5-3.日曜日の科学館で、ふたり・羽鳥純恋
電車に乗った後はすんなりと白浦まで辿り着いた。
俺たちが降りた白浦は、オフィスが立ち並ぶビジネス街である。
日曜日ということでビルの合間には人影も少なくて、そこを小学生二人で歩いているのはなんだかちょっとポストアポカリプス的な感じがあっておかしみがあった。
真新しいまま滅んだ街をいく少年少女という絵面だけど、そういう近未来SFゲームが絶対あると思う。
俺がそんな想像をしてる一方で、羽鳥はあまり街中に来ることがないようで時々興味深そうにビルを眺めていた。
オフィス街の真っ只中を十五分ほど歩けば、科学博物館の建物が見えてきた。その斜向かいには県庁が聳えているのもわかる。
ここらへんの建物はオフィス街の背の高いビルディング群に比べると、全体的にずんぐりしている。
結局科学博物館に着いたのは、予想通り開館から五分の、九時三十五分だった。
いやはや、無事にたどり着けてよかった。実は心のどこかでビビってたんだよ。だって、スマホがあるわけじゃないからな。不安になったら道を検索する、なんて出来ないわけだし。
前世の記憶を頼りにせず、家にあったわが町の地図で予習をしておいて正解だった思う。それが無かったらもしかしたら迷ってたかもしれない。道はわかると大見得を切っていたので、羽鳥の前で恥をかかなくてよかった。
壁やオブジェが白銀に統一されている科学博物館の自動ドアをくぐりながら、羽鳥がポシェットから大事そうにチケットを取り出した。
入る前にあった値段表でちらりと見えた料金を払おうと財布を出した俺を「いつもご馳走になってるからね」と羽鳥は制してくる。
俺は素直にご厚意に甘えることにした。
「ありがとう」
と言いながら財布を自分のポケットに突っ込むと、
「いえいえ」
と羽鳥はにこやかになる。
髪をバレッタで括ったために、いつもは見えない耳がちらりと見えるのがなんだか新鮮だ。
「いらっしゃいませ」
入場カウンターで愛想よく笑いかけてくれた制服のお姉さんに、チケットを渡して入場する。
羽鳥は戻ってきた半券を、もう入場したというのに出した時と同じくらい丁寧にポシェットにしまい込む。
「こんにちは」
「どうも」
「最初の展覧室はあちらです」
お姉さんの指示通りにだだ広いエントランスホールを斜めに突っ切って、最初の展示室と言われたところを目指して進んでいく。しかし、ここのエントランスは広いな。床材は白亜な大理石だし、なんだかバブリーな匂いがする。真ん中にどでかい日時計が鎮座しているけれど、日時計というのが科学博物館ぽくて好感が持てる。
エントランスから階段を登った二階部分にはレストラン兼カフェもあるみたいで、開館してすぐだというのにこちらを見ながらコーヒーか何かを飲んでいるサラリーマンの姿を見つけて、少しだけ驚いた。わざわざ博物館に入場料を払ってすぐにカフェとは何をしに来たんだろう。ここで誰かと商談でもするんだろうか。ちょっとだけ気になってしまう。
進行方向にある展示室の入り口から薄暗い中の様子がちらっと見えるだけで、なんだか気分が高揚してきた。知的好奇心が脳をくすぐってくる感覚がある。
ホールから展示室に足を踏み入れると、そこはいわゆる地学のコーナーだった。
地球の成り立ちを部屋まるごと一つ使って図解で説明していて、ビッグバンから地球の形成、生命の誕生、恐竜の時代からその絶滅、人類の誕生をズラッと並べていて、普通に見ていて面白い。
大陸移動説の図表なんかは、知ってても目にするとスペクタクルがあるしね。地球の大陸全部が一個の超大陸だったなんて、なんというか想像を超えている感じがあるもん。既存の常識範囲で認識できないというか。俺たち人間が複眼を持つ昆虫の視界を想像できない、というのに近いかもしれない。
「寄木、すごいね。地球って大陸が一個だった時があるんだ」
地球のど真ん中に大陸が寄せ集まった図を指して、羽鳥が楽しそうに話しかけてくる。早く来たお陰か同じ部屋に誰も居ないけれど、声に自制がしっかりかかっているのが羽鳥らしい。俺もちょっと声を抑え気味に意識して返事をする。
「だよなあ。今からまた何億年かしたらまた超大陸ができるらしいよ」
「そうなんだ。なんだかロマンがあるね」
羽鳥はふんふんと感心したように頷いた。知的好奇心をくすぐられたという顔をしていて、見ていて楽しい。
そんな感じで俺たちは軽く雑談をしながら部屋を周っていく。
ふと、いろいろな種類の岩石が並んでいるコーナーで、前世でここに来たことを断片的に思い出した。斑糲岩とか流紋岩とか、受験のために覚えたものを実物で見て興奮したっけ。でも、この部屋で思い出せたのはそれくらいで、やっぱりもう記憶は減衰してるみたいだった。小学校での出来事は結構覚えているのに、不思議なものである。
個人的にこの部屋で一番興味深かったのは地球人口のグラフだった。現在の人口という部分に、六十億人って書いてあるんだもん。
俺が逆行した直前だと地球人口は八十億に手が届こうとしていたのにな。この時代はまだそんな人数だったのか、地球。
地学の部屋を一周した後、ちょこちょこ見直したいところへ戻って見てから、俺達はドアで隔てられた次の部屋に向かった。
「わあ!」
次の部屋に足を踏み入れた瞬間に、羽鳥が楽しそうに声を上げた。さっきまでと違って声が抑えられていなくてびっくりする。何があったんだ。
一歩遅れて部屋に入った俺は、その理由にすぐ気がついた。
「おお、この部屋のテーマは宇宙なんだな」
「みたいだね!」
ロケットの模型から宇宙ステーションの実物大のジオラマがあって、月の大きな写真なんかもある。
「凄い。これ、人間が月に初めて立った時の映像だよ。写真では見たことがあるけど、動いてるのは初めて見た」
「おお」
羽鳥が入ってすぐのブラウン管テレビに飛びついた。
言われてみればこの時代はインターネットがまだ充実してなかったから、本で読んだことがあっても動画で見たことがないってのが普通にあったよなあ。
逆行前なら、気になったらその場で検索して動画サイトで確認するとかが出来たから感覚が麻痺していた。
自分が未来で生きてきた時代が、いかにテクノロジーが発達して有り難いものだったのか痛感する。
月面着陸のドキュメンタリー映像は、この時代から見ても画質が荒くて見にくいけれど、羽鳥は目をキラキラさせて食いつくようにじっと見つめている。
「見て、ロケットの噴射で制動をかけてブレーキにしてるんだよ。少しずつ速度を落として、着陸!」
「うんうん」
「まずアームストロングが外に出るの。人類初の月面歩行だよ。ほら降りた!すごい!でね、ちょっとしてからオルドリンが降りるの。アポロ11号には搭乗員が三人いたんだけど、コリンズはこの着陸船に乗ってなくて上から撮影してるんだよ。あ、この映像もコリンズが撮影したのかな」
「なるほどな」
「寄木は知ってると思うけど、月って重力が地球より少ないから……」
羽鳥が映像を見ながらずっと解説してくれる。いつもはどちらかと言えば淡白な喋り方なタイプだけど、自分の好きなものだから語り口にも熱が入っている。
俺としても俺より詳しい羽鳥の話を聞きながら見てると、一層面白いからありがたい。羽鳥が楽しそうにしているのも、見てて幸せだしな。
結局、羽鳥の熱弁は動画が一周するまで続いた。
その後も宇宙の部屋を巡る間、羽鳥のテンションは始終高かった。
宇宙ステーションの一部を再現した原寸大模型に入ることが出来たんだけど、羽鳥がぴょんって感じに飛び乗ったんだ。そんな羽鳥は初めて見たから、ちょっとびっくりした。
ただ羽鳥が「寄木もほら」と言うので、俺も結局同じようにぴょんと飛び乗ったんだけどさ。なんか宇宙に手慣れてる感が出て、楽しかった。
模型の内部はなんかロマンがあってテンションが上がった。やっぱり宇宙ステーションって夢が詰まってるもん。
中でピカピカする計器を見るだけでも楽しいのに、羽鳥が「この机は色々な用途があって……」「宇宙ステーションは無重力だから、流されないようにベルトがそこかしこにあって……」なんてふうに色々トリビアを教えてくれたから、細部の意味まで感じ取れて面白かった。
さすが、将来の夢が宇宙飛行士というだけある知識量である。
じっくりと余すところなく見た宇宙の部屋を出ると、一旦エントランスホールに戻ってきた。近くの表示を見ると、このエントランスを経由して次の展示室に入るのが順路のようだった。
「ごめんね、寄木。ずいぶんと語っちゃった」
暗い展示室から明るいエントランスへ出てきて眩しいのか、目を細めながら羽鳥がちょっとだけ恥ずかしそうな表情で言ってきた。
「いや、楽しかったよ。詳しい話が聞けて勉強になったし」
「よかった」
素直に思ったことを伝えると、羽鳥は素直に嬉しそうに笑う。
ふとエントランスのど真ん中にある日時計を眺めると、既に正午を過ぎていた。俺たち、もう三時間も見ていたのか。
楽しいと時間が経つのが早いと言うが、それにしても早すぎないか。
時間を認識すると、とたんに空腹を感じ始める。そういえば昼飯のこととか何も考えてなかったな。一旦出て戻ってきても、大丈夫だろうか。ここらへんに飯屋は何があったかな。混んでないだろうか。
うーんとアレコレ思い悩む俺の目の端に、エントランスの二階にあるレストランがふと飛び込んできた。あ、あれがあった。手近だし、良いんじゃないか?
「羽鳥、いい時間だしご飯食べない?」
「うん。そうしようか」
親指でレストランを示しながら言うと、羽鳥が頷いた。俺よりずっと喋っていたし、羽鳥のほうが空腹だろうな。外でアレコレ探すより、すぐに食べれるこっちのほうが良い気がする。食べ終わったらすぐに展示に戻れるしな。
というわけで、腹をすかせた俺達はレストランへ向かうために階段を登りはじめた。
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