2-6.秘密基地の遊び仲間・宮廻あやめ
「はあ……」
ようやく緊張から開放されて、俺は深々とため息をつく。子供の声色なのになんとなくおっさん臭く聞こえたが、中身がおっさん寸前だったせいだろうか。
ともかくも、助かった……。
「寄木が椅子蹴ったときは終わったと思った」
「でも、本当にあの鳴き声で助かったぜ。秘密基地に猫なんて居たんだな。宮廻は見たことある?」
俺の質問に、宮廻はニヤニヤとして答えようとしない。どうした?
「あれ?宮廻、聞いてる?」
「猫ねー。あたしも見たことないよ。……みゃあー」
めちゃくちゃリアルな猫の鳴き声が目の前から聞こえてきた。
「え?あれ、お前だったの?」
「にゃー!」
「マジかよ……」
宮廻の口から聞こえてくるのに、本物にしか聞こえないから頭がバグってしまいそうだ。そして宮廻のやつ、めちゃくちゃドヤ顔をしてやがる。こんな特技あったのかよ!知らなかったんだが!
あ、でも。
「ていうか、猫真似で見つかったらどうするんだよ!」
もし宮廻が見つかって酷い目にあったかもしれないと思うと、自然と語気が強くなってしまった。
あいつらはアウトローで宮廻に暴力を振るったかもしれないし、ロリコンだったかもしれない。そう思うと、宮廻は余計なことをしてほしくなかった。
「なんでよ?」
「音の出どころからバレちゃうかもしれなかっただろ」
「もうっ。寄木を助けられたからいいでしょ」
「もしかしたら、俺どころかお前も見つかったかもしれないだろ。助けてもらったけどさ」
「じゃあ、感謝しなよ」
「感謝はしてるけど、お前が危なかったじゃないか」
「なんであたしの危険のことばっかり言うの!ていうか、あたしの忘れものなんだから、あたしの責任でしょ」
宮廻に握られ続けてきた右手がギュッと握りしめられる。顔もいつもの「しーっ」のやりとりみたいな演技ではなく、本気で怒っているのがありありとわかる。
あ、まずい。怒らせてしまった。ここで宮廻と喧嘩をしてしまったら、また前世と同じになってしまう。
急に頭が冷えていく。何を言えばいいのか分からなくなって、頭の中で言葉が浮かんでは消えていく。
「え、無視するの……?」
宮廻が俯きながらぽつりとこぼした。
「ち、違うんだよ!」
言葉を探す場合ではなくなって、慌てて言葉を紡ぐ。
「そうじゃなくて……」
「……あたしたち仲間じゃん。怒られたりするのなら一緒でしょ」
小声で漏れたようにつぶやく宮廻の声はひどく寂しそうで、心臓がきゅっと締め付けられる気がした。
「いや、あのな……」
「うん」
宮廻がまばたきもせずに俺の目をじっと見つめてくる。
緊張で口の中が乾く。ゆっくり言葉を探して、なんとか紡いでいく。
「み、宮廻は女の子なんだから、何かあったら困るだろ」
「えっ?」
その答えは予想してなかった、と言わんばかりに宮廻はポカンとする。口まであんぐり開けちゃって、とてもバカっぽい。
「いや、そうだろ……」
「ふぅん。女の子のあたしが寄木は心配だったんだ」
「そ、そうだけど」
「へえ、ふぅん。そっかあ」
宮廻は急に顔をニヤつかせる。あ失敗した。これ、からかう材料を与えちゃったやつだ!
「ふぅん。じゃあ仕方ないね」
「これ以上、この話題禁止な!実際心配だったんだから仕方ないだろ」
「そーだね」
見ててムカつくくらい、宮廻は顔がニヤニヤしはじめて腹が立ってきた。俺は拗ねて後ろを向く。心配を返せ!
「でもね、寄木」
「おう」
宮廻が繋いだままだった手を引っ張って、俺を自分の方に向かわせようとしてくる。なんなんだよ、これ以上俺をいじるなよ。
「寄木があたしのことを心配してくれたのと同じくらい、あたしも寄木のこと心配だったんだよ」
澄んだよく通る声だった。
「心配だったから、仕方ないでしょ」
振り向くと、宮廻が目の端に涙をたたえて、いつも強気な顔が今にも泣きそうになっていた。
「だって、あのお兄さん怖かったもん。寄木が殴られちゃうって思ったんだもん」
一筋、宮廻の頬を涙が流れた。
「ごめんな」
「ううん、いいよ。ごめんね」
それだけ言って、宮廻はわあっと泣き出した。俺が相手の気持ちも考えずに酷いことを言ってしまったせいで、宮廻が泣いている。
責任を感じただけじゃないけれど、俺は宮廻を抱きとめた。俺の背中に手が周ってきて、ギュッと強く俺を締め付ける。
*****
十五分ほど、そうしていただろうか。
あたりが暗くなりはじめ、俺は宮廻の背中をポンポンと叩いて刻限が近いことを知らせた。秘密基地には照明がないから、日が沈むまでに出ないと色々と危ない。
「ごめんね、寄木」
「いや、俺が言い過ぎたせいだから……」
「ううん。そうじゃなくて……それっ」
ピシッと突きつけられた指の先を見ると、俺の胸元がびしょびしょに濡れていた。ていうか胸元どころか、首元からお腹の方までまんべんなく濡れて色が変わっている。
さっきまで宮廻の体温で誤魔化されていたから、こんな事になっているとは気付かなかった。ちょっと冷えて寒い。まだ三月だしさ……。
「もうっ、寄木のママに怒られちゃうかもね?」
他人事のように宮廻がからかってくる。目は未だに赤いけど、もうテンションはいつも通りに戻っている感じで、実に朗らかで少し安堵する。
「お、お前のせいだろ!」
「あっ、あたしのせいって家で言わないでよ……!」
「なんでだよ」
「だって、寄木のママにあたしと遊ぶなって言われるかもじゃん」
「うちの母さんはそんなこと言わないよ」
「そうなの?」
意外、という顔で驚かれるが、どこでそんな間違った印象を持たれたのだろう。
「母さんはかなり温和と言うか、けっこう抜けてるし、あれこれ言う人じゃないよ」
「え、そうなんだ」
「どうしてそんな事思ったんだ?」
「田淵から、寄木の家で遊んでたら寄木ママに怒られて寄木が遊んでくれなくなったって聞いたんだけど」
「うーん、あれは田淵があまりにひどかったし。てか俺が田淵と遊ぶのが嫌になっただけで、母さんは全然関係ないよ」
「そうだったんだ」
「あいつ、俺の部屋に泥団子持ってきやがってさ、しかも部屋で投げて色々汚したんだよ。それで謝りもしなかったんだぜ」
「うわ……それは怒るね」
前世の一、二年生のときの話なのに今でも覚えているからな。本当にムカついた。
当時の俺のお気に入りだった変身ヒーローのフィギュアに「戦え!勝て!泥魔人に負けるな!」とか言いながら泥団子をグリグリしやがったんだよ。
しかも俺が止めたら「いいじゃん、部屋の中で泥団子とか普段やらないでしょ?」とかのたまいながら俺に投げてきた。普段やらないことをやりたいなら、自分ちでやれって。
田淵は母さんが怒ったと言ってたようだけど、ジュースを持ってきたときに「あらまあ、汚したらだめよ」と一言のほほんと言ったくらいで、田淵が帰った後に何も言わなかったもん。思ってても「子供って泥遊びが好きねえ」とかくらいじゃないか。
「だから、母さんに言っても大丈夫だと思う」
「そうなんだ。寄木ママって優しい人なんだね。知らなかった」
「あれ、俺ん家に来たことなかったっけ?」
「ないよ。田淵に聞いてから、寄木ママに遊ぶのダメって言われるのが怖くて」
「そっか」
よくわからないけど、宮廻の中でうちの母さんはめちゃくちゃ怖い存在になっていたらしい。
怖いもの知らずの宮廻が恐れるものがあるとは意外だった。
あ、宮廻のお母さんはちょっと厳し目の人だった記憶があるし、母親ってそういうものだと思っているのかもしれないな。うちの母さんはゆるふわ系なので、宮廻のお母さんというより宮廻のお姉さん……あおいさんに近いと思う。
しかし、宮廻はうちに来たことがなかったんだ。なんかそれは寂しい気がする。
「じゃあ、今度うちに来る?」
「え、うん。良いの?」
「いつがいい?」
「えっと、あたし、明日からおじいちゃん家いくから、新学期まで帰ってこないんだよね」
「じゃあ新学期だな」
「うん。あ、あと秘密基地は危ないだろうし、とりあえず新学期まで近づかないようにしとこ。他のメンバーにはあたしが伝えとく」
「確かにそれがいいな。頼んだ」
かあ、とカラスが一鳴きしたのが聞こえてくる。秘密基地の中は本格的に暗くなってきていて、そろそろ出ないとまずい。
「そろそろ帰ろう」
「うん」
ゆっくりと二人でダクトまで歩を進める。
「今日は楽しかったな……」
「ちょっと危なかったけどね」
ポツリと漏らした俺の感慨に、宮廻が苦笑する。
「でも、楽しかったよ。宮廻と遊ぶのは楽しいな」
「……それも再確認のやつ?口にしないと、っていう」
「そうだな。思ってることって言わないと伝わらないしな」
「あたしも楽しかった。……寄木はスカート見てからかってくると思ってたけど、そうじゃなかったしね」
宮廻の顔がにへら、と歪んだ。その顔に安堵を見つけて、不思議な気持ちになる。なんで宮廻のやつ、ホッとしているんだ?
あ。
スカート、と口にした時の宮廻の顔が、どこかで見た覚えがあった。『寄木のバカっ!』と叫んだ宮廻の姿が脳裏に蘇った。
そうだ、前世で宮廻が怒った原因はこれだった。なぜ俺は忘れていたんだろう。
宮廻がスカートを履いているのを、俺が散々からかったんだ。「オトコ女がスカートとか冗談だろ」なんて言葉まで口にしてしまったんだ。
それまで、学校の制服以外で宮廻のスカート姿を見たことがなくて、ついからかってしまいたくなったんだった。それで、宮廻が怒って喧嘩になって……。
今思うと最低だ、俺。
「やっぱり、あたしがスカート」
「似合ってるよ」
俺の無言を勘違いしたのだろう、宮廻がぼそりと呟いたのを割り込んで否定する。
実際、似合っているしな。飾り気のないデニムのスカートだからこそ、逆に宮廻の元気さとか魅力を押し出せていると思う。前世の俺は何を見てたんだろう。
「……本当?」
「うん」
ずっと繋ぎ続けていた手が、急に湿っぽくなる。
俺が地面に落ちていたボルトを蹴ってしまい、コロコロと転がる。宮廻が笑いながら「しーっ」と注意してくる。俺も笑う。
……やっぱり宮廻と一緒に遊ぶのは楽しい。今日、喧嘩別れにならなくてよかった。
「宮廻、これからもずっと一緒に遊ぼうな」
「うん。あたしも、寄木とずっと一緒に居たい。……確かに、口にして伝えたいことってあるね」
窓から差し込む夕暮れが、俺と宮廻の影をくっきりと地面に映し出す。手を繋いだ二つの人影は、いかにも仲の良い友達って感じで見ていて微笑ましい。
友情なんて脆いものだと世間では言う。確かに前世でもそうだった。けれど、この瞬間だけは永遠を信じていたい。
お読みくださいましてありがとうございます。
2話・宮廻あやめ編はこれで終わりです。秘密基地の謎については、また5話以降に触れていきます。お楽しみに。(暁斗も再登場します)
ここまで読んでみて面白かったら、よければ評価やブックマークや感想がいただけると嬉しいです。(なんだか、昔のニコ生主の人みたいな言い回しになっちゃいました)
今までに頂いた皆様の応援がモチベーションになっています、ありがとうございます。
続きが気になる方は是非、評価やブックマークお願いしますね!
次回はまた、明日か明後日に投稿します。
活動報告をちょこっと書いたので、よければ見てください。