!離すな!」
「あーはいはい。寄木が来たらそうする。早く!早く!」
俺が必死に叫んでも宮廻は一向にやめないので、仕方なしに登るペースを上げていく。
上のロープを掴むために一瞬片手が離れるだけで怖いのに、なんであいつは両手離しであんな余裕そうなんだよ。
「ほ、ほら、着いたからちゃんと持てよ」
慌てて登りきった俺が言うと、宮廻はニヤっと笑って約束通りロープを掴む。
「やればできるじゃん」
「お前が早くって言うからだろ」
危険なはずの宮廻の方が焦ってなくて、俺の方が焦るのっておかしいだろ。
「でもなんで、今日はこっちまで来たんだ?楽しいからいいけど」
「ん、なんとなく」
この公園までは二十分の距離なので、普段から来れなくもない。現に何度かは来たことがあるしな。
でも、わざわざ来る時は遊ぶ人間が多い時で、みんなでジャングルジム鬼ごっことかをして楽しむイメージだったから、二人でここに行こうと言われて、少しだけなんでだろうと思ったんだよな。
まあ宮廻は気分屋だから仕方ない、とすぐに諦める。
今日は珍しく宮廻が土曜日に遊べる日だったので、宮廻が行きたい場所についていくという話になったのだ。
宮廻は意外に習い事が多いらしく、週に三日くらい遊べないんだよな。何の習い事をしてるか知らないけど、いくつか掛け持ちしていると聞いたので、結構親御さんは教育熱心なのだろう。
「思ったより景色いいな」
眼下を眺めて割と感動する。地上から何メートルもあるから、遠くまで見渡すことができてなんだかちょっとした山に登ったみたいだ。
普段は鬼ごっことかをしていて、ここからじっくりと景色を見たことがないから、いつもの場所なのにちょっと不思議な気分だ。
「でしょ?」
宮廻がうんうんと頷く。
「これが見たくて来たの?」
「いや、違うけど」
「ていうか、宮廻今日は習い事休みだったんだな」
「うん。先生が東京に用事で行くからってことで、休みになったんだよね」
「そういえば宮廻って土曜は何の習い事やってるの?」
「もうっ。恥ずかしいから言わない」
ぷいと宮廻はそっぽを向く。いや、恥ずかしい習い事って、そうそう無いと思うけど。親御さんがお金出してるわけだしさ。
「恥ずかしいって……そんな言いたくないようなやつなのか?」
気になってしまって少ししつこく聞いてしまった。いや、友達が何やってるのか気になるし、恥ずかしいって言われたら更に気になっちゃうだろ。
「じゃあ言うけどさ、今日は……」
宮廻は顔を背け続けまま、いつもとは違ったか細い声で伝えてくる。
「うん」
「……バレエ」
「へえ、バレエ。ボール使わない方?」
「そうだけど。もうっ、降りよ」
ちょっとだけ不貞腐れた顔になって、宮廻はロープ伝いにジャングルジムを下っていく。登りと違ってゆっくりとしたペースなので、俺も真横のロープを伝って一緒に降りていく。
恥ずかしがる気持ちはわからなくはない。
宮廻は男友達の方が多いタイプだし、女の子ぽい習い事をしているとからかわれると思ったんだろう。
でも前世で大人になってから思ったんだけど、習い事ってやっぱ財産なんだよな。音楽ができたりスポーツができたり字が上手いだけで、なんか自信持てたりするし、趣味として一生楽しめたりするんだもん。
俺も社会人になってからは健康維持のために時々ジムで泳いでたけど、それも小学三年まで水泳習ってたから出来たことだと思うしな。気分によって泳法を変えて泳ぐのは、めちゃくちゃストレス発散になった。婚活で破談になった時とかは、一日中泳いでたこともあったし。とにかく、習い事とか子供の時に会得したことって、本当に一生ものだと思うんだよ。
ともかく、だから俺は宮廻のバレエを習っているという発言に対して揶揄う気にはならなかった。ただ、前世の俺なら何か言ってたかもな、と思う。宮廻のスカートについて、前世でアレコレ言っちゃってたわけで。
そういえば、宮廻は今日もスカートを履いている。前のより長めで膝が全部隠れてる丈の、色の濃いデニム生地のやつだ。前のよりは薄手に見えるけど、多分春になったからだろう。
最近の宮廻は俺と二人で遊ぶときはスカートばかりで、こいつ結構スカートも持ってたんだなと思わされたな。
人数が多いと何か言われるかもしれないと思って、この間笑わなかった俺の前だけでは穿いてるのだろうなと思う。結構よく遊ぶメンバーだと、賀田とか城東あたりはからかいそうだしな。
「へー。結構やってんの?」
「ま、七年くらいだね」
「言われてみたら宮廻って体柔らかいしな」
体育のマット運動も得意だったし、バレエを習ってると言われると、確かになと思わされるところはあった。
「ていうか、最近あんまり暁人や樫崎と遊んでないな。あいつら忙しいのかな」
今日は宮廻が久しぶりに土曜日に遊べるからみんなで集まろうぜと思ったけど、宮廻から先に二人とも用事があるらしいよと聞いて、二人で遊ぶことになったのだ。
「ま、色々あるからね」
「あれ、宮廻は何か知ってんの」
「少しだけね」
思わせぶりな口調だったので、気になってしまう。どうしたんだろう。もしかして、俺と遊びたくないとかそういうやつかもしれない。
「俺、なんかやったっけな?」
「そういう訳じゃないから大丈夫。寄木のことが嫌いとかじゃないから」
「それならいいけど」
宮廻は俺の返事に大丈夫だよとでも言うように、うんと頷いて結構な高さのあるところからピョンと飛び降りた。危ねえと思うまでもなく地面に着地して、平然とした顔で俺のことを見ている。
あんたも飛び降りなさいよというようなプレッシャーをその目から感じて、俺も一歩だけ下った場所から意を決して飛び降りた。
うげっ、結構足にダメージきたんだが。飛び降りるもんじゃないだろ、これ。宮廻が平気なのは、もしかすると習っているバレエのおかげなのかもしれないな。
膝を抑えて沈痛な顔をしてる俺を少しだけ笑いながら、宮廻が呟く。
「暁斗と姫乃のことは、来週以降になったら教えるから、ちょっと待って」
「わかった」
何か理由があるのなら仕方ない。
言えない事についてしつこく聞いても無駄だし、俺はただ頷く事にした。ここらへんは中身が三十路男なので、人に話せない理由みたいなものにも前世の俺より大らかでいられるのだろう。
「……寄木、どんなもんか見てみる?」
そう言って宮廻は俺の顔を覗き込むようにして、尋ねてきた。
「何を?」
「バレエ」
「いいのか」
そりゃ見てみたいけどさ。
もしかすると、さっき俺が俺が自分だけ情報を教えてもらえなくて拗ねたと思ってるのかもしれない。
まあ、宮廻としては俺が物分り良すぎたとは思えなかったんだろうな、前世の俺ならしつこく聞いてたのだろうし。
「他の奴にはバレエやってるとか、言わないでよ」
「おうおう」
刹那、宮廻は片足立ちになってほぼ反動もなしにその場でくるりと二回転してみせた。二回転もしたというのに、軸も一切ぶれていない。そして、ジャンプして空中で足を二度打ち合わせる。
え、すごくね?
バレエシューズでもないのに回るのって、それだけでも物凄く難しいと思うのに。素人目にみても、めちゃくちゃ凄いのがわかる。
「はい、終わり」
「宮廻めちゃくちゃ上手いんじゃないのか?」
「まあ長くやってるからね」
事も無げに宮廻は平穏な声で言う。
「プロとか考えてるの?」
「全然」
「そっか」
「中学に上る前にはやめると思う」
いつもより無感情な声色で呟いた宮廻の顔はちょっと影がさしていて、なんとなく追求する気になれなかった。
「ま、そんなことより、次はあっちで遊ぼ」
宮廻がさっきまで出していた憂いなどスッパリとぬぐい捨てて、ぶら下がって移動する遊具……ターザンロープって言うんだっけ?に向かって走り出す。
俺も慌てて走っていく。
結局この日は汗塗れになりはしたけれど、宮廻とアホみたいにはしゃいで楽しい一日だった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
お待たせしました、宮廻回です。予定していた閑話は時系列的に後のほうがいいだろうと思い、8話が終わった後に投稿することにしました。すみません。
タイトルにある遊園地は次回から出てきます。お楽しみに。
昨晩は忙しくて投稿できなかったので、今日二話投稿できたらなと思います。




