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5-1.日曜日の科学館で、ふたり・羽鳥純恋





 

 新学期が始まって三日目の金曜の夜に、俺はウチで夕食を共にして帰る羽鳥と夜道を歩いていた。

 今日の晩飯は青椒肉絲だったのだが、羽鳥は料理を始めてからまだ五回くらいしか包丁を握っていないのに、随分と上手にピーマンを切り刻んでいったから驚いた。

 流石に母さんはもとより、大学から社会人で三日に一度くらいは自炊をしていた俺と比べてもまだ不慣れに見えるところはあるけど、明らかに習熟ペースが早い。この感じでいくとすぐに俺なんかは抜かされそうだ。器用なんだろうな。

 羽鳥が最初にご飯を食べた日から一月も経ってないのに、夜の空気は随分と暖かくなった。

 春めいたせいかちょっと涼しく感じる程度で、冬のきいんとした冷たさはもう去って久しい。俺も羽鳥も、いつの間にかあの日より一枚ずつくらい薄着になっている。


「ルジュールに寄ってもいいかな。明日の朝の買い出しをしたくて」

「うん」


 羽鳥に付き添って俺もルジュールの敷居をまたぐ。混沌渦巻く自販機で俺の好きなミルクルミを探してみたけど、今日もまた置いていなかった。残念だ。

 この時間帯のルジュールには一度も入ったことがなくて、なんだかちょっと異世界を感じてしまう。

 陽の光ではなくひんやりとした照明で商品が照らされているのがそう思わせるのかもしれないし、レジに立っているのがいつものおじさん店長ではなく、美大にでも行ってそうな尖った風体の若いにいちゃんなのがそう思わせるのかもしれない。


 いや、にいちゃんの尖った風体というのは悪口とかじゃなくて、純粋にそう思ったんだよ。普通にカッコいいと思うし。

 幾つかの生地を無造作に繋ぎわせたようにしか見えない柄物の襟シャツと、右前髪だけが長いアシンメトリな髪型に、左耳だけにそっとつけているピアスのバランスが絶妙で、アンニュイな雰囲気も相まって絶対一般人には着こなせなさそうな感じがある。そこにルジュールの奥さんお手製エプロンを着けてるのはちょっとシュールだ。

 もしかすると美大生じゃなくて、ヴィジュアル系バンドの人なのかもしれない。とにかく、そういう感じの人だ。

 ルジュールがフランチャイズ店舗じゃないから、にいちゃんも好きな格好が出来るんだろうな、と思う。

 でも前世ではこの店も何年後かにはフランチャイズの傘下に入ってしまったんだよな。未来を思って、ちょっとセンチメンタルにもなってしまう。


 なんとなく店内を見流していくと、ふと調味料の棚で忘れてたことを思い出した。そういえば、前に頼まれたごま油をまだ買っていなかった。

 また忘れてしまう未来が簡単に予見できたので、ちょうど朝ごはんを選び終えたと様子の羽鳥にも覚えてもらうようにお願いしておくことする。


「羽鳥、今度帰りに俺がごま油買うの覚えてて」

「うん。覚えてたら言うね」

「ありがとう」

「覚えてないかもだからね。じゃあ、買ってくるね」


 羽鳥がレジへと菓子パン二つを持っていく。野菜たっぷりのスープパンってやつと、普通のベーコンパンだ。

 手持ち無沙汰だったので、俺も後を追ってレジへと向かい、財布から千円札を取り出した羽鳥の隣に立つ。


「うっす。じゃあ、これクジ引いてください」


 オシャレなにいちゃんが一抱えもあるボックスをレジの下から取り出してきた。


「あれ?五百円以上じゃないんですか?」


 羽鳥が不思議そうに問いかける。

 レジ横のポップを見ると、確かに『五百円以上ご購入のお客様にくじ引きキャンペーン実施中』と書いてあって、レジに表示されている会計金額は三百円ちょっとである。どう考えても対象外だろう。


「いつも買い物してくれてるし、いいすよ。まあ、早めにキャンペーン終わらしたいってのもあるんすけど」

「えっと……」

「良いじゃん、引かせてもらいなよ。前のお買い物合わせてもらったと思えば」


 羽鳥が逡巡している様子だったので背中を押してみた。

 せっかくサービスをしてくれてるんだから、貰っておけばいいと思う。

 普段から買い物している常連へのお礼と思えば、これくらいはいいんじゃないかと感じる。

 店内を見回してみても、他にお客さんとかいないから周りに不快な思いをさせるわけじゃないしね。

 これが二千円以上お買い上げのお客様にキャンペーンだというなら俺もダメかなと思うけど。五百円は良くて二千円がだめな自分の感性の境界がよくわからないな……。


「うん、じゃあそうさせて貰おうかな」


 遠慮がちにボックスへと手をのばした羽鳥は、即座にすっと引いたクジをカウンターに乗せた。

 にいちゃんが気怠げにパキっと開けると、おっ、という顔になった。


「おめでとござす、四等は……県の科学博物館のチケットっすね。っと、どこいったかな」


 にいちゃんがカウンターの下へとしゃがみ、視界から消えた。


「良かったじゃん、羽鳥」

「そうだね」


 澄ました顔で羽鳥は応じる。俺だったらワイキャイ騒いじゃうけどな、落ち着いている。

 県の科学博物館か。一度だけ行った記憶がある。中学受験塾の先生に、楽しんで覚えるために行ってみろと言われて、塾で同じクラスの人間何人かで行ったはずだ。確か、県庁の近くにあった気がする。

 羽鳥は科学好きなので、ちょうどいい賞を当てたのではないだろうか。


「お、あった。じゃあ、これっすね。科学博物館のペアチケット」

「ペアチケット?」

「です。一枚で二人分で、二回に分けては使えないそうなんで。誰かと二人で行くほうがいいっすね」

「なるほど……。ありがとうございます」

「ありがしゃっした」


 羽鳥がチケットをすっと受け取って、ちょこんと頭を下げた。

 にいちゃんも気怠げな顔を少しだけ緩ませて、敬語なのか怪しい返答をしてくる。

 もう一度羽鳥はあんちゃんに軽く頭を下げて店を出る。


「よかったな、羽鳥」

「うん。ねえ寄木、これ一緒に行かないかな」


 羽鳥がニコっと笑いかけながら言ってきた。


「え、俺?」


 なんとなく、親御さんと一緒に行くものだと思っていたから意外だった。

 小学生二人で街中に行くのが考えになかったからかもしれない。


「うん。どうかな」

「羽鳥がいいなら行きたいな」


 やっぱり理系だし、見に行きたいのは間違いなくある。前世で行った時も楽しかったと思うし。


「寄木と行きたいから誘っているんだよ?」


 何を言っているの、といった表情で羽鳥が吹き出した。

 まあ確かに、そうじゃないと誘わないよな。

 いや言い訳だけどさ、前世で社交辞令に乗って空気読めないなと思われたことがあったんだよ……。


「じゃあ、日曜日でいいかな」


 特に予定もなかったので俺は素直に頷く。

 ともかくもそんな感じで、二日後の日曜日に羽鳥と科学博物館に行くことになったのだった。




いつもお読みいただき、ありがとうございます。


今回は羽鳥と街へ行くお話です。お楽しみに。

タイトルは仮題ということで、また変えるかもしれません。



次回はまた、明日か明後日に投稿します。


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― 新着の感想 ―
[良い点] すみれちゃんとデートだぁぁぁぁぁあ やったぜ。
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