7-2. 動物園に遠足!
『小学校を卒業したら存在を忘れるものランキング』なんてものを作ったら、こいつはかなりの上位じゃないだろうか。
こいつが何を指すかというと、画板である。
そう、あの絵を描く時に首に掛け、紙を挟んで固定して書きやすくする、あの画板である。
彫刻刀とかも画板と同じくらい、小学校以外で使う機会のないものだけど、あちらは色々種類があるのが謎だったり、怪我をして記憶に刻まれた人間もそこそこいるから、あんまり忘れないと思うんだよな。
ちなみに俺も親指をザックリと切ったために、彫刻刀のことを忘れられない人間の一人だったするんだよね。指先に傷跡も残ってるから、いやでも目に入って思い出してしまうんだよな。
もう戻ってきた時には既に怪我をしていたらしく、ぴっと線で引いたようなものが親指の横についている。
これなあ、彫刻刀を配られた日に家で予習しようと思って母さんからもらった蒲鉾の板を彫ってる時に、木目で滑ってズバッとやってしまったんだよね。
マジで痛くて泣いた上に、数日後の実際に授業で使うってタイミングに「寄木くんは家で彫刻刀を試したそうなんですが、指を切って怪我をしたそうです。なので、みんなは同じような目に遭わないように、先生の話を聞いて気をつけて使いましょうね」って晒し者にされたからな。踏んだり蹴ったりとはこのことか、と思った記憶がある。
ていうか、なんであんな危ないものを授業で使うんだよ!やらなくていいだろ!
彫刻刀の苦い思い出はさておいて、画板はそんな印象に残る要素なんて何もないから、マジでみんな忘れてると思う。
画板で怪我するとか、まずあり得ないもんな。これで殴られたら痛いとは思うけど。
チェックシートとかを挟むボードなんてほぼ画板みたいなものなのに、会社でも普段から使っていても「これ、画板の仲間とか親戚だな……」なんて思わなかったし、本当に影の薄い存在である。
まあ何故、画板の話をしたかというと、今まさに首から下げているからだ。
絵を描くためにと担任の横江先生から配られたのだが、これがめちゃくちゃ嵩張って持ち辛い。
脇に挟むとすぐにずり落ちるので、首から下げざるを得ないのだが、後ろにリュックサックで前に画板というのはなんか絵面からしてアホっぽい気がするんだよな。まあこれ無しで絵を描けと言われたらキツい気はするけど。
ていうか画板なんてどこから出してきたのやら、小学生の図工室から持ってきたのか?
疑問に思い宮廻の画板を見回すと、裏に動物園の名前がシールで貼られていた。
ああなるほど、動物園で貸し出ししてるのか。まあ、絵の題材にする人間は多いだろうしなあ。
「なにやってんの?」
「いや、この画板どこのなんだろって見てた。動物園のやつっぽい」
「そりゃそうっしょ、バスにワザワザこんなもん乗せるはずないじゃん。寄木ってバカ?」
樫崎が呆れた様子で俺を見つめてきた。
お前に言われたくねえ!
「ふふっ」
土肥がなぜか笑いだしやがった。いや、そんなにおかしくなくね。最近思うんだけど、土肥の笑いどころって微妙によく分からない時があるんだよな。
「まあ、とりあえずどこから回ろうか」
この話を続けても良いことはなさそうなので、俺は話題を変えに園内マップを指差す。
宮廻がうーんと言いながら口を開く。
「とりあえず全部見るんだし、時計回りに回ったら良いんじゃない?土肥さんもそれでいい?」
「うん。えっと、いいよ」
「じゃあ、行こうか」
暁斗が一番先に歩きだすと、樫崎がドタバタと追いかけ、俺たちもゆっくりその後ろを行く。ちょっと間が開いて、二人と三人に分かれる形だ。
宮廻が樫崎を追いかけなかったのは意外だった。
四人で仲はいいけど、俺と暁斗、樫崎と宮廻って感じにやっぱり男女で別れることも多いからな。
「ねえ、土肥さんって絵は得意?」
「ええっと、そんなにかなあ」
「そうなんだ」
「あの、えっと宮廻さんは?」
「あたしもそこそこ」
なんとなく土肥と宮廻が合うイメージはなかったけど、そこそこ盛り上がっているようで俺としてもなんか安心である。
というか、俺が若干話からハブられている感じすらある。
「おーい、早くきなよ。あやめ、寄木、土肥っち。めっちゃかわいーよ」
「うん」
話している間にけっこう差が開いていた樫崎に呼ばれて、俺たちは駆け寄る。
ほう、なんだろう。
「わあ」
樫崎と暁斗が立っている目の前で、ペンギンが群れて歩いていた。土肥と宮廻は駆け出し、樫崎と一緒に柵へと飛びつくように乗り出す。
俺はちょっと遅れてゆっくり歩いていく。へえ、ペンギンって水族館だけじゃなくて動物園にもいるもんなんだな。
ていうか、前世でもここに来たはずなのに、全く記憶にないな。あれだろうな、宮廻と喧嘩して学校が楽しくなかったから、覚えてないんだろうな。
宮廻と喧嘩をせずに仲の良いままで、本当に良かった。ペンギンを眺めて大口を開けて笑っている宮廻を見ながら、ふとそう思う。
「えっと、ペンギンさん、かわいいね」
「だね。あたし描くのペンギンにしよっかな」
「わ、泳いでる」
「かわいい!」
「よちよちしてるー。めっちゃかわいーっ」
女子三人がワイキャイ盛り上がっている中、俺と暁斗は一歩引いたところでその様子を見ていた。
男子的にはなんというか、ペンギンっていまいちかわいらしさのわからない存在なんだよな。
ウサギとかリスならわかるけど、ペンギンってそんなにかわいいか、と思ってしまう。
俺と同じことを思っているのか、暁斗も盛り上がる女子陣を見ながらも「ふーん」という顔をしている。一瞬目があって、お互いちょっと笑ってしまった。
「暁斗?寄木?」
「あれ男子たちペンギン見ないの?可愛いけど」
樫崎が俺たちの不在に気付き、宮廻も振り返って誘ってくる。
「あ、うん。悟、俺たちも見よっか」
「そーしなよ。見なきゃ損っしょ」
柵のところまで歩いていき、もたれながらペタペタ歩きをしているペンギンをじっと眺めるけど、特に感慨は湧いてこない。
南極とかにいただろうに、こんな暑い島国につれてこられて大変だなあ、ってくらいだな。出てくる感想といえば。夏とかどうしているんだろう。
俺があまりに無感動な様子だったからか、宮廻が俺の顔を見てつぶやく。
「寄木、あんまりペンギン好きじゃない?」
「うーん」
「え、寄木くんペンギンさんかわいく……ないの?」
土肥も上目遣いで聞いてくる。なんか、いつになく圧を感じる気がする。
樫崎も俺の方を見つめて、どうなの?という顔をしているし。四面楚歌ならぬ三面楚歌って感じだ。
「ああ、えっと、うん。あんまり好きじゃないかも……。なんか怖いしさ」
何も言葉がひねり出せずに、素直に思ったことを言ってしまった。
いやさ、ペンギンって顔に表情がなくてなんか怖いんだよな。結構そういう人いると思うんだけど。
「え?寄木くん、ほんと?」
「信じらんない!」
「嘘っしょ!」
女子三人が人じゃないものを見るような目で俺を見てきた。
え?そんなに変なこと言ったか?
いや、俺がペンギンを好きでも嫌いでもどっちでもよくないか。
そんな反応することだろうか。
「や、男子ってそんなもんだよ、暁斗だってさあ」
「いや!俺は好きだよ。ペンギン。うん!」
助け舟を期待して話を振るが、暁斗のやつ明らかに取って付けたような言い方で誤魔化しやがった。
「だよねえ」
「やーほんと、ペンギン可愛い」
それで、わざわざ柵から身を乗り出して一緒にペンギンを見始めさえもする。
「ウチずっとここいたい。癒やされるし」
「だなあ」
他の三人が盛り上がったタイミングで、大袈裟に頷きながら相槌までうってるし……。
お前、さっきまで何がかわいいのか分からないって顔してたじゃん!裏切り者。三面楚歌が四面楚歌になった瞬間だった。四文字熟語完成、である。
暁斗はタイミングを見計らってちょっと俺の方を振り返って「すまん」と口パクで謝ってくるけど、到底許してはおけないぞ……。
結局、女子三人がペンギンに飽きるまで、俺は一人納得のいかない思いを抱えながら、青い空を見上げていたのであった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
画板と彫刻刀の話でした。戯れるのは次回になりそうです。
次回で遠足回は終わると思います。
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次回はまた、明日か明後日に投稿します。




