第四話 編入
麗空にとって二度目の魔力適性検査から二日後、マチが言っていた通り神堂家に検査結果が届いた。その一通の手紙に当の本人はというと、ようやく来たか、といった様子であったが父和樹、母恵それから妹のみちるは緊張した面持ちでリビングの机を囲っていた。
一昨日、ちょうど魔力適性検査を受けた当日だが麗空はこの一か月間を振り返ったときと同じくらいうんざりしていた。当たり前といえば当たり前だが家族から異常なまでの質問攻めにあったのだ。やれいつから魔法が使えるようになったのかだの、やれ魔法はどうやって使うのかだの、脊髄反射で質問しているんじゃないか?と疑いたくなるほど思いついた質問を思いついたままに聞かれ続けた。そんな質問に対して麗空は曖昧に、かつそれ以上証明のしようがない答えを適当に返していった。
まさか、自分はあなたたちの息子(兄)の麗空本人ではなくて、中身は全く別の世界からやってきたルート・ウェスタと申しますよろしくお願いします、なんてことを言えるわけもない。寝てる間になんとなく神の啓示のようなものが~などと言っておけばなんとなく納得する夫婦であったことが幸いであった。不思議なことがあるものだといって和樹と恵からの質問は収まった。
しかし、妹のみちるからの質問は幾度となく続いた。それもそのはずである、みちるからすれば実の兄が魔法を使えたのだ、自分にも魔力の適性があるかもしれないと思っても何らおかしくはない。みちるとしても、二年前に受けた魔力適性検査の結果を覆せるようになるかもしれない希望を兄から授けてもらおうと必死だったのだ。
だが、みちるには麗空同様に魔法の才能が皆無だった。それは麗空の目から見ても明らかで、なんとか魔法を使える程度にしてあげられるのだがそれ以上が厳しかった。無理にWNSに編入したところで先が長くないだろうとこれまた適当な理由をつけて断ろうとしたのだが、可愛い妹に「お兄、お願い……」なんて上目遣いに頼まれたら「無理」ということができなかった。結局、三年後、今の麗空と同じ歳になったときなら教えられると言って問題の先送りをすることにした。
気疲れの初日から中一日を空けて今日、神堂家はまたもやおよそ一般家庭ではありえない空気を漂わせていた。張り詰めた糸を準備した父、母、長女。本人は内容をおおよそわかっていることもあって普段通りだ。
みちるに手渡しされた封筒を受け取った麗空は準備していたハサミでばっさりと封を切った。そして中から一枚の紙を取り出し、広げて中身を確認した。その内容に少しばかり驚いたような表情を浮かべて続いて意外なものを見たといった様子でひとりでに頷いた。
「で、……ど、どうなんだ?麗空」
リアクションはするが何も言わない麗空にしびれを切らした和樹が思わず麗空に結果の如何をせかした。
「そうだよ!お兄早く!どうなの!?」
「そうさね!気になるじゃないか!」
同様にみちる、恵も和樹に続き、結果をせかす。
そんな家族の様子が面白かったのか、麗空はもったいぶるようにニヤリと笑みだけ浮かべて
「気になる?」
と心底楽しそうに聞き返した。
麗空のこの様子から既に結果がどうなっているかなど予想がたちそうなものであるが、それどころではない神堂家の麗空を除いた面々は揃って首を大きく縦に振った。
その様子に満足したのかはたまた飽きたのかは分からないが、スッと普段通りの様子に戻った麗空は
「合格だってさ、かなりギリギリだけどね。」
と一言だけ結果を告げて、手に持っていた通知書を置いてから自室へと戻っていった。
「「「お、お、お、お…………うおおおおおおおおおおおお‼」」」
部屋に戻っていく麗空をぽかんとした様子で見つめ続け、少しばかりの静寂の後、冷めた様子の本人とは対照的な歓声がこの日、神堂家には響き渡った。
家族の歓声を自室で聞きながら、麗空は先ほどの結果をベッドの上に寝転んで思い出していた。
(速度S、効率S、強度E、バランスCの平均C……か。オールCを狙ったつもりだったけど、思った以上に強度が足りなかったみたいだな……あれでEとなるとこっちの基準もそんなに低くないのかもしれないな。速度と効率は……予想外すぎたな……これじゃアンバランスすぎて逆に目立つかも……。まぁ今回が適性検査でよかった。これが編入試験なんかだったら噂がどこからか噂が広がっていたかもしれないし、感覚は掴めたから次は気を付けてやらないと……)
一通り反省をして、次回からの調整を考えたところで麗空は目を閉じて昼寝をすることにした。朝早くからみちるに叩き起こされて通知書が届くのを待っていた麗空はいつもより寝不足だったのだ。
だからだろうか、いつもの麗空であればもっと注意深く封筒を確認していたはずなのだが、封筒に入れられた二枚の紙に気が付いていなかった。
『編入適性検査異例のSランク所持により、神堂麗空の国立魔法使い育成学校への編入試験を免除することとする』
☆☆☆☆☆
WNSへの入学条件には次の一文が設けられている。
『魔力測定においてSランク項目が一つでも存在した場合、残りの測定結果がどのような値であったとしても無条件で合格とする』
これは魔法使いとしての特異性を将来的に見込んでの記述である。入学試験、編入試験においてSランクを出すのは非常に困難であるため、それだけで魔法使いとしての資質は十分といえるのだ。とは言っても、Sランクを編入試験で出した人間がいるなんて特異例は魔法が発見されてからこれまでなかったため、伴ってこの一文による合格が存在した事例もまたなかった。そのため、この一文の存在を知らないものは非常に多い。麗空も例にもれず、このことを知らなかった(知っていたところで回避はできなかったのだが)。
「なんでこんなことに……」
実は自分は不幸体質というか問題を抱え込むタイプの人間なのかもしれないと麗空は最近思い始めていた。嫉妬を買ってから今まで起こったことといえば目まぐるしすぎて思い出したくもないような量だが、実際には二、三か月程度しか経っていない。こうも問題が続くと自分自身で引き起こしたことじゃない、自分は悪くないと現実逃避してもおかしくはないだろう。
「中等部から編入することになりました神堂麗空です、皆さんよろしくお願いします。」
そんなうんざりした表情は努めて出さないようにして、麗空はホームルームでの挨拶をしていた。
麗空の当初の予定では中等部開始の際に「今まで見たことのない顔がいつの間にかひっそりと教室の隅にいるけどすぐに気にならなくなる」という状況を作り出すつもりだったのだが、初等部六年から中等部一年に上がる際は人が減ることはあるものの基本的に増えることはなくまた、人数も学年で百人を切っているため新参者はすぐに誰かしらに気付かれて一気に噂になるのだ。麗空もまた編入早々その対象者になった。そのため普段は行われていないクラスでの挨拶を転校生よろしくこうしてさせられているのである。
大正以前からいまだに使われている黒板を背に、クラスの人数を確認してみるとどうやらこのクラスには自分を含めて十八人いるらしいことが分かった。
(中等部一年生が四クラスしかないことから考えると……学年には七十人ちょっと……例年通りってところか)
今年の進級状況を確認しつつ何の面白みもない無難な挨拶をして一礼。麗空は自らの席に戻ろうとしたとき
「はい、はーい。せんせー質問したいんですけどー、ダメですかー?」
教室の後ろの方から手と声が上がった。そちらに目を向けると、少々タレ目で茶色がかった長い後ろ髪を無造作に束ねた、いかにも不真面目です、といったような印象の少年が自分の存在をアピールするように手を振っていた。
「質問……ですか?それは……」
「もちろん、そこの神堂君にでーす。」
少しばかり食い気味な返答に引きつつも、担任の紅は許可を求めるように麗空に視線を飛ばした。編入生として目立ってしまった時から質問攻めは予想していたがまさかこのタイミングで、クラス全員の目と耳がある状況で陥ってしまうことになるとは流石に考えていなかった。
何を聞かれるか分かったものではないためできれば否といいたいところであるが、たかが質問一つを断るというのも印象は良くない。仕方ない、といった気持ちを顔に出さないようにしつつ麗空は紅の視線に対して静かに頷いた。
「……あまり時間もありませんので、一つだけですよ?……えーっと……」
「天乃真登でーす」
「天乃君、どうぞ」
「じゃー……神堂君の得意魔法を教えてくださーい。」
真登のその間延びした声に、クラスの面々は興味津々といった雰囲気になった。それもそのはず、新しいライバルになるかもしれない相手の情報は少しでも入手しておくに越したことはない。あの抜けたような調子でこんな質問をしてくるあたり、真登もただのお調子者といったわけではないのかもしれない。
(そうである場合もあるけど……)
何を答えるべきか、ほんの少しの逡巡の後、いいことを思いついた麗空は
「得意って言えるような魔法はないけど……強いてあげるなら『フラッシュ』かなぁ。っていっても適性検査はCだったけど……」
と自分が唯一人前で見せたことのある魔法名を答えた。これならば最低限の能力で目立たない。更に基礎中の基礎の魔法で最低ラインのC合格と知れば自分への注意はなくなるだろうと麗空は考えたのである。
「へ~得意な魔法でギリギリ合格かぁ~へぇ~」
「ほんと練習した甲斐があったよ。」
「それで入学試験まで通っちゃうなんて運もいいんだね。」
明らかに他意を含んだ一言だったが柳に風といった様子でスルーした。真登が何を言いたいのか麗空はなんとなくわかっていたがそれにこちらから丁寧に答える義理もない。
「質問には答えたしもう席に戻ってもいい?」
一限開始まで時間がないといっていた紅に視線だけで質問の打ち切りを訴えつつ真登に問う。別段、彼に許可を取る必要はないし、この問いかけに対する真登の回答もわかりきっていたが本人にも、他のクラスメイトらにも先刻の回答で良しと言質を取ることがこの場では重要であった。後々消化不十分で問い詰められても面倒だと麗判断したのである。
「はーい答えてくれてありがと~」
予想通り身を引いた真登に麗空は目礼を返し教室の隅にある自分の席へと戻った。
なんとも気の抜けるような話し方をする奴だったが質問内容といい、傍からはただ田舎者の編入生を煽っているだけのように聞こえる一言、存外食えないやつかもしれないと入学そうそうに要注意人物の一人として追加することとした。
魔法を学ぶ教育機関とはいえまだ中学生。義務教育の範囲である以上一般教養としての学習はきっちりと行われる。一般的に見ればいわゆる「普通」の授業だが、そのどれもが麗空にとっては新鮮で興味深かった。
特に数学と理科については新しく学ぶことばかりだった。異世界では「算術」と呼ばれていた計算方法もより工夫され正確かつ高速化を実現し、更に視覚化し変化もわかりやすくなっている。理科に関してもそうだ。火はなぜ燃えるのか、溜まっていた水はなぜいずれ消えるのかなど、今まで考えもしなかったこの世の常識を、理屈を知ることができているのだから面白くないわけがない。目が覚めてからこれまでできる限りの勉強は麗空本人に教えられてきたがあくまでも小学生程度の知識だ。ここ(中)から(学)先は未開の土地。
正直なところ魔法の座学なんかよりもよっぽど楽しかった。
そうして地球での初の授業を目を爛々と光らせて受けているうちにあっという間に放課後となってしまった。魔法授業も具体的には来週からで今後の授業の受け方、いわゆるガイダンスといったものだった。基本的には座学、座学、実技と繰り返していくようで実技は週に一、二回だ。これに関しては麗空は少々納得いっていない節がある。というのも、魔法において重要なことは魔法に関する知識よりも魔力への適応性と体感覚だといわれているからである。もちろん魔力、魔法に関しての知識がないことには何も始まらないが、魔法を使う感覚というのは人それぞれである故に、魔法を実際に実行してみることが上達への近道であるのだ。
それでも、魔法に対する認識が「日常」でないために作られたズレだということは分かっているため特に何かを言うつもりはない。魔法の座学も実技も地球の考え方や見方を実際に体験できるものとしてはいいものだがそんなことよりも一般授業の方が先に述べた通り麗空にとって有益だからだ。
明日が楽しみで仕方がない、そんな様子で帰宅の準備を進める。多少なりとも視線を集めはしたが、ラキアの魔術学園での嫉妬を含んだ鋭い視線に比べればなんてことはない、珍しい動物を見つけたときのようなものだ。それは慣れと時間が解決してくれる。
「あぁ、これが本当の学校生活!明日は何をしよう!」
校舎の見回りもいいな、部活とやらも面白いかも、などと考えて足取り軽く教室を出る。
しかしながら、気分が乗っているときほど問題は起きるもので
「ちょっと待てよ編入生。」
それは普段の麗空なら回避できたはずのテンプレート。
「お前にこの学校のルールを教えてやるよ。」
麗空にできたことといえば心底うんざりした顔で振り返ることだけだった。