5-5.日曜日の科学館で、ふたり・羽鳥純恋
俺が提供までに時間がかかるハンバーグプレートを頼んだのもあり、結局レストランには一時間ちょっと滞在した。
一つの皿の料理を二人で分けて食べるという行為に手間取ったのもある。
というわけでレストランからエントランスに降りた頃には、日時計は既に十三時半を少し回っていた。
最初に気付かなかった案内板を見てみると、展示室はあと六つあるらしい。
閉館時間は十七時なので、あと三時間ちょっとで残り全部を回らなければならないわけだが、展示室二つに三時間以上かけて見ていた俺達が回れるのだろうか。
羽鳥が宇宙のコーナーに熱中していたのを抜きにしても、最初の地球のコーナーも一時間弱は見ていたし。
「六つを三時間か」
「ちょっと難しいかな」
俺が小声でつぶやくと、羽鳥が拾ってきた。やっぱそうだよなあ。
「だな。飛ばし気味に行く?」
「うーん。私としてはしっかり見たいかな」
「そうだよな」
せっかく見に来たんだから、流し見したら勿体ないよな。
薄く全部を見るより、一部でも良いから濃く見ておきたいというのは確かにそうだ。
「じゃあ、じっくり見ていこうか」
「うん。そうだね」
話が纏まったので、羽鳥と二人でゆっくりと展示室へ向かう。
また薄暗い空間に踏み入ると、目の前に筋肉を描写した人体模型がででんと現れた。
「うおっ」
いきなりの事だったので、びっくりして声を漏らしてしまった。いきなり人体模型とかお化け屋敷か、学校の怪談かよ。
一応入り口ということで気を遣っているのか、顔は普通のマネキンだけど、全身筋肉の上に普通のマネキンの首が乗っかかっているのは逆に怖いよ。
「ふふっ」
羽鳥は特に驚いていなかったらしく、俺の驚いた様子を見て小さく笑っていた。
「ええ、ビビらないか?」
我ながらちょっと往生際が悪い思うけど、抗弁してしまう。いきなり人間の形をした何かが出てきたら驚くだろ、普通。
「あんまりだったね。耳元で寄木がいきなり大声出した方がびっくりしちゃったかな」
「マジかよ。てか、悪い」
「ううん。大丈夫」
「というか、ここは人体を扱う展示室なんだな」
筋肉人体模型から目線を横に滑らせると、人体模型の横には骨格模型があった。その横には臓器を描写した人体模型が、気をつけの姿勢で立っている。
いや、これこういうの苦手な人は心臓やられるだろ。
逆行前の時代だと、問題になるやつだと思うぞ……。なんというか、この時代っておおらかだったんだな。
そんな感じで最初はびっくりさせられたけど、展示自体は面白かった。
食物が体内でどのようにエネルギーや骨や筋肉へと変わるのかを図示した展示はよく出来ていて面白かったし、免疫系の説明ゾーンも作用機序までしっかり説明されていて普通に興味深かった。
この部屋は羽鳥はそれほどだったっぽいけど、俺の興味を引いたのでそこそこ長居することになった。
その次の部屋は企画展のようで、これまでの部屋の二倍ほどあった気がする。
扱ってた内容はコンピューターやインターネットに関してで、天井から吊り下げられた大きな題字には『最先端IT革命の現在』なんて銘打たれていた。
ああ、この時代ってちょうどインターネットが一般家庭に広まりはじめた時代で、テレビとかでも取り上げられてたなあ。
試しに試供品の分厚いブラウン管なPCの前に座ってみると、そもそもマウスがボールマウスで笑ってしまった。
逆行前時代の子供とか知らないだろうなあ、初期のマウスは裏側ど真ん中にボールが嵌め込まれてたなんて。コロコロと転がすだけで、なんか変な笑いが出てしまう。
結局この部屋も俺が楽しんでしまって、また長居してしまった。
その後のテクノロジーの進化を知っている身としては、未来予測なんかが色々面白かったからな。2020年の未来生活って動画が流れていて、結構長かったけどかぶりついて見ちゃったね。2020年人としては見逃すわけには行かないもん。
企画展からエントランスホールに戻ったタイミングで、童謡の『七つの子』が館内に流れはじめた。日時計を見ると、閉館時間である十七時の十分前を指している。
マジかよ。半分しか見れてねえじゃねーか。これ、一日で見て回れる人間いるのか?大英博物館みたいに何日かかけるのが前提だったりするのか?
まあ、俺達が死ぬほどガッツリ見てるからなんだろうけどね……。
「時間だから帰るしかないね」
羽鳥が足先を出口の方に向けた。名残惜しんで後ろを振り返る俺と違って、前だけを見て歩いている。
「そうだなあ」
「ちょっと悔しいけど、楽しめたからいいのかな」
「うん。俺は大満足だよ」
地球の成り立ちも宇宙も、人体もITもどれも面白かったからな。
「それならよかった。私も楽しかったよ」
髪の毛を人差し指で耳に掛けながら羽鳥が笑いかけてくる。それはよかった、後半はけっこう俺の趣味に付き合わせた感じがあったからな。
「また来ようね。次は残りを制覇しよう」
「うん、そうだな」
「ちょっと今日お金使っちゃったから来月くらいになるけど、いいかな」
「いいよ。楽しみに待ってるぜ」
「あ、今度図書館で、今日見た展示に関する本を借りたら楽しめるかもね」
「そうだな。あ、そういえば、一緒に借りた芥川のやつ、半分くらい読んだよ」
「私もそれくらい。じゃあ読み終わったら感想話そうね」
「おうよ」
そんな会話をしながら科学博物館から退出する。空はまだ明るくて、もう春なんだと否応なしに思わされる。
肩が張ったのか、羽鳥は背中の後ろで手を組んで、腕をギューッと伸ばす。
俺も真似して伸ばしてみた。お、なんか気持ちいい。
「でも、2020年かあ」
いきなり、逆行した年がピンポイントで出てきて背中がびくんとした。
「んんっ?」
さっき見た動画のことだとすぐに気がついて、慌てて声を抑えたせいで変な声が出てしまう。
「すごく未来のことだと思えたな。私は何になっているんだろう。寄木は立派になってそうだね」
買ってくれるところ悪いけど、実際にはそんな立派じゃなかったぞ。
いや、社会的には立派だったかもしれないけど、色々内側が歪んじゃってたしね。まあ、贅沢を言っている気はするが。
しかし、羽鳥の二十年後か。想像してみる。宇宙服を着て微笑む羽鳥の姿が、ふと目に浮かんだ。
「俺はわからないけどさ、羽鳥はきっと宇宙だよ。それで地球の俺たちを見下ろしてるんだ」
「そっか。宇宙か」
「月かもしれないな。アームストロングとオルドリンだっけ、あいつらが降り立ったあの場所に立ってるかも」
「だったらいいね」
「おうよ」
「宇宙飛行士って、孤独なんだって。地球から離れているわけだからね。だから、寂しさを紛らわすために、地球の話したい人と何日かに一度、電話をさせてもらえるんだよね」
「そうなんだ」
「うん。だから私、寄木に電話かけるから。ちゃんと出てね」
「わかった。有給使ってでも出るよ」
「ふふっ、頼んだよ」
そう言って羽鳥が軽快に笑う。
小学生二人で、休日の人通りも少ないオフィス街を歩いていく。
まだ沈むには早い太陽に照らされて、羽鳥の長い髪を纏めているバレッタが鈍く光った。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
これにて、羽鳥との科学博物館の話は終わりです。
よろしければ感想等いただけると幸いです。
次回はまた、明日か明後日に投稿します。




