火山灰
「おはよう」
帆夏は航へ話しかける。
「ニュース見た?」
「うん。火山灰が降るんでしょ?」
「そうそう」
今日の朝のニュースはそれで持ち切りだった。早朝、首都圏の火山が噴火をして、東京にまで火山灰が少々、降り注ぐことが分かったのであった。
「午前中は?」
航は尋ねる。すると。
「上空出入国ターミナルでの警備だよ」
帆夏は微笑んだ。
「そっか。午前中は地上の空港は全て運行見合わせだって」
「本当に?」
「うん。だから、上空ジェット航空帯しか活動してないみたい」
「なるほどね。情報ありがとう」
帆夏は手を少し小さめに振ると、去って行った。
上空出入国ターミナル。午前中はそこでの警備だ。午後になると、帆夏は上空管制塔へ戻る。そこで緊急事態のスクランブル発射の為、待機するのだ。
正午。昼休みになった。
「航。お昼、食べよう」
帆夏は結城と共に、航のいる上空整備基地へ入って来た。
「うん」
航は笑顔で返事をした。
午後1時。もうすぐ業務開始時間だ。
帆夏と結城は航の見送りを受けると、上空整備基地を後にした。すると、上空管制塔に緊急出動命令が入って来た。
「緊急出動」
文月の立体映像が姿を現した。
「どうしましたか?」
稲津誠が彼女のディスプレイを見上げた。
「地上から緊急連絡があった」
――緊急連絡?
帆夏は眉根を寄せる。
「地上の銀行で強盗事件があった。しかし、その強盗は小型機で上空へ逃げたそうだ」
「上空へ!?」
「火山灰の中を飛行していったそうだ」
――火山灰対応エンジンだ。
帆夏はそう推測した。
「地上の警備機は?」
結城が尋ねる。
「地上の警備機は火山灰に対応していない」
「そうか」
結城は頷いた。
「空木、白井。緊急出動だ。行ってこい」
「了解」
二人はそれぞれ返事をした。
上空整備基地。二人は戦闘機へ乗り込む。航が合図をする。すると、巨大なエンジン音が耳をかすめる。そして、そのまま青空へ消えて行った。
ゴォォォっとエンジンがうなる。二人は白い飛行機雲を引きながら、目視する。強盗犯の乗った小型機が火山灰の上へ姿を現すのを。
遥か上空には強く光る太陽が戦闘機を照らしていた。階下には舞い上がった火山灰の雲が広がっていた。帆夏は甲を描いて旋回する。そして、再び目視。レーダーでも確認をするが、一向に見つからない。
――まだ、火山灰の下なのか?
帆夏は眉根を寄せた。
上空には薄い空気しかない世界で甲を描き、再び旋回。すると、強盗犯の乗った小型機が上空ジェット航空帯にまで上昇してきた。帆夏と結城はそれをレーダーと目視で確認した。
「空木。追跡する」
「了解」
二人は追跡を開始した。しかし、二人の追跡に気付いたのか、その強盗犯の乗った小型機は、再び上空ジェット航空帯を外れ、火山灰の下へ戻って行った。すると。
「空木」
「はい」
軍事管理人工知能の文月の声が無線から聞こえて来た。
「何でしょう?」
帆夏は応答する。
「軍事衛星の追跡システムで犯人の機体を追う。位置情報を随時送るから、追跡せよ」
「了解」
帆夏は応答した。彼女は応答すると、レーダーに視線をやった。そこには軍事衛星で判明した強盗犯の機体の位置情報が示されていた。目視は出来ないが、追跡システムにははっきりと示されていた。
「空木」
再び、文月からの声だった。
「どうしましたか?」
帆夏は尋ねる。すると。
「相手がこちらの機体を目視できる範囲にまで接近して追跡しろ」
文月は淡々と言い放つ。
――え?
「相手の機体の燃料が無くなるまで追跡しろ。攻撃はするな。燃料が無くなり、海へ不時着したところを海上の班に逮捕させる。いいか?」
「了解」
帆夏はそう言うと、自身の機体を傾け、火山灰の下へと下りて行った。結城もそのあとに続く。
――いた。あの機体だ。
帆夏は目視できる位置に自身の機体を接近させた。すると、案の定、強盗犯の機体はスピードを上げ、再び、火山灰に消えた。しかし、帆夏もくらいつく。命令通り、相手から目視できる位置へつける。結城も然りだ。
――このまま行けば。
帆夏は操縦に集中する。すると、強盗犯の機体が次第に下降し始めた。
――燃料が切れたんだ。不時着する。
帆夏と結城も強盗犯の機体に続いて下降していく。そして、とうとう強盗犯の機体は海へ不時着した。水しぶきが上がるのが見えた。それと同時に海上を航行していた警察が彼らを逮捕している様子も見て取れた。
――一件落着。
帆夏は安堵した。
「空木、白井。帰還しなさい」
無線から稲津誠の声が聞こえて来た。
「了解」
帆夏はそう返答する。そして、機体を傾け、旋回した。火山灰の層を抜け、上空へと向かう。航たちの待つ、上空管制塔へ。
――今日も上空は晴れ。
――遮るものはない。