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5-4.日曜日の科学館で、ふたり・羽鳥純恋

 


 エントランス二階のレストラン兼カフェはかなり空いていた。まあ、科学博物館の利用者しか入れないわけだし、当たり前と言えばそうなのかもしれない。

 その客数の少なさを埋め合わせるように値段は割高だったけど、店の雰囲気はかなり良い。白を基調にした明るい店内が、パステルカラーのインテリアやオーナメントで彩られた感じは、表参道や青山あたりにありそうな雰囲気すら感じられる。

 最初はメニュー表を見て値段に多少ビビって一旦他に行こうと思ったくらいだったけど、羽鳥がサクッと中に入ったので俺も後に続いた。

 先日のことがあるので羽鳥の財布事情を勝手に心配していたけれども、杞憂となって何よりだった。


「寄木は何にする?」


 階下のエントランスを見下ろせる席の、向かい側に座った羽鳥がメニューに眼を落としながら聞いてきた。


「うーん。ハンバーグプレートにしようかなと思ってる」

「この、溶岩石で焼くハンバーグプレート?いいね」


 俺が頼もうと思っている溶岩石ハンバーグプレートをはじめ、メニューに科学博物館らしい物を取り揃えているのもポイントが高い。

 地球の断面を模したマントルのエビグラタンだとか、極氷風クリームソーダとか、見ているだけで面白いし。

 コーヒーも遠赤外線で焙煎されたものを使っているそうで、徹頭徹尾に拘りを感じる。


「羽鳥は?」

「私はちょっと悩んでるかな」


 ちょっと意外だった。羽鳥は結構決めるの早い方だと思ってたし、店頭のメニュー表を見て「おっ」と言っていたから、もう決まっているもんだと思ってた。

 ただ記憶から思い起こすと、コンビニで弁当を選ぶのにも時間をかけていたし、割と悩むタイプなのかもしれない。


「どれで悩んでるの?」

「えっと、まず雪の結晶パンケーキを頼むつもりなんだけど」

「うん」

「この宇宙食アラカルトも食べるか悩んでるの」

「宇宙食かあ」


 逆行前くらいはだいぶ改善されたと聞いているけど、この時代の宇宙食はあまり美味しくないと評判だったはず。

 羽鳥もそれがネックで悩んでいるのだろうか。


「うん。食べ過ぎじゃないかなって思って」

「え?そこ?」

「そうだよ。私もほら、一応女の子だからね」


 羽鳥はくすりと笑う。

 小学生でも女の子はそういうのをやっぱり気にするんだな、と思いつつ、そこじゃないという思いから聞いてしまう。


「味は大丈夫なの?宇宙食ってこうあんまり」


 声は小さめである。店員さんに聞かれると申し訳ないし。


「まあ色々言われてるよね。でも、別に美味しくなくても良いと思ってるかな」

「え、なんで?」

「だって、貴重な体験だから」


 マジか。そんな発想はなかった。確かに逆行前だと通販サイトを使えば宇宙食はすぐ手に入っただろうけど、今だと本当に機会が限られるもんな。

 俺は美味しくない物を食べるとテンションがすぐに下がっちゃうタイプだけど、羽鳥はそれすら経験として楽しめるんだ。

 もちろん、自身が宇宙飛行士を将来の夢にしているっていうことでの興味もあるんだろうけどさ。

 ちょっと見習いたい、と思った。


「それなら頼もうよ。半分ずつっこにして」


 ので、分けようと提案してみた。


「いいの?」


 こっちを思いやるような顔に羽鳥はなるけど、俺自身がやりたく思ったからやるわけで。


「うん。俺も体験したくなったから」

「ならよかった。じゃあ注文していいかな?」


 俺が頷くと、羽鳥は呼び出し用のベルをちょこんと持ってちりんとひと鳴らしした。

 やってきた大学生くらいのお兄さんに注文を伝えた俺たちは、料理が来るまで、エントランスを見下ろしながら歓談を楽しんだ。



 *****



「お待たせしました」

「ありがとうございます……わ、美味しそうだね」


 二十分ほどで俺のハンバーグプレートと、宇宙食セットが同時に届いた。

 羽鳥のパンケーキは後で持ってきてもらうことにしている。

 注文のタイミングで、甘いものなのだしデザートにしたら?と俺が言って、羽鳥がたしかにと頷き、店員のお兄さんにお願いした。

 しかし、冷静に考えるとハンバーグプレートなんて時間がかかる方の料理なので、展示を見にきたタイミングで選ぶものじゃなかった気がする。多分、俺のプレートが出来たのに合わせて一緒に持ってきたんだろうな……。羽鳥に悪いことをした。でも、美味しそうだったんだから許してほしい……。

 溶岩石のハンバーグプレートという説明の通り、黒々とした溶岩石で出来たプレートの上にハンバーグとピラフと野菜が乗っていて、じゅうじゅうと爆ぜるような音を立てている。

 それぞれの焦げる匂いが芳醇で、空いていた腹が刺激されて痛みすら感じはじめてしまう。


 宇宙食セットの方は、アルミ蒸着された個別のパックが六つほど大きなトレイに乗せられているだけというもので、近未来感にあふれている。

 いや、実際の近未来から逆行した俺が、近未来感とか言うのはおかしい気がするけど。


「じゃあ半分こね?」

「うん」


 ウキウキが抑えられない、という顔で羽鳥はアルミ蒸着パックを開けた。


「まずは野菜から食べてみようかな。はい、寄木」


 パックから出てきたのは、ゼリー寄せのようになったカット野菜だった。

 さっきの展示で見たけど、説明文で宇宙で不足する野菜を宇宙食にするのは大事な課題だったらしい。他のよりも扱いが大変で、結構な苦労があって出来上がったと説明にあった。

 その宇宙開発研究者たちの努力の成果を半分に分け、俺たちはいっせーので口にした。


「うげっ」

「やっ」


 俺も羽鳥も口にした瞬間に変な声をあげてしまった。予想以上のまずさだった。なんか青臭いし、変な酸味がしてトコトン美味しくない。

 そこらへんの雑草を食べたような食味に、吐き出してしまいそうな感じがする。

 羽鳥を見ると、呼吸をなんとか我慢してるって感じの必死な顔をしていた。うん、鼻にこの匂いが抜けたら気持ち悪いもんな。少し笑ってしまうが、そのせいで空気を吸ってしまい、口の中にセロリと人参を生で食べたような匂いが広がってむせてしまう。

 二人同時に手元の水に手を伸ばし、コップ半分くらいを使って一気に流し込む。

 なんとか胃の中に送り込んだのに、まだ口の中にへんな匂いが残っていてつらい。


「口直ししようぜ」


 羽鳥も即様に頷いた。野菜はちょっと作るのが難しかったって言ってたし、他はまだマシだろう。俺たちは救いを求めて、次のパックを急いで開ける。

 パッケージの絵を見ると、どうやら肉のようだ。てかよく見るとMEATって書いてあった。

 口内のエグ味を打ち消すために、俺と羽鳥はまた半分に分けた肉塊のような宇宙食を思い切り口に放り込んだ。


「うげげっ!」

「っ……」


 いろんな肉を混ぜた感じだけど、レバーと脂の味しかしない。無駄に苦くて肉特有の臭みがあってドロってしている。単刀直入に不味い。

 しかし、これどこかで食べたことがあったような……。

 思い出した。大学院時代に教授に連れられて行ったアメリカの学会の後の立食パーティーで食べた、謎の乾いたパテと同じ味だ。あれ、本当に不味くて、酒の酔いが一瞬で抜けたんだよな。もしかしたら、トイレで吐きすらしたかもしれない。

 とにかくアメリカーンな大雑把な味付けと癖の強い素材が最高にミスマッチで、しかも、さっきまで口の中にあった野菜のエグさと合わさって、最低のハーモニーを奏で始めている。

 うーん、罰ゲームかな?

 冷静に考えると、この時代の宇宙食って主にアメリカ人が開発してるわけで、日本人の舌にはあまり合わないよなあ。

 苦しみに耐えながら羽鳥の方に目をやると、机に突っ伏して細かく震えていたが、なんとか起き上がりカップに手をかけた。俺も同様にカップを掴む。

 そして俺たちは、コップに残っていた水全てを使ってなんとか口の中の不快を流し込んだ。


「なあ、羽鳥」

「うん」

「もうチャレンジはやめよう」


 これ以上苦行を続けたくないし、苦しんでいる羽鳥を見たくもない。


「そうだね、もう十分貴重な経験ができたよ……」

「後で店員さんに言って、大丈夫だったら持ち帰りさせてもらおう」


 アルミ蒸着だから、持ち運びも楽だしな。多分許してもらえると思う。

 というか、途中でギブアップして持って変える客が多いから、蒸着パックのまま提供している可能性まであるだろ。


「そうだね、保存食にはなるかな」

「なるなる」

「……ごめんね寄木」


 羽鳥がしゅんとした顔で謝罪してくる。目線も下がっていて、どう考えても落ち込んでいる様子である。


「いや、いい経験ができたから良いよ」


 素直な気持ちで返事をしたけど、羽鳥の顔は晴れない。本当にいい経験が出来たから、羽鳥に乗っかかって正解だったなと思っているんだけどな。話の種になるし。

 まあでも、羽鳥としては沈んじゃうよなあ。


「ほれ、羽鳥」


 溶岩石プレートから切り出したハンバーグをフォークに刺して、羽鳥の口元へと運ぶ。

 一瞬羽鳥は固辞するような雰囲気を見せたけど、俺が口の前でトンボを捕まえるようにフォークをくるくる回すと、ふっと笑って一気にぱくりと口にした。


「ありがとね、寄木」


 これくらいのことで落ち込まれると、俺としてもあまり嬉しくないしな。美味しいものでも食べて気分を戻してほしい。

 まあ、俺はまだ食べてないから美味しいかどうかわからないけど。


「美味しい?」

「うん」

「じゃ、このプレート分け合おうぜ。その代わりパンケーキも半分くれ」

「ふふっ。じゃあそうしよっか」


 羽鳥がようやく明るい顔を見せた。次いでピラフを口に押し込むと、実に美味しそうに噛み締めてくれた。


 結局、プレートは普通に美味しかったし、パンケーキは表面にフルーツやシロップや粉糖で描かれた様々な雪の結晶が綺麗で、見るだけで楽しめた。食べるのが勿体ないと感じたくらいの出来だった。

 まあ食べたけどね。乗っているベリーの酸味がいい感じで、俺好みの味だった。

 デザートを食べ終わる頃には、俺も羽鳥も宇宙食のことなんかすっかり忘れていて、楽しく食事を終えることが出来た。

 貴重な経験ができて、美味しい料理とデザートを頂けて、結果から見ると実に良い昼食だったのではないだろうか。







いつもお読みいただき、ありがとうございます。


結局楽しかった昼食でした。

次回で羽鳥との科学博物館デート?は終わりです。


毎度言っておりますが、いつも感想やブックマーク、評価ありがとうございます。お陰様でやる気が出てバリバリ書けています。感謝です。



次回はまた、明日か明後日に投稿します。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 羽鳥ちゃんの大人しい性格が宇宙関連になると子供っぽくなるギャップがとても良いです!萌えます!
[良い点] 純恋かわいい
[一言] 端から見たらイチャイチャする小学生カップルだよね。
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