2-4.秘密基地の遊び仲間・宮廻あやめ
オバケローラーというのは、要するにめちゃくちゃデカいローラーである。
司令室から壁に向かうと、いろいろ金属性の廃材や鉄筋が一纏めに集められている場所があって、その中でも一際異彩を放つのがオバケローラーだ。
視察とかいうお題目を早くも投げ捨てた俺達は、全速力でオバケローラーまで駆け寄る。
「でけえ!」
「いつも見てるでしょ」
「そうだけどさ、再確認というか、ちゃんと口にすることが意味があるというか……」
「またそれ?」
久しぶりに対面したオバケローラーは、記憶よりもずっと大きかった。
縦置きにされたその直径は俺が目一杯両手を広げたくらいあって、倒れてきたら間違いなく内臓が潰れて死ねるやつである。
昔はわかっていなかったけど、これは道路を均すためのロードローラーのローラー部分だろうな。いや、廃繊維工場になんでそんなものがあるんだろうか。
ひんやりする表面に手を当てて、頭を下げる。横で宮廻が同じことをしているのがわかる。
オバケローラーはその威容から、俺たち秘密基地で遊ぶ小学生に畏れられていて、通りかかれば手を当てて頭を下げるのが俺たちの約束事だったんだよ。
初めて遊びに来た奴も、まず何より先に「オバケローラーさんに挨拶しろよ」と連れてこられるくらいだ。言わばこの秘密工場の主だね。
挨拶も最初は、軍隊みたいな敬礼とか野球部みたいに「お願いしまーす!」叫びんで帽子を取るフリをするとか、色々なパターンが試されてきた。けれど、いつの間にか手を当てるのに統一されてたんだよな。多分、金属特有のひんやりとした感覚を味わうのが楽しかったからだと思う。
そういえば、統一される前のみんなが思い思いの挨拶をしていた時に、俺がおふざけ半分で土下座をしてみたら、みんながドン引きした目で俺の方を見ていて、めちゃくちゃ悲しかった記憶があるな……。
ちなみに、友達を秘密基地に誘いたい時は、自分以外の遊びグループのメンバーが一人は賛成しないといけない。
変な奴を呼んでできて、露見させないためである。
二つ上の学年に、マンションの屋上の鍵を管理人室から拝借して、勝手に秘密基地化して遊んでた連中がいたけど、喧嘩の腹いせに告げ口した奴が元でバレてめちゃくちゃ怒られてたからな。学校の廊下で十人近くが並ばされて、順番に殴られてるのを見たときは正直マジで怖かった。
なんで、その反省を生かして紹介制にしたわけだけど、その殴られ事件があったせいか俺たちの遊びグループ以外の人間は誘っても殆ど来なかった。まあ、やっぱり悪いことだしな、不法侵入……。
心のなかで、お久しぶりです、とオバケローラーに挨拶してみる。
ひんやりする手のひらの感覚が過去のそれと全く同じで、郷愁感で胸が苦しくなってきた。
横に喧嘩で一生話さなくなった宮廻がいて、手をオバケローラーに当てている。
本当に過去に戻ってきたんだという実感がじわりと湧いてきて、なぜか泣きそうになってしまう。俺は、本当に戻ってきたんだな……。
だめだ、こんなタイミングで涙ぐんではいけない。宮廻に不審がられてしまう。俺はローラーに触れながら、自分の中の情動を打ち消すように深呼吸を繰り返した。
「んで、次はどこに行く?」
ちょうど俺の感情が落ち着いたあたりで、宮廻が切り出してきた。
「宮廻はやりたいことない?」
「あるけど、司令室だから基地の視察が終わったあとで良いよ」
「司令室で?」
「うん、ハンティングで拾ったものがあってさ」
「ふうん」
「だから寄木が決めな」
決めていいと言われると迷ったので、いくつか印象深い場所を挙げていく。じゃあそれを全部回っていこうという話になった。
最初に向かったのはオバケローラーにほど近い、コロシアムだった。
コロシアムなぞという大層な名前が付いているけれど、二つの細長いコンクリートの縁石が五十センチほどの間で向かい合って並んで置いてあるだけの空間である。
そんな寂しい空間がなぜコロシアムかというと、戦うための場所だからだ。……押し相撲で。
押し相撲は大抵の人間が知ってると思うけど、掌と掌だけで押し合う相撲のことだ。掌が掌以外に当たると反則で、胴体に触れるなんてもってのほかという、小学生の体を使った遊びにしては非常に穏健なものだ。いやまあ、押し相撲の判定を巡って喧嘩になることも多々あるんだが。
相撲といっても土俵はなくて、立ってるその場所から一歩でも動けば負けというルールだから、微妙に足がブレた時の扱いが難しくて勝ち負けがわかりにくいんだよね。んで、お前動いただろ、動いてないで喧嘩になるという。人は争う定めなのだろうか。悲しいね。
その曖昧さをコロシアムは解決してくれる。縁石の上に乗って戦って、落ちたら負けだからな。攻める時にバランス崩しやすいのが多少難点ではあるけど、わかりやすさは正義である。
「やるか?」
「もちろん」
短い台詞だけで意志を確かめ合う。
無言で縁石に乗って、腕をホールドアップのように構えて、呼吸を整える。
「「せーの」」
「うげっ!」
二人同時に発した声で始まった試合は、一瞬で勝負がついた。
全力で押した手を軽くいなされて、一旦戻そうとしたタイミングで追い打ちをかけられ吹っ飛ばされた。勢いのあまり、俺は後ろに倒れて尻餅をつく。
「なーにやってんの」
「再戦だ!」
悔しくてすぐに縁石へと駆け戻る。ゲーセンの格ゲーで負けた時に、即座にコインを入れて連戦を挑むような心持ちである。
ちなみに、連続コイン投入がオッケーな店でもない限り、後ろに並んでいる人間に迷惑なので即座にコインを入れるのはやめような。椅子蹴られたりもするし。
「いいよ、せーの」
「うおあっ!」
またすぐ負けた。手が鍔迫り合いのようになったので俺は押し込もうと力を入れたのだが、同時に宮廻が力を抜いたので前につんのめってしまった。
「もう一回やる?」
無言で縁石に乗ることで意思を示す。
宮廻の勝ち誇った顔がムカつく。
心のなかで気合を入れる、絶対に勝ってやる!
「「せーの」」
「うおあ!」
気合が空回りして、攻めようとしたところでバランスを崩して自爆してしまった。
コケて膝をつく俺を宮廻が笑顔で縁石に乗ったまま見下ろしてニヤついている、俺は即刻で戻って準備をする。そして、また負けた。
……結局、十数試合目でようやく勝利をもぎ取ることができたけど、なにか大人として大事なものを失った気がした俺であった。
「もう行くとこない?」
コロシアムから一通り挙げた場所を回り終わって、宮廻が俺に聞いてきた。
この工場で作った衣服を確認するためだったのであろう姿見が大量に放棄されてる鏡の間では、鏡を向き合わせて無限鏡をしたり360度鏡を作ったりで楽しんできた。まるで科学博物館みたいだったな。
ゴミ捨て場は、この工場を閉める時に運び出さなかった不要物を集めているゾーンなんだけど、往時の趣がある色褪せたミシン台や、半分土に帰っている煙草の箱や、昭和感あふれる置き時計なんかを見れて、廃墟オタク的にめちゃくちゃ良かったよ。古い製品に使われているちょっとぽってりしたフォントとか、なんか好きなんだよね、俺。
他にも、犬かタヌキか判別のつかない謎の置物の前で俺がタヌキ宮廻が犬派で争ったり、放置されているままの糸を投げあって蜘蛛男ごっこをしたりとかなり充実した視察だった。
ただ唯一、裏口の横にある管理室だけは中に入れなかったのが残念だったな。職員が入るための裏口に隣接しているところなんだけど、ドアのガラスが散乱していてちょっと危険だったんだよ。宮廻は気にせずに前に進んでいったけど、危ないから止めた。靴を貫通して怪我する可能性もあるし。
ちなみに管理室は俺たちが名付けたのではなく、プレートがあったので往時そのままの名前である。
てわけで、行きたいところには行った気がするけど、他になにかあっただろうか。
「ああ、アマゾン忘れてた。アマゾン行こうぜ、アマゾン」
「え、アマゾン?ああ、大ジャンね?まだ寄木その名前にこだわってたの。ぷぷっ」
頭に浮かんだスポットの名前を挙げると、即座に宮廻に訂正されてしまった。その上、笑われた。
大ジャンまたはアマゾンは壁際に骨組みとして配置している鉄骨が、なぜかそこだけ複雑に入り組んでいる一帯を指す。
よくあるH型というか「工」の字型というかのザ鉄骨という感じのものから、パイプだとか、直径五センチくらいの細い突っ張り用だとかが組み合わさっていて、まるでアスレチックみたいなのだ。
その一帯の名前を考えた時に、俺は学校にあるジャングルジムの大きい版ということでアマゾンと呼ぼうと提唱した。
だが、誰も頷いてはくれず、その次に出た樫崎の「大きいジャングルジムなんだから普通に大ジャンで良いじゃん」という意見に皆が同調して一瞬で俺は名付け親争いに敗北してしまったんだよな。
なんとなく気に食わなかったので「でもさそれなら、大きいローラーがオバケローラーなんだから、大きいジャングルジムはオバケジャンの方がよくね?」と言ってみたが、その場の全員にまだ食い下がるのか……という目で見られたのですぐ取り下げざるを得なかった。
いや、オバケと大で表記がズレてたら統一したくないか……ならないのか?
ていうか、でっかいジャングルといえばアマゾンって発想、かなりオシャレだと思うんだけどなあ……。
「やっぱりさ、大ジャンよりオバケジャンのほうが良くないか?」
なんだか思い出すだけで悔しくなってきたので、大ジャンへと向かいながらスキップをしている宮廻に聞いてみた。
「オバケローラーがあるのにオバケジャンもあったら、オバケの後にローラーとジャンって言うまでどっちか分からないじゃん。そもそも長くて語呂が悪いし」
「あ、ああ……」
一瞬で小学生に完全論破されてしまった。
確かに最初の三文字で判断がつかないと、利便性に難があるな……。語呂は良いと思うんだが……。
「寄木って勉強できるバカだよね」
「う、うぐっ」
最近同じようなことを誰かに言われた気がする。俺、バカなのかなあ……。
いじけて俯いていると、宮廻が俺の背中をバシバシ叩きながら、
「いや、完璧じゃなくてそういう隙があるのは親しみやすいからいいと思うよ。ふふっ、あははっ、なんでそんなに落ち込んでんのよ、ひーひーっ」
見てるこっちが引いてしまうくらいの大笑いを始めやがった。
「でもさ、真面目に寄木がちょっと抜けたとこがなくてキチッとしてる奴だったら、あたし付き合いにくいと思うもん。寄木がバカでよかったよ、そのおかげで仲良くやってれるんだから」
「宮廻……」
「ま、そんなことより登ろ?」
宮廻が手近にある大ジャンの鉄骨に手をかけた瞬間だった。
「え、先輩。ここめちゃボロボロじゃないすか」
突然、どこからか間延びした若い男の声が聞こえてきた。
「そりゃずっと放置されてっからな」
怒りっぽそうなといった感じの、ドスの効いた男の声が続けて聞こえてくる。
「ええっ、めっちゃ汚いなあ。なんすか、このオンボロ工場」
「車ン中で話したろ、聞いてなかったのかよ」
「うっす」
「とりあえず早くドアの鍵開けろよ」
「うっす」
ガシャンとかチャリンという、金属の触れ合う音が裏口からし始めた。
昨日は投稿遅れてすみませんでした。ごめんなさい!
明日もまた投稿するんで許してくれたら嬉しいです。
前から書き溜めてあった新作もアップしました。
『「秘密です」と言って寿崎琴子は不器用に笑った。』です、こちらもよろしくおねがいします。
今日明日でまず一話を投稿しますので、面白かったら評価などをして頂けると嬉しいです。(今作、いつもありがとうございます。今作も新作もご贔屓によろしくおねがいします)