女の子って怖い! (2)
そのようなことがあって、遥は進とSNSでのやり取りを始めていた。しかし、頭の中に浮かぶのは後ろ向きなことばかりだった。勉強とかの邪魔になってはいないか、嫌な印象を与えていないか。異性としっかり会話をしたことがない彼女にとって、トークアプリを使って、これほど緊張するのは生まれて初めてのことだった。面接に合格した喜びなど、遠い昔のように感じていた。
『勉強、忙しくないですか?』
『そんなことないよ。心配してくれてありがとう』
遠回しに『早く会話を中断したい』という合図を送っているが、取り留めのない会話が続き、なかなか中断できないでいる。既読無視は失礼だし、どうやって話題を切ればいいのか……。考えあぐねていると、いつしか話題は『せせらぎ』に移っていた。
『店長はピアノを弾いていましたけど、江村さんは何か楽器やっていたんですか?』
『ギターを少々。下手だけどね』
本当に何でもできる人なんだなと、遥は才能の差を呪った。英美里の言葉を鵜呑みにするならば、特別進学コースの中でも成績上位。スポーツ万能。容姿端麗で、しかも楽器もできる。全てを兼ね備えている。女子たちが黄色い声をあげるのも納得だった。しかし自分はどうだろうか。総合進学コースの中でも下位の成績で、体育も全然だめ。おまけに誇れるものも何一つない。劣等感に押し潰されそうになっていた。比較すればするほど、天と地の差を思い知らされる。
『すごいですね。私なんて、何もできませんよ』
『そうなんだ。でも、これから何か変わるかもしれないよ? 店長、西川さんのこと褒めていたよ。いい声しているって』
『そんなこと言っていたんですね。なんか恥ずかしいです』
『声が良いかどうかなんて、自分じゃわからないからね。仕方ないよ』
店長がそんなことを言っていたとは。合唱団に通っていた頃は歌うのが大好きで、人前で歌うことも抵抗が無かった。しかし成長するにつれて、多少とも声変わりする。昔の声は好きだったが、今の声は自分でも受け入れるのに時間がかかった。いつしか人前で歌わなくなり、カラオケに行く頻度も減った。思えば面接で、特技について何度も質問していたのは、私の声に何か思うところがあったからなのか。遥は左手で自分の喉に触れながら、朱里の意図を探った。
やり取りをしてから数十分が経つと、遥の口から自然と欠伸が漏れる。時計を見ると、日付を跨ごうとしていた。
『今日は遅くまでありがとうございました。また明日、せせらぎで会いましょう』
『こちらこそありがとう。おやすみなさい』
『はい、おやすみなさい』
スマホの電源を切ると、全身から力が抜ける感覚に陥った。結局、進のペースに乗せられてやり取りしてしまった。慣れないことはするものじゃないな。今日一日の出来事を振り返りながら、遥はゆっくりと眠りについていった。
翌朝、いつものように登校した遥は、トークアプリを開く。そこには昨夜の進とのやり取りがびっしりと記されており、彼女は思わず苦笑した。迷惑なことをしてしまっただろうか。要らぬ心配をしていると、女子たちが教室に入ってきた。慌ててアプリを終了すると、間一髪のところで見られずに済んだ。
「遥、おはよう! 面接どうだった?」
「ああ、おはよう。聞いて! 無事採用されたよ!」
「マジ? おめでとう!」
周囲の女子が拍手で讃えるが、遥はそれどころではなかった。また嫉妬されているのではないか。笑顔が引きつっているが、周囲には気づかれていないようだった。授業の準備をしていると、トークアプリに新着が届く。進からだった。まだ周囲に女子がおり、遥は肝を冷やしながらスマホを覗く。
『ごめん、今日バイトの時間遅れるかもしれないから、店長に色々教えてもらって』
彼女にとって初めての業務連絡だった。たったこれだけのことでも、神経を使って返信しなければいけない。ある程度予想はしていたが、やはり面倒な人と知り合ってしまった。遥はため息をついて返信する。
『連絡ありがとうございます。今日から精一杯、頑張ります!』