閑話2. 飼育委員・土肥玲花
今日は半日授業だった。終業式が二日後ということで、今日からもうお休み前モードになってるらしい。
通常授業ってこんな早く終わったけな、前日までは普通にフルタイムで授業を受けていた気がしたけど。まあいいか。こういう記憶との齟齬がちょいちょいあるけど、それが面白いし。
んで、半日授業を終えた下校時間になったわけだが、俺は土肥が飼育委員の当番日ということで一緒に飼育小屋の前に立っている。
というか、土肥って飼育委員だったんだな。言われてみたらまさにそれっぽい。ちなみに俺は図書委員で、毎週木曜日に貸出を担当しているぽかった。
土肥ともうひとり五年生の男子が今日の当番らしいけど、その男子は待てど暮らせどやって来ない。
「来ないな」
「うん。佐橋くん、あんまり来てくれないから……」
「は?いつもこうなの?」
「あの、用事とかあるらしいから。仕方ないのかも」
俺の問いかけに土肥が俯きがちに応える。さっきまで俺の顔を見て話していたのに、露骨に目線が足元に注がれている。
土肥はこういう答えにくいタイミングでは目を逸らすのだと、最近気付いた。今回は自分が悪いわけじゃないのにな。
「んなはずあるか、用事があったらちゃんと連絡するだろ」
絶対サボって遊んでるだけじゃねーか。冤罪かもしれないけど、来ないやつが悪い。
「連絡、忘れてるのかもしれないし」
「委員会の先生には?」
「言ってないけど……」
土肥は人差し指同士をちょんちょんと合わせてもじもじとさせている。その姿は、リスとかそういう感じの小動物を想起させる。。
「なるほどな」
「あ、寄木くん、言わなくていいよ。あの、佐橋くんすぐ怒るから、寄木くんが」
「うん。言わないから安心していい」
俺としても、これくらいのことで面倒くさいことに巻き込まれたくないからな。
正義感が強ければ教師に言うのかもしれないけれども、多少なりムカついたとはいえ、わざわざ言う気はない。
特に、前世で社会人になってからは事なかれ主義を割と会得してたし……。
「じゃあ、もう始めちゃおうぜ。どこに掃除用具とかあるんだ?」
確か、飼育委員の主な仕事は飼育小屋の清掃だったはずだ。前世で誰かから聞いた覚えがある。
なんか大きな熊手みたいなやつで、地面の藁や動物のウンチを拾い集めるとかそういう感じだよな。
半日授業ということで、いつもの遊び仲間とご飯を食べたら河川敷に集合って約束しているから、できるだけ早めに終わらせていきたい。
小野瀬たちはおそらく帰っているだろうし、相方くんが来たら帰ろうかなとも思ってたけど、流石にちょっと放おっておけないからな。
今日は七人くらい集まるから、樫原がボールとプラスチックバットを持ってきてくれたら野球もできそうだな。あれ、楽しいんだよ。
「え?寄木くん?」
「待ってても絶対来ないんだから、やろうよ」
「えと、あの寄木くんも?」
「そりゃそうだろ。土肥が一人でやってるのを外で見てるとか、めっちゃ嫌な奴じゃねえか」
「あの、いいの?」
「なんで?」
土肥が本当に不思議、という顔であどけなく俺の事を見つめてくる。
なんというか、土肥ってこんな感じにちょっとズレているところがある。
話しているとコミュ障って感じはしないけど、時々ちょっと良くわからなくなるんだよな。
「まあとにかくやろうぜ、掃除用具入れは?」
「あ、うん……。えっとね、こっち」
飼育小屋にほど近い、焼却炉の真横に掃除用具入れはあった。
中から熊手と、竹製の箒、チリトリをとりあえず二人分出してきて飼育小屋へとえっちらおっちら運んでいく。
意外に小学生にとってはこれくらいでも運ぶのが大変だ。土肥なんかバランスを崩して転けかけていたので、熊手と箒を預かってチリトリに専念してもらう。
しかし、焼却炉の付近に飼育小屋があるんだな。煙とかあるし、あんまりいい環境じゃないだろうに。
まあでも、この時代ならそんなものか。体育館とかアスベストとか普通に使ってそうだし、焼却炉でもダイオキシン出しまくりな気がする。おおらかな時代だったもんだなあ。
「じゃあ、鍵開けるね」
そう言って土肥がスカートのポケット部分から飼育小屋の鍵を取り出した。
「それって飼育委員が預かってるの?」
「ううん。先生が持ってて、当番の日に渡してもらうの」
「飼育委員以外って、鍵貸してもらえたりするの?」
「わからないけど、多分ダメじゃないかな……」
「なるほどなあ」
まあそうか。何かあった時、管理問題とかにもなるもんね。
でも、思うんだけどさ、好きな時間に面倒見るわけでもないし、自由に触れ合えるわけじゃない飼育小屋の動物って……意味があるのか?
飼育委員しか関わらないし、その面倒も掃除くらいだし……。もちろん、生き物が生活の近くにいることの意味は疑わないけど……。
いやまあ、やめよう。まずは掃除だ。
「で、今日は何をやるの?」
「えとね、あの……」
俺が何をすればいいのかわからずに聞くと、また土肥がモジモジと俯き始めた。どうしたんだろう。
「春休みになっちゃうと誰もお世話しないから、大掃除をしておこうと思ってたんだけど……」
「ふうん。先生とかがやってくれるんじゃないの?」
「一応やってくれるみたいだけど、夏休み明けの時に飼育小屋、汚かったから……」
「そっか」
まあ、先生も長期休暇にわざわざ臭い飼育小屋の掃除なんかしたくないんだろうな。
気持ちはわかるけど、うーん。
……よし、気を取り直して掃除をしていこう!今日はなんか思考を放棄することが多い。
「じゃあ、やるか!!!」
「いっ、あうん。やっていきましょう」
いきなり俺がテンション高めに言ったので、土肥は驚いたのか体をビクッとさせて、その上敬語になってしまった。すまん。
*****
最初にやったのは、掃除したいゾーンから中にいるウサギを移動させることだった。
ていうか、中を詳しく見てなかったからわからなかったけど、ここウサギしか居ないじゃん。
ああでも色々一緒に飼うと問題があるから、一種類に絞ったのか。
ドアをくぐった瞬間に、もわあっとした家畜特有のにおいが立ち込めた。いや、外だと多少は感じたけど、中にはいると本気で臭い。
飼われているウサギは七匹いるようだった。全体的になんか薄汚れていて、ちょっと触りたくない感じがする。え、持って移動させるのか?
俺が逡巡している間に、ドアを締めて追いついてきた土肥がすっと目の前に座った。
「今から掃除するからね、ちょっと我慢してね」
そう言いながら、土肥はぎゅっとお腹同士をくっつけたウサギをそっと抱きしめて、隣のエリアへと連れて行く。
エリア間はウサギが通れる穴でつながっているが、それを先んじて閉じているので穴を開放するまで戻れないだろう。
というか、凄いな。俺が感心している間に土肥はもう一匹胸に抱き上げて、隣のエリアへとまた連れて行く。
大事そうに胸元で抱えて運んでいく姿は、ぬいぐるみで遊んでいるようにも見える。
「寄木くん?」
「あ、悪い」
見ているだけの土肥に任せっきりで、何もしていなかった。俺もやらねば。
屈んでウサギに近寄ると、ぴょんっと逃げ出されてしまった。
慎重に追いかけるが、それでもウサギは俺を警戒しているようで、一定の距離を取るように動いていく。
なんとか捕まえないと、と角に追い込むけど、追い込まれたウサギは警戒心を露わにしていて触ったら噛まれそうで怖い。
「土肥い……」
情けない声が出てしまった。
「ええと、私がやるから、寄木くんは掃除用具を持ってきてくれたら……」
俺を見て微妙な顔をした土肥は、俺を警戒していたウサギの前に座る。そして優しい声で「怖くないよ」と言いながら軽く撫でると、そのまま抱き上げた。
いや、すごくね?土肥。俺相手にめっちゃ凄え顔をしていたウサギが、温泉に入ってるみたいな顔して抱えられてるんだけど。
敗北感を覚えつつ、戦力外通告を受けた俺は、おとなしく言われたまま外から二人分の掃除用具を持ち込むことにした。
土肥が全部を隣のエリアに入れるのを待ってから、俺はドアを開けて熊手やらを中に運んでいく。
逃げ出したら大事だからな。決して捕まえるのをしたくないってわけじゃないからな……。
「で、何をすればいいの?」
「えっとね、まず草を熊手で一箇所に集めて、その後ウサギさんの……」
「うん」
「ウサギさんの……」
そこで土肥は止まってしまった。思い出せないほど手順が面倒くさいんだろうか、不安になってきた。
「あの、えっと。……ウサギさんの、う、ウンチを箒でチリトリに集めるの」
「なるほど」
まあ、なんだ。ちょっと恥ずかしいよね。その言葉を口にするのって。でも溜めてから言ったせいで、更に恥ずかしいことになっている気がする。
顔も形の良い耳までめちゃくちゃ真っ赤になっていて、見ているこっちまでなんだか恥ずかしくなってしまいそうだ。
若干涙目気味になっているけど、いやそこまで言い辛いことか?
「えっと、ウサギさんって、あの自分のを……」
「食糞だよな。食べるんだろ」
土肥があまりにしどろもどろになっていて可哀想だったから、思わず助け舟を出した。そう、ウサギはフンを食べるんだよな。
牛とかの反芻と一緒で、栄養を余すことなく得る手段としてだったはず。
「う、うん。そうなの。さすが寄木くんだね。でも、お休み中のことを考えると、綺麗にしておいたほうが病気にならないと思うから」
「全部捨てちゃおう、ってことか」
「そう。普段はやらないんだけど……。」
「わかった」
先生が掃除するかわからないから、一旦全部綺麗にしておいたほうが無難だと俺も思う。
俺が枯れ草を熊手で集め、土肥がウンチをチリトリに回収していく。
……これ、二人分セット要らなかったな。熊手一本と箒一本で十分だった。
竹製の熊手がカリカリカリとコンクリートの地面をこする音がけっこう煩い。嫌な人は嫌な音な気がする。俺は大丈夫だけど、土肥は平気だろうか。
「土肥、この音うるさくない?」
「ううん。慣れてるし」
「それならいいや」
「うん……あの、寄木くん」
土肥がウンチを黙々と集めながらぼそりと呼びかけてきた。
「何?」
「時間、大丈夫かな。今日って、宮廻さんとか日野くんと遊ぶ約束してたよね……」
クラスの中で暁斗と宮廻が「半日授業ばんざい!!遊ぶぞおおお!」「暁斗うるさい!寄木、河川敷ね!」「宮廻こそうるさいぞ!」「はあ?!」なんて叫んで盛り上がってたのを土肥も聞いていたのだろう。いやまあ、教室に居たら嫌でも聞こえるか。
「まあ、ちょっとくらい遅れても大丈夫だよ」
何時集合とか言ってなかったしな。別にどうせ半日授業だし、無限に遊ぶ時間なんてあるわけだし。誰も気にやしないだろう。
土肥が、まだ何か言おうとしていたので、
「サボった佐橋くんが悪いんだし、俺も土肥と掃除するの楽しいから、気にするなよ」
と先んじて防いでおいた。
なんだかんだ、二十年ぶりくらいにウサギと触れ合うのは楽しいしな。いやまあ、触れ合えてないわけですが……。土肥と話すのも楽しいし。
土肥は「うん」とだけ呟いて、そして仄かに笑ってくれた。
それからは、土肥と学校の話やテレビの話なんかで盛り上がった。
意外に土肥ってミーハーで、アイドルグループとか好きなんだよな。ダンスとかも家で練習してて、何曲かは完コピ出来るらしい。意外だった。
踊ってみて、と言ったら恥ずかしがってやってくれなかったけど、また今度見せてくれる約束をしてくれた。
今やりたくないのは、完成度が低いのに見せるのが嫌だとのことだった。プロ意識が高い。でも、そんなこと言われちゃうと、ハードルがあがっちゃうと思うんだけど。
まあでも、楽しみである。
そんな他愛もない話で盛り上がっていたら、いつの間にか掃除は終わっていた。ちなみに、結局ウサギに触れることは出来なかった。次回土肥と来るときがあったら、ちゃんとふれあい方を教わろうと思った。やっぱり、触れるものなら触りたいもん。
そして掃除を終えた俺は、家に帰って出かけているらしい母さんが置いてた昼ごはんを食べ、シャワーを浴びずにそのまま河川敷に向かったのだが……。
みんなに「寄木臭い!」「獣臭い!」「お前は犬か?」と言われて、ちょっとだけ悲しかったな……。犬じゃなくてウサギです……。
お読みくださいましてありがとうございます。
3000ptキリ番閑話です。活動報告で案を出してくださった皆様、ありがとうございました。
4000字前後で書くつもりが、書いているうちに伸びてしまいました。
二時間くらいで書いたものなので、ちょっとしてから色々綺麗に整えたいな。改稿した際はまたお伝えします。
土肥は飼育委員という設定が初めの方からあったのですが、それっぽいですよね。
五年生になっても、委員会やクラス委員長、クラブ活動の話は出していきますので、楽しみにしていてください。
ちなみに、宮廻の話で寄木は修了式という言葉を覚えたので、この時点では終業式だと言っています。
それと、レビュー頂いていたことに気付きました。
レビューというのはかなりレアなもの、と友達に聞いていましたので、喜ぶ前に驚きました。
とても嬉しいです、ありがとうございます!!!!
次回はまた、明日か明後日に投稿します。




