2-3.秘密基地の遊び仲間・宮廻あやめ
廃墟への短いダクトを抜けると鉄の国であった。
ちなみにダクトの中は危険じゃない程度に廃墟感があって、最高でした。這うだけでギシッと音がするのがいい味を出してる。
ダクトから飛び降りると、もわっと細かい赤色の粒子が舞った。歩くだけで靴の底が赤くなりそうなほど、床のコンクリには細やかに赤錆が積もっているからだ。
工場内には鉄骨が至るところに使われているので、錆はそこから出たものだろう。
天井付近の壁面に広くとられた採光窓から入る光を反射して、舞った鉄粉がキラキラと瞬く。なんだか神秘的だ。
「はあ、綺麗だな……」
「いつものことじゃん、何しみじみしてんの?」
溜息をついた俺に、宮廻が不思議そうに顔を傾げる。
まあそりゃそうだろうな、見慣れていたら綺麗とか思わなくなるだろう。
でも、俺は二十年ぶりに来たわけで、そりゃ感動するよ。許してくれ。
「いや、再確認というか、改めて口にすることが意味があるというか……」
「よくわかんない。そうなの?」
「うん」
「まあいっか。じゃ、行こ?」
俺のたどたどしい弁明を軽く流して、宮廻は工場の中心部へと歩き始めた。
さて廃工場こと、俺たちの秘密基地の話をしよう。
全体的に感じとしては小学校の体育館ってイメージでいい気がする。天井もアーチ状になってるしね。
壁面は鉄筋がむき出しになっていて、上部には採光用の窓がぐるりと周回して嵌められている。そのため、照明がないのに室内は明るい。
まあ、流石に日が沈むと何も見えなくなるけど。何も見えない廃工場って良いな、うーん夜にも来たくなる。流石に小学生の夜遊びは許してもらえなさそうだけど、チャンスがあればやってみたい。
倒産した時にめぼしい機械とかは運び出されたみたいで、全体的に寂しい感じだけれども、それでもベルトコンベアやいくつかの工作機械などは誰も欲しがらなかったのか、打ち棄てられたまま埃と錆びた鉄粉を被っている。
放棄された物品の中で一番目立つのは、高さ2メートルちょっとの謎のタワー型の工作機械だ。鉄でできたそれは、全体的に錆びていてくれ赤茶けてる。
ハンドルやレバーなどのパーツがグチャグチャに取り付けられた様子と、その大きさからまるで怪獣みたいだ。
その怪獣の下にある木箱の一つに宮廻はリュックを置いて、その横の小ぶりな木箱に腰かけた。俺も近くの適当な木箱に腰掛ける。
初めて潜入した時に、みんなで工場中に散乱していた木箱をここに集めておいたんだよな。障害物を超えるのに数人がかりで持ち上げたりと、運ぶのは割と大変だった記憶がある。
木箱が十個近く置いてあるここら辺一帯を、俺たちは司令室や作戦会議室、なんて名前で呼んでた。
まあ作戦も司令も特にないわけで、専らカードゲームや携帯型ゲーム機で遊ぶための空間として使われていたわけだけど。
「じゃあ何する?」
「うーん、そうだな……。とりあえず基地一周したいな」
「ふーん?」
宮廻が「わざわざなんで?」というような顔になったので、俺はあわてて言葉を継ぐ。
「いや、視察だよ、視察。やっぱ基地の中の見回りって大事だからな」
「視察かあ。いいね、視察!」
視察という言葉が宮廻の琴線に触れたらしい。見るからにテンションが上がっていて、顔がニヤついている。
やっぱ秘密とか任務とかそういう単語が好きだよなあ、小学生。
それにしても、宮廻はめちゃくちゃ分かりやすく表情に出てるけどな。見てて微笑ましい。
「秘密基地の監視は我々の責務だからな」
「異常がないかチェックしないとね」
「まあ異常があっても、なにもできないけどな」
「雰囲気壊すようなこと言わないの!」
「悪い」
「もう。じゃ、行くよ!寄木隊員!」
そう言うや否や、宮廻は背筋をビシッと伸ばし、真っ直ぐに伸ばした腕と脚を勢いよくブンブン振って歩き始めた。なんだこれ。
「いや、なにそれ?」
「え、パレードだけど?」
ああ、この頃ってニュースで近隣国の軍事的脅威が叫ばれていて、その情報が連日テレビで流れていたなあ。
俺が俺が逆行してからも、テレビで軍事パレートの様子を何度か見た気がする。
なるほど、宮廻の視察ってそういうイメージなんだ。確かに、偉そうな感じはあるな。うん。
横目で宮廻の歩き方を見つつ、そして軍事パレードの様子を思い出しつつ、カクカクと俺も歩いてみる。……これ割と難しいな。バランスが取りにくいというか。
すると、いつの間にか普通の歩き方に戻っていた宮廻が呆れ顔で俺を見つめていた。
「寄木、それ歩きにくくない?」
「お前の真似したんだけど!」
「えっ?」
宮廻のやつ、めちゃくちゃすっとぼけた顔をしやがった。梯子を外すな!
ていうかお前、パレードとか言ってたじゃん!
「とぼけんなっ!」
「ええ? いきなり寄木が始めたんじゃん?」
「お、お前っ」
「なにいきなり怒って、どうしたの?」
「うぐぐ……」
口では心配している調子だけど、顔はめちゃくちゃニヤついていやがる。
俺がそれ以上何も言えずにいると、宮廻はふふん、というような擬音がつきそうな感じで俺に笑いかけてきやがった。
ちくしょう……。
「そんなことよりさ、寄木最近なんかあった?」
「え?」
「元気ない気がするんだけど」
一瞬で場の空気が変わる。宮廻は努めて平静に言っているつもりだろうけれど、どことなく真剣な雰囲気が漏れ出ている。
心臓が早鐘を打つ。中身が変わったことで違和感を持たれたのか?
「……気のせいじゃないか?」
答えた声が震えていなかっただろうか。
宮廻の顔を正視できずに、俺は黙って歩き続ける。追求が来るのを覚悟しながらの足取りは重い。
俺が自分の意志で戻ったわけじゃないのに、何故か宮廻を騙しているような気持ちになって罪悪感が湧いてくる。
「変わっちゃったね、あたしの知ってる寄木じゃないみたい」なんて言われてしまったらどう返せばいいんだろう。
実は俺は二十年後から精神だけ戻ってきたんだぜ、と言うか?
言えるはずがない。
「ふうん?」
宮廻が俺の顔を下から覗き込んでくる。その顔がいつになく真面目な表情をしていて、俺は心臓をギュッと握られたような心地になる。
どうしよう、変わったことで宮廻に嫌われてしまったら。こんなに楽しく遊べているのに、前世みたいに全く話さない仲になってしまったら嫌だ。
俺の頬を脂汗が一筋流れていく。
「まあ、なんか困ったらあたしに言いなよ、えいっ」
「いってぇ!」
こいつ、いきなり思いっきり尻を叩いてきやがった。
空気を変えようとしたんだろうけどやりすぎだぞ!めちゃくちゃ痛い!
「わははっ」
しかも、俺が痛がっているのを見て笑ってやがる。くっそ!
仕返しをしようにも、あいつ、いつの間にかめっちゃ遠くに退避していやがった。
「そんなことより、視察続けるよ。早く」
「覚えてろよ……」
「あたし記憶力悪いから無理でーす」
宮廻はスキップをしながらあっかんべーを繰り出してくる。
いや、あっかんべーなんて何十年ぶりに見ただろう……。なんかもはや感動してしまった。俺、本当に小学生に戻ってるんだな。
ていうか、外遊びをした手で目を触ったらなんかばい菌が入りそうで、見てて若干怖い。
「指とか目に入ってないよな」
「うん。この間寄木がばい菌が危ないって言ってからは気を付けてるよ」
「それならいいんだ」
宮廻の答えに一安心する。
しかし、前世の俺はもうこの年齢で衛生概念の知識があったらしい。すごいな。子供らしくなくてちょっと引くぞ。
「てか、視察はどこから行くの?」
「あー」
頭の中に、いくつか候補が浮かんでくる。廃墟ヲタ的に見ておきたいもの、遊んでて楽しいもの。この秘密基地にはたくさんの名物があったから、一つを選ぶのは難しい。
でもやっぱり、俺達の秘密基地といったらこれだろう。
「オバケローラーから行こうぜ」
今回はキリよくするために短めでした。
更新は明日か明後日です。(3/6)繁忙につき一日遅れの3/7に投稿します。すみません。
毎度のことですが応援いただいてやる気が満々です、いつもありがとうございます。
それと、先程新作短編をアップしました。新作といいながら、何年も前に書いていたものですけど!
毛色が違う作品ですが、よければ読んでみてください。
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@totokuzirabeでやっています。