3-2.星を眺めるお水の子・羽鳥純恋
前話ですが、少々改稿しています。
申し訳ないのですが、3/12の22時以前に読んだぞという方は、全話を改めてお読みいただいて後にこちらを読んで頂けると助かります。
「おかえりなさい、悟」
「ただいま、母さん」
家に帰ると母さんがキッチンで今か今かと俺を待っていた。既に材料は切り分けられていて、肉以外はボウルの中に一緒くたに突っ込まれている。
どうやら俺の買い物中に用意を済ませていたらしい。
俺が駆けていきトレビアンソースを手渡すと、母さんはすぐに封を開けてボウル内にざっぱざっぱと振りかけた。
そして、揉むように馴染ませてから、中身をザルに移して流しでソースをバッサバサと切り、フライパンで炒め始める。
「へえ、ソースは炒めながら入れるんじゃなくて、先に馴染ませておくんだ。」
「そうなの。これが秘訣なのよ。ソースが多いと水っぽくなるし麺まで熱がなかなか行かないけど、ザルで切っちゃえば丁度いいくらいになるの」
「ああーなるほど」
確かに野菜炒めとかって水切りをしないと、味が薄くて萎びた感じになるもんなあ。
ジューという音とともにソースが焦げる香ばしい匂いが漂い始めて、俺の胃がさっきクッキーを入れたはずなのにきゅうっと空腹を訴えかけてくる。
ちょっとだけ完食で夜ご飯が食べれないことを危惧していたけど、どうやら杞憂だったようだ。
「そういえば、ルジュールでクッキー買ってきたんだけど食べる?」
まだ何枚か残っていたキャロットクッキーを、手でひらひらとさせながら聞いてみる。
「クッキー?じゃあちょうだい。今、手が離せないからこっちに持ってきてくれると嬉しいわ」
「わかった。はい、どうぞ」
「ありがとう。あら、人参のクッキーなのかしら。それなのに、エグみがなくて美味しいわね」
「でしょ。ルジュールに行ったらさ、同級生がいて、結構ルジュールに来慣れてるみたいだったから、おすすめして貰ったんだ」
「そうなの。近所の子なのかしらねえ。でも、美味しいものを教えてもらえてよかったわね……悟、そろそろできるから、お皿出して頂戴」
「はいさ」
食器棚からいつも焼きそばを食べる時に使っていた花柄の皿を二枚用意して、そして言われるよりも先に冷蔵庫からサラダも出しておく。
ついでに、鍋からちょっと中華風の味付けなたまごスープもよそっておいて準備万端である。
「そういえば、お父さんは春休みは戻るの厳しいんだって。四月には有給を纏めてとるからそれまで待っててほしいって連絡があったわ」
「お仕事忙しいんだな」
父さんは今東京の本社に単身赴任している。そして参加しているプロジェクトが佳境なようで、こっちには全然戻れていなくて逆行してからは未だに会えてないんだよな。
だが、申し訳ないけどちょっとラッキーだとも思っている。
母さんは天然な人だから、あんまり気負いなく会話ができるけど、父さんはそうじゃないからボロが出ないように気を付けて話さなければいけないだろうからな。
まあ、案外普通に会話できるかもしれないけどね。俺もけっこうマセた子供だった気がするし。自然体で行けるかもしれない。
「そうみたい。どこか行きたい場所があるかって聞かれたけど、どこかある?」
「うーん、すぐには思い浮かばないな。ちょっと考えておく」
「三人でちょっと温泉とかも行きたいわね……。っと」
母さんが俺の置いておいた皿に焼きそばを手際よく盛り付ける。普段はほわほわしがちな母さんだけど、料理のときだけはちょっとキビキビしているのが面白い。
洗濯のときなんかは丁寧にやるものだから、不慣れな俺がやったほうが早いんだけどね。
お茶を注いでお箸を用意して、二人で手を合わせる。
「「いただきます」」
真っ先に焼きそばを勢いよく口に押し込む。まず、小麦とソースの焼けた香ばしさが口腔内でまず広がっていって、すぐさまソースの旨味が追いかけてくる。
「美味い!」
「そうでしょう。よかった」
久しぶりに食べた母さんの焼きそばだったけど、記憶より断然美味かった。
余分なソースを切ったことでべったりせずに、屋台の焼きそばみたいなカラっとした感じに仕上がっていて食感がいい。
そういえば、炒める際に油も多めに使ってた気がするから、それもベタつかないのに一役買ってるのかもしれない。
トレビアンソース自体も高いだけあって、嫌味のない優雅な味わいがする。
しかし、焼きそばは大学時代から時々自分でも作っていたけど、全然ものが違う。
あれ、母さんの焼きそばってこんなに美味しかったっけ?正直、母さんがよく作りたがるってだけの印象だったからびっくりだ。
自分の手料理を経験してるからこその落差かもしれないな。
煮物とかの凝った食べ物は自分で作らないから比較できないけど、よく考えると一昨日の野菜炒めとかは俺のより絶対美味かったし。
やっぱ、何年も作ってきたプロは違うな……。と思ったけど、今の母さんの年齢って前世の自分とあんまり変わらないんじゃ……。この話はやめとこう……。
「あ、そういえば母さん。今まで全然気に留めてなかったけど、ルジュールって品揃え凄いね」
「そうなのよ。あそこにしかない商品も多いし。でも、気になる商品ばっかりで、色々買っちゃって困るのよね」
うふふ、と母さんが笑う。
「わかるなあ」
俺も、前世でも高級スーパーや輸入食料品店に行くと、毎回何かしら買ってしまったからよくわかる。
今日だって、キャロットクッキーを買っちゃったし。ああいう店の魔力には逆らえないんだよ。俺のこれは母さんの遺伝だったんだな。
そういえば大学の時なんか、使えもしない食材を買い込んで大変だった。
お菓子やオツマミとかはそのまま食べれるから良かったけど、調理しないといけないとなると自分では扱いきれなかったりするんだよね。なので、どうにも持て余したやつは研究室の冷蔵庫に勝手にぶちこん……寄付とかしてたなあ。
ちなみに、冷蔵庫に寄付した3キロもあるチョコレートの塊は教授が留学中に覚えたというお菓子にしてくれて、研究室のみんなで食べた。あれは美味しかった。
やっぱり食材は扱える人じゃないと買っちゃダメだと思ったよね。その後も、すぐに忘れて色々買い込んじゃったけど……。
「そうだ、明日もルジュール行こうと思うんだけど、母さん買い物するものない?」
遊び相手があまり居ないせいで、時間を持て余しているので暇潰しにちょっと行ってみたい。
意外と、戻ってから娯楽に飢えてるんだよな。
ゲームだとRPGとかは一度クリアしてシナリオを知っているから、やりたいって感じはあんまりない。大好きな作品とかは折を見てやりたいとは思ってるけどね。
育成要素の大きいゲームなんかは、前世のソシャゲで死ぬほど周回をやっていたお陰で食傷気味だ。小学生になってまでやりたいと思わない。
そういうわけで、全体的に一人用ゲームはあんまりやる気がしないんだよな。対戦ゲームは友達と盛り上がれるから、めちゃくちゃ楽しいけど。
アニメや少年漫画雑誌も、展開を知ってるからリアルタイムほどの熱意を持って見たり読んだりはできないのよね。
周りの連中が、リアルタイム特有の熱を持って語ってるのは一緒にいて楽しいから、俺も読んでいるけどね。なんだかんだ、子供に流行ってるのって後の名作ばかりだから、見てて楽しいし。
「そうね、ゴマ油はルジュールで買ってるんだけど、そろそろ切れるしお願いしようかしら」
「わかった」
「お釣りはまた好きに使っていいわよ」
「ありがとう!」
俺の返事に母さんはふふっと笑った。何か俺変なことしたか?
そしてニコニコしながら、財布を持ってくる。
「悟もルジュールの虜になったのね、好きなもの買ってらっしゃい」
そう言って、母さんは三千円を財布から取り出した。あれ?多くないか?
明らかに、ゴマ油を買っても結構余ると思うんだけど。
あ!
これ、俺がルジュールで欲しいものがあるから、お小遣いせびったと思われてるやつだ!
いや、おつりは貰えたら嬉しいけどさ、そんなつもりじゃなかったんだよ!
悟も最近お手伝いとかしてくれて大人になったと思ったけど、まだまだ可愛いところがあるわねえ、みたいな顔しないでくれ!
ウィンドウショッピングをするついでに、家の買い物もしようと思っただけなのに!
信じてくれ、母さん!
俺の心の叫びは届くことなく、母さんは慈愛のこもった笑顔で俺にそっと三千円を手渡してくれた。
*****
ちょっと恥ずかしい思いをしてから、一夜があけた。
ポケットの中の小銭入れには元々入ってた俺のお小遣いの残りである千二百円ほどと、母さんからの三千円が入っていて、中身は合わせてなんと四千円を超えている。
四千円といえば小学生からしたら大金だ。というわけで、持ち歩いているだけでちょっと緊張している。
これ以上の額が財布に入ってるタイミングなんて、正月開けにゲーム屋行く時くらいだからな。お年玉でパンパンになった財布を手にゲームを選んでいる時のあの幸福は、何にも喩えがたい気持ちよさがある。
春めいてきた日差しの元、昼ごはんで一杯のお腹を擦りながら俺がルジュールへの道を歩いていると、途中の公園に昨日見た顔があった。
「お、羽鳥。また会ったな」
「寄木、昨日ぶりだね」
ジーンズ姿の羽鳥が、ベンチに座ってパンを食べていた。顔の横で軽くぴこぴこと手を振ってくるので、俺も振り返しながらてくてくと歩み寄る。
「ピクニック?」
「そんな感じ。外で食べると美味しいからね」
前世の俺なんかがベンチでパンを食べていたらさもしい感じに見えるだろうけれど、羽鳥がやっていると妙に様になっている。
パンを齧り家から持ってきたのであろう水筒から水を飲む姿は、スポーツ飲料の宣伝みたいな風格を感じさせる。
「羽鳥、昨日はありがとうな。昨日教えてもらったキャロットクッキー、めちゃくちゃ美味しかった」
「よかった、口にあって」
「さすが羽鳥だと思ったね。それで、味をしめて今からルジュールにまた行こうと思ってるんだよ。羽鳥は今から何するの?」
「そんな大したことしてないよ。えっと、私は図書館に行くつもりかな」
「俺も付いていっていいか?」
春休みの暇潰しに、本を読むというのも良い気がしてきた。それに、羽鳥がどんな本を読んでいるのかもちょっと気になるし。
「うん。でも、買い物はいいの?」
「すぐ行かなきゃいけないわけじゃないから大丈夫。よかったら図書館の後に一緒に行かない?羽鳥にオススメとか聞きたいし」
「いいよ。じゃあ、行こっか」
羽鳥が立ち上がって、水筒をトートバッグの中に入れる。
春を感じるやわらかい風の中で、俺たちは図書館へと歩きだした。
こんばんは、いつもお読みくださいましてありがとうございます。
輸入食料品店って、やっぱり余計なものを買っちゃう魔力があるよね。という回でした。
……買っちゃいますよね?
本日、一週間ぶりに日間の総合にも名前がありました。とても嬉しかったです。
皆様の応援のお陰です。ありがとうございます。お陰様でやる気満々になりました。感謝です!!
今までに頂いた皆様の応援がモチベーションになっています、ありがとうございます。お陰で筆がノリノリで進みます。
次回はまた、明日か明後日に投稿します。