第三話 リベンジ
テスト期間や課題の山積で更新遅れて申し訳ないです。夏休みで時間ができるのでこれから頑張りますので今後ともよろしくお願いします!
なんだコレ……、と麗空は麗空として現代の地球に転生(今回の場合転身ともいえる)をしてからの約一か月を振り返る。
それはもう驚きと苦労の連続であったことは想像に難くない。
まず、何よりもまずコミュニケーションに苦労した。こちらの言葉は通じない。言葉がわからなかったのは一日目で分かっていたことだがそれがこんなにも生活に影響をきたすことを麗空は甘く捉えていた。元々、人との関わりを重要視してこなかったことも相まって、相手の考えていることを細かく読み取る能力が彼には欠けていた。まともな会話といえば両親とのものぐらいしか思い浮かばず、あまりにも役に立たないことに肩を落した。家族との会話ほど相手に気の置けないものもないだろう。とどのつまり頼れるものといえばジェスチャーぐらいのものだった。
それから、麗空に「麗空」としての記憶がないのも問題の一つであった。今まで聞いたこともない言語を操り、「麗空」として生活をしていた今までの思い出に麗空は何の反応を示すこともしなかった(正しくはできなかったのであるが)。
それにより陳述記憶領域に事故の後遺症を残している、との診断を受けることとなってしまった。しかし、エピソード記憶が壊滅的なのに対して、意味記憶は多少なりともその存在が認められた。例えば食事の際に箸は使えないが、ナイフとフォーク、スプーンといったものは扱え、衣服等も多少手間取るがシャツ程度であれば己の力で着ることができた。かと思うとトイレ等の日常生活で不可欠なものの一部が扱えない、といった具合である。まるで、過去からタイムスリップをしてきたような、そんな状態であった。これには担当医含めた病院関係者各位が首をひねることとなったが、脳にはまだまだ分かっていない機能など多く存在するためそういう事例の一つ、として納得せざるを得なかった。
これが結果としてどんな影響を与えたかというと、全く別人のようになってしまった麗空の考えが全く分からなくなってしまったのである(正しく別人であるのだから当たり前といえば当たり前だ)。今までは感覚的に掴めていた我が子の気持ちが何一つとして掴めなくなってしまった事実に麗空の父と母は事故の時以来の動揺を抱えることとなった。
こういった理由が双方向からのコミュニケーションに甚大な被害を与えてしまった。
加えて、苦労したことはこれだけではない。五年も寝たきりだった彼に待っていたのはリハビリだった。
五年も動かしていなかった体を自由に動かそうとして「はい、どうぞご自由に」なんてことはあり得ない。落ち切った筋力を元に戻すのに、麗空は何度も根を上げそうになった。
幸いとしてラキアでのルートの体と麗空の体は体格が近かったため体を動かす感覚に違和感自体はなかったのだが、元の世界では魔術師としての勉強ばかりをしていたため体を動かすことが心底苦手だったのである。コミュニケーション能力といいなんとも情けないことだが、どれだけ後悔しようともどうにもなりはしない。泣く泣く麗空は毎日のリハビリに打ち込むこととなったのであった。
「やっと通院も終わりかぁ。」
一か月間のリハビリに加え、夢の中では麗空本人による日本語の勉強、一般教養や歴史を毎日のように学んできた。それはもう鬼のようにである。そのかいもあってか、ルートは麗空として最低限の生活を送れるようになっていた。文字通り朝から晩まで体と脳を使った生活に疲れを感じていたがそれも今日で終わりだ。
「お疲れ様、一か月でリハビリだけじゃなくて勉強の方も仕上げちゃうなんて流石は天才魔法使い様だね。」
「嫌味か?俺は一回死んだんだぞ。」
「それこそ僕に対する嫌味だよ、魔力が扱えなかった僕に対するね。」
「お互い様だな。」
「それもそうだね。」
そんな会話をお互いが笑って流す。夢の中で麗空の精神とこの程度の軽口を叩きあうのも、もう何度目かもわからない。
「まだ時間はあるが、今日はどうする?」
当の方人から免許皆伝の言をもらったのだ、麗空からルートへ教えることはもうないのであろう。そう考えてルートは今日の夢の中での残り時間をどうするつもりなのか聞いた。
「うーーーん。特にないしこれで終わろうと思うけど、君の方から僕に最後に何かあるかい?」
「覚えることは大体覚えた。お前の方から何もないなら今日のところは俺からは何もない。」
「君って人は、お礼ぐらい言えないのかい?……まぁいいや、君が僕の代わりに父さんと母さん、それから妹のことを守ってくれるならそれでよしとするよ。」
「それはいまさらだな。二度目の人生なんだ、うまくやるさ。俺のためにも、お前のためにもな。」
死んだ経験を生かす、おそらくはルートにしかできないであろうそれは皮肉なことに彼の大きな自信になっていた。それがわかっている麗空はこれといったリアクションをとらない。これが麗空なりのルートへの信頼の意思表示であった。近すぎないが、お互いに気の置けない、この和やかな雰囲気がこの一か月で彼らの間に生まれていた。
「じゃあ君からないなら僕から、いいかな?」
そんな中、先ほどとは打って変わって麗空は真面目な様子で切り出した。
「何か伝え忘れか?」
言外に「お前にしては珍しいな」といったニュアンスを含ませてルートは問い返す。
「ううん、このことは元々このタイミングで話そうと決めてたんだ。伝えたいことというか僕から君への無茶なお願いだからね。」
そういっていつもの試すような表情とは異なる少し申し訳なさそうな顔で麗空は頭を下げた。
「目が覚めたら、魔力適性検査を受けに行ってほしいんだ。」
以前はだめだった魔力適性検査。それは今の麗空ならとても簡単なそれでいてとても難しい切実な願いだった。
「それはつまり……」
「そう、僕は僕にWNSに通って欲しいんだ。……でも、それが君の求める静かな日常を壊すことになる……。出た杭は打たれる、あそこでは君はあまりにも出過ぎた杭になってしまうことは僕もわかってる……。だから、これはあまりにも身勝手で僕の我がままだ……君に断られても仕方ないと思ってる…………」
この一か月で世間の一般常識というのもルートはしっかりと教え込まれている。WNSへの中等部からの編入は数年に一人か二人いるかいないかの大事だ。それはもちろんルートが覚えた一般常識にも入っている。
さらに、編入性が数年に一人いるといっても、魔力適性検査を受けたのが遅いといった特異事例で、元々幼少期から魔力に対する感性が携わっていた者たちだ。一度適性検査に落ちてWNSに中等部から編入をしたなんて話は少なくともここ日本には存在しない。とどのつまり、そんな編入生がやってきた、なんて事例は良くも悪くも目立ってしまうのだ。それも歴代最高クラスの魔法使い、どんなことが起こってもおかしくない。また背中から刺される、そんな可能性さえある。ルートにとって最悪のリスクを承知で麗空は自らの願いを伝えたのだった。
「俺は……」
ルートもそのリスクは十分わかっていた。だからこそ生じた一瞬の逡巡は仕方がないだろう。
「……それでも、お願いだ!僕は父さんと母さんに何も返せてないんだ……親より先に死ぬなんて親不孝をしてしまった僕が、ようやく最後に親孝行をする機会をもらえたんだ……なんで僕じゃなくて君が、なんてことも最初は思っていたけど、今じゃ君でよかったと思ってる……僕じゃ何もできない、でも君なら!君なら……!」
出会ってから初めて涙を見せた麗空はルートの服を掴んで俯く。その背中は鳴き声と嗚咽を飲み込んで震えていた。
そんな麗空の背中にルートは声をかける。
「……俺は……お前だ。どんなリスクが伴おうと俺はお前の願いを叶える……それがお前が俺にくれた二回目の人生への恩返しだと思っている。お前が返せなかった恩は俺が代わりに返す。それで、……いいか?」
ルート自身、迷いは一瞬だった。この願いを切り出されたとき、「やっときたか」と思ったほどだ。いつかはこんな願いをされることはなんとなくだが予想はしていた。それでもやはり、また死ぬかもしれない頼みをされると迷いが生じてしまった。その一瞬が麗空を感情的にしてしまったのだ。最初から答えは決まっていたはずなのに、余計な心配を与えてしまった。そんな自分の弱い部分に一人「馬鹿が」と麗空には聞こえないように悪態をついた。
「……うん、うん……十分さ…………ありがとう、ありがとう…………」
ルートの後悔ともとれる己へのだめだしには気付かない麗空はひたすら感謝の気持ちを伝え続けた。まだ震えたままの背中はしかし、どこか安堵したような雰囲気で
「……時間だ、今日はもう行くよ」
いつの間にか訪れた意識の覚醒にルートは身をゆだねた。
☆☆☆☆☆
約五年ぶり二回目の魔力適性検査場に麗空を含めた神堂家は来ていた。今の麗空にとっては初めてだからか物珍しそうに周りをきょろきょろと見まわしている。しかしそんな麗空よりも父の和樹、母の恵はそわそわしていた。以前一度来たときはあまりの緊張に周囲を見るような余裕などなかったため二人とも初訪問といった様子である。
施設内の案内板に従って進むこと数分、検査場へとたどり着いた。おそらくは以前来た時と同じであろう部屋の中へと進み、そこで待っていた係員へと和樹は声をかけた。
「えっと、こんにちは。神堂です、今日はよろしくお願いします」
「神堂様ですね、私は担当のマチと申します。よろしくお願い致します。」
魔法陣とも呼ぶべき魔力回路が刻印された検査機の横で感情の抜け落ちたような表情を張り付けている女性はこれまた事務的な挨拶と格式ばった礼を返した。
その様子に少しばかり気圧された夫婦とそんなものはどこ吹く風といった様子で検査機をまじまじと見つめる麗空にマチと名乗った女性は続ける。
「麗空様は二度目の検査ですね。前回同様、魔力循環速度、魔力強度、魔力バランス、魔力効率の四項目を測定していただきます。今回は中等部編入試験を受ける資格を獲得するための検査になりますので平均Cランク以上の成績で合格とします。魔力の流れが見られなかった場合はお分かりかと思いますが一律Gランクとなりますのでご注意ください。何か質問はございますか?」
平均CランクというのはWNS初等部の授業過程を全て合格する最低ラインた。中等部からの編入は、もちろん初等部の授業過程を飛ばしての入学ということもあって少々難易度は高い。初等部から中等部へ上れる進級試験は初等部生の約六、七割といったところである。毎年少なくとも三割の人間は魔法使いへの道を諦めることを余儀なくされている。それを魔法使いとしての専門的勉強を受けずに超えろというのだ、どれだけの難易度なのかは容易に想像ができるだろう。更には検査を受けた先に中等部の入学試験も待っているのだから中等部編入生が異常に少ないというのは頷ける。
また測定項目についてだが、それぞれ魔力を魔力回路に循環させる速度、作られた魔法の強度、回路内を巡る魔力の均一性、循環させた魔力がどれだけ効率よく魔法に変換されているかといったものである。高等部からは魔法想像力という項目が追加されるのだが、オリジナル魔法の作成に関しては中等部の終わりから高等部にかけて学ぶものであるため、現時点では測定対象ではない。今回の魔法は一般的に「フラッシュ」と呼ばれる明かりを灯す魔法で、検査機に魔力を流すと光るようにできている。手をかざし、魔力を流す、そうやってできた魔法の家庭から結果までを確認して以上の項目を測定していくのだ。
この程度の基礎知識は麗空は既に持っているため
「特にはないです。」
と質問がない旨を伝え検査機の前へと歩みを進めた。
(……これが魔法陣か……雑だなぁ……)
「……?どうかなされましたか?」
「あ、いえ、なんでも。これに魔力を流せばいいんですよね?」
「そうです。ご自身のタイミングでいつでもいいですよ。」
「わかりました。」
(……これに、魔力をねぇ…………)
以前いた世界の魔法陣からすると比べるまでもなく粗悪な魔法陣に麗空はため息をつきながら手をかざした。
――瞬間、魔力回路がうっすらと光りだした。
薄紫色に輝く魔法陣を見つめながら麗空はゆっくりと流す魔力の量を増やしていった。Cの基準がどの程度かは分からなかったが、この検査機を見る限りあまり高い水準ではないと麗空は判断した。そうして判断ラインを定めフラッシュの魔法を発動させた。あまりにも高い数値を出すと後々面倒になるためギリギリのラインで合格をしようと目論んでのことである。
そんなことを息子が考えていることなど知らない和樹と恵は当然のように魔法を行使する自分らの息子の姿に息を呑んでいた。
マチは相変わらず無表情を張り付けているが、心なしか目が先ほどよりも開いて驚いているようにも見える。
約五秒、魔力を流し続けた麗空はかざしていた手を下ろしてホッと息を吐いた。
「これでいいですか?」
「……はい、大丈夫です、お疲れさまでした。合格の判定は二日後にご自宅の方へお送りいたしますのでしばしお待ちください。では、お気をつけてお帰りください。」
そういって検査機から検査表を抜き取ったマチは新堂家へ向けて一礼して奥の方へと姿を消した。
「り、麗空、お前いつの間に魔法なんて使えるように……」
「あんた、何があったんだい……?」
「はいはい、それはまた後で、早く帰ろうよ」
いまだに状況の整理が終わらない両親の手を引っ張って麗空たちもその場を後にした。
☆☆☆☆☆
(どうして……?何があったの?以前は魔力すら流れていなかったのに…………)
マチは測定表を運びながらつい先ほどの出来事を思い出す。
(確かにこの時期に魔力が使えるようになった、なんて人は今までに何人かはいた……でもあんなにはっきりと魔法が発現したのを見たのは初めて……)
五年前の麗空の魔力測定もこのマチが行っていた。マチはWNSを卒業したあと魔力に対する高い感受性を見込まれてこの測定員としての仕事に就いた。毎年必ず大量に検査を受けに来る人間がいるため検査員の仕事は非常に安定した職業かつ高収入なのである。WNSでも常に上位にいるほどマチは優秀だった。
そんなマチが驚くほど、麗空の魔法は異常だったのだ。
(見た限り強度とバランスはそんなに高くなかった……でもあの速度……あれはもう……)
――私以上だ。
魔力循環速度は検査の段階ではだいたい一秒を切るほどであればSの評価となる。しかし、
(あれは一秒なんてレベルじゃない……おそらく〇.五秒を切っていた……いや、もしかしたらそれ以上かも……)
麗空が手をかざした瞬間に光りだした魔法陣を再び思い出して、マチは考える。あれが前回魔力的制度なしと判断された人間なのかと。
何度もリプレイされる不思議な場面に今までに感じたことのない感覚のままマチは測定表を解析室へと早足に運んだ。