5-2.日曜日の科学館で、ふたり・羽鳥純恋
俺と羽鳥が待ち合わせ場所に選んだのは、小学校から徒歩十五分ほどの最寄り駅だった。
「ふああ」
時刻は八時五十分。普段の日曜日なら休みということで爆睡している時間だから、なんとなく眠くてあくびを一つついてしまう。
この時間に待ち合わせしているのは早めに行った方が空いているんじゃないだろうか、という目論見だからだ。九時五分の電車に乗って、科学博物館が開く九時半をちょっと過ぎたあたりに着く予定である。
しかし、電車に乗るのは逆行してから久しぶりだな。毎日通勤電車に乗っていたのに、もうなんだか電車というもの自体を懐かしく感じてしまう。
中高は電車通学だったのでこの最寄り駅も毎日のように使っていたけれど、最近は帰省もしていなかったのでもう何年も足を踏み入れてない。
「おはよう寄木、待たせたかな」
駅の案内掲示板を眺めながら回顧的な気分になっていたところ、後ろから声がかかった。
「いや、来たばかりだよ」
振り向くと羽鳥が悠々と立っていた。
服装はいつも通りのラフな格好だけど、髪がべっこう色のバレッタで留めてあっていつもと感じが違う。そのせいで、なんだか今からお出かけに行くんだという実感が湧いてきた。
いつもストレートに流している髪を纏めた羽鳥はいつもよりお姉さんっぽい印象だ。
元々大人っぽい羽鳥だけど、雰囲気が柔らかくなってとにかくお姉さんって感じなんだよね。うまく表現できないけど、そういう感じ。
「羽鳥、今日は髪纏めたんだ」
「どうかな」
いつも通りクールに見えるけど、最近羽鳥の表情の読み取りが上手になった俺にはちょっとだけ照れているのがわかる。
「似合ってるよ。いつものも良いけど、今はなんかお姉さんっぽい感じがする」
ただ、お世辞を言うのは得意じゃないので、思ったままを伝えることにした。
「それならよかった」
ふふっと羽鳥が笑った。変なことを言ってしまったんじゃないかな、と一瞬だけ緊張したけど明らかな間違いじゃなくてよかった。
「お互いちょっと早かったな」
「そうだね。まだ電車まで少しあるよね」
今なら一本前の電車にも乗れるけど、まだ通勤ラッシュの残滓があるので、一昨日決めた電車に乗ったほうが良いだろう。休日とは言え、出勤をする人はいるわけだし。
そう伝えると、羽鳥も確かにと頷いてくれたので、それまで時間をつぶすことにした。
「でも良かったよ、起きれて。俺、日曜日だから寝過ごすかと心配だったんだよな」
「そうだね。私も楽しみで昨日の夜、ちょっとだけ寝れなかったから起きれるか不安だった」
「羽鳥は科学博物館に行ったことは?」
「ないかな。寄木は?」
「小さい頃に一回だけあるらしい。あんまり覚えてないけど。だから実質初めてだな」
「そうなんだ」
前世で行ったのはカウント外だろうし、実際あんまり何があったか覚えていないので、そういうことにした。
電車が二本ほど発着し、その乗客が改札から出終わったところで、俺らも行こうという雰囲気になり切符売り場へと赴く。
「えっと、白浦駅でいいのかな?」
「そう。もう少し近い駅もあるけど、乗り換えの時間を考えると白浦駅から歩いたほうが早いと思う」
前世でけっこう使った路線だし、市の中心部にもそこそこ出てたのである程度はかかる時間が予測できる。
まあ、繁華街のゲームセンターやオタクショップ巡りをしてただけなんだけどね。あと、本屋かな。うちの地元のゲームセンターはゲームによって最安値が違ったりするから、都度歩いてたななんてことを思い出す。
今から思うと、300円4クレジットの店に、100円1クレジットの店からわざわざ移動するのはちょっと面倒くさい気がするけど、まあそういう時代だったから仕方ないね。
「あれ、寄木?」
「ん、どうした?」
過去のゲーセン探訪について思いを馳せながらチケットを買うと、何かあったのか羽鳥が声をかけてきた。
そして、そのまま俺の手をじっと見つめてくる。あれ、どうしたんだろう。
「間違えて大人料金で買ってるよ」
「……ほんとだ」
中身が大人なので、何も疑問に思わずに大人料金で買ってた。いや、これは仕方無くないか?
俺じゃなくても逆行や転生をした人って、こういうミス絶対すると思うよ。だから俺が悪いわけじゃないと思う……。
中身が実際に三十路男でもあるし、俺としてはこの切符で乗っても良いんだけど、せっかく教えてくれたので駅員さんに返金してもらうことにした。
いや、恥ずかしくはないからね……。だって絶対同じ立場だったらみんな同じミスするもん。俺が悪いわけじゃないもん。
「すみません、あの……間違えて大人料金で買っちゃたんですけど」
「ああ、返金するから待っててね」
窓口で対応してもらうと、やっぱりちょっと恥ずかしかった。
いや、駅員さんの温かい眼差しが突き刺さると言うか、かわいいなって思われてるのが分かって嫌というか……。後ろの羽鳥もちょっと生暖かい目な気がするし。
三十路くらいであろう駅員さんに「俺あんたと年齢変わらないからね。むしろ俺のが年上かもしれないよ?」と言いたくなってしまう。けど、買い間違えた恥ずかしさのあまり、意味不明なことを言い出してしまった子供扱いされるのがオチだから言えるはずがない。しかも、一緒に羽鳥もいるわけだし。
駅員さんにめちゃくちゃ優しい口調で返金してもらった金で、改めて半額の子供きっぷを買うために券売機へ向かう。
また大人料金で買ってしまったら恥ずかしすぎるので、ぎゅうっと子供ボタンをしっかり押してから、さっきと同じ値段のボタンを押す。
子供ボタンを必死に押し込む自分の姿はあまりに哀愁に溢れていて、俺は心のなかで泣いた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
今回はキリの良い所で切ったので、少し短めです。
羽鳥が髪型を変えてきました。
次回はまた、明日か明後日に投稿します。




