6-1. ファンシーショップで誕生日を・土肥玲花
羽鳥と博物館に行った日曜日から数日。
俺は最近のいつも通りに、土肥と下校のために階段をくだって下駄箱へと向かっていた。
今日は書道の時間があったので、土肥はランドセルに加えて手に書道鞄を持っている。
家で筆をちゃんと洗って乾かしたいから、ということらしい。
俺は書道鞄なんかは学校に置きっ放しがデフォルトの人間なので、真面目だなと感心するが真似する気は起きなかった。いや、面倒くさいじゃん。
今日の樫崎みたいに筆が乾いた墨で固まってカチコチ、みたいなことにならなければそれでいいと思う。
あいつ、春休み前の書道で使ってそのまましまっていたみたいで、書道鞄から取り出した筆が根元から穂先まで、見事に真っ黒な塊になっていたんだよな。
一生懸命に水道で洗ってたけど、本当に大変そうだったな。途中で宮廻に泣きついて一緒に洗ってもらってたけど、俺は面倒臭そうなので見て見ぬ振りをした。
下駄箱に上靴を突っ込み、履き替えるためのコンクリ部分に靴を放り投げたタイミングで、突然後ろが騒がしくなった。
「いえーい!」
「お誕生日おめでとう!」
「みんな、ありがとう!」
振り向くと、多分二年生か三年生くらいであろうこじんまりとした下級生が、十人くらいで輪になって盛り上がっている。あ、こっちは奇数側の下駄箱だから三年生だろうな。
どうやら真ん中に囲まれている女の子が誕生日のようで、皆から口々にお祝いの言葉をかけられていた。感極まったのか、ちょっと涙目になっている。
ハッピバースデーの歌も始まっていて、あたり一帯がパーティー会場みたいな雰囲気に包まれ始める。いやはや、なんというか自由でいいな。
うんうんと頷きながら喧騒に背を向けて歩きだすと、傍に土肥がいないことに気が付いた。あれ?どこ行った?
慌ててキョロキョロ見回すと、土肥は自分の下駄箱のところで、靴を手にしながらじーっと盛り上がっている下級生を眺めていた。
「どうしたの、土肥」
「あ、えっと。いいなって」
「何が?」
「誕生日をあんなにお祝いしてもらえて……」
「ああ」
土肥が少し寂しそうな顔になる。あまり友達がいないイメージだし、憧れたんだろうか。
「なら、土肥の誕生日は俺が祝うよ。いつ?」
「えっとね、んっ」
モジモジしながら土肥は、にゅっと胸を突き出してきた。
え?なんでいきなりヒョコヒョコと公園を歩く鳩みたいな格好をし始めたんだ?
「どうしたどうした」
「あの、裏……」
自分の格好が若干アホっぽいことに気付いたのか、土肥は顔を少し赤らめながら胸元の名札を指差した。
ああ、名札か。言われてみれば、裏面に色々記入する欄があったな。血液型とかそういうのを書くやつ。
スカートの吊り紐に安全ピンで留められた名札をひょいっと裏返しにして見てみる。
へえ、土肥ってO型だったんだな。なんか意外だ。なんとなくA型なイメージがあった。
ていうか住所や電話番号も書いててビビる。この時代って個人情報保護なんて概念マジで存在してないよな。自分が生きてた時代のことなのに、毎回驚かされてしまう。
で、誕生日は……。
「へえ、土肥は四月十四日が誕生日なんだな……んん?今日じゃねーか!」
「うん、そうなの」
そう。まさに今日、四月十四日と名札の裏には書いてあった。
えへへ、といった感じに土肥は笑うけど、なんだかこう寂しさがたたえられてきる。
記憶を辿っても、今日土肥がクラスの誰かに祝われていた記憶はない。土肥が誕生日だって、多分誰も知らないのだろう。俺も知らなかったしな。
……そりゃ、下級生をあんな目で見るよ。
「よし、土肥!」
「は、はいっ」
「誕生日おめでとう!今から誕生日プレゼント買いに行こうぜ」
今日はラッキーなことに書道の墨汁を買うために財布を持ってきている。
お小遣いとか全部入ってるし、小学生基準で予算も潤沢だ。
「え、今から?」
土肥は目を白黒させる。
「うん。制服でだけど大丈夫か?」
考えている店が、一旦家に帰ってからだと面倒なので出来るだけこのまま行きたいんだよな。
でも一応、先生から制服での買い食いとかはダメって言われてた気がするし、土肥が気にするなら後で再集合してもいいとは思う。
「ううん、いいよ。……ありがとう、寄木くん」
「じゃ、行こうぜ」
土肥の顔がぱあっと明るくなる。そうだよ、誕生日にはそういう顔をするべきなんだ。
一気に元気になった土肥と俺は、弾んだ足取りで校門を抜けていく。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
今回は土肥の誕生日のお話です。
導入ですので少しキリのいいところで短めです。
次回はまた、できれば今日の夜、無理なら明日に投稿します。




