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いざ面接へ! (2)

 放課後、遥のクラスでは昼休みの出来事で持ち切りだった。

「ねえ遥。あれ、何なの?」

「何なのって……。ただ少しお話しただけだよ」

「本当に何も知らないのね。少しお話できただけでも、私たちにとってはチョー羨ましいの!」

 他の女子たちが羨望や嫉妬の視線を向ける。遥は弁明しようと、慌てて履歴書を取り出した。

「特別なことなんてないよ。ほら、昨日言っていたバイトの件。『せせらぎ』で江村さんが働いていて、バイトしないかって勧められたの。本当にそれだけなんだから!」

「バイト勧められたの? 知らなかった……」

「昨日、みんなが帰った後に江村さんが来て、私に謝りに来たの。そして、ボールぶつけたお詫びで『せせらぎ』に連れて行ってくれたんだ。そしたら、とんとん拍子に話が進んでこういうことに……。本当にそれだけなの。信じて!」

 必死の形相で昨日起こったことを洗いざらい説明すると、ようやく女子たちから嫉妬の雰囲気が消えた。

「そっか。しかし遥、運が良いね。上手くいったら進さんと働けるかもしれないんだから」

「……そんなことない」

「そう? 普通だったら有り得ないよ。こんな幸運!」

「そんなんじゃない……。あ、ごめん! そろそろ行かなきゃ!」

「採用されるといいね! 今日もお疲れ様!」

 女子たちは笑顔で遥を見送るが、彼女はその場から逃げるように走り去っていく。さっきの雰囲気は異常だった。少し気に入られただけなのに、自分に向けられる視線が一瞬にして変わった。遥はクラスの見てはいけない部分を見てしまったような気がしていて、恐ろしい気分になっていた。自転車に乗り、『せせらぎ』に向かって走り出す。気付けば安息の地を求めていた。


 『せせらぎ』に到着すると、朱里がカウンターを拭いているのが見えた。お客さんは誰もいないので、遥は躊躇なく入ることができた。ドアを開けると鈴の音が鳴り、朱里が顔を上げる。

「いらっしゃいませ……、あら。昨日の」

「履歴書、持ってきました。面接、お願いできますか?」

「分かりました。少々お待ちください」

 朱里が履歴書を受け取ると、厨房へと消えていく。ようやく腰を下ろした遥だったが、これから行われる面接のことを考えると休む暇もない。よく聞かれることは事前に調べているのだが、もしかしたら変化球を投げてくるのかもしれない。こんなお洒落な喫茶店なら尚更だ。肩に力が入りながら座っていると、テーブルにコーヒーが置かれる。ハッとして顔を上げると、そこには先日、遥をカウンター席まで案内してくれた女性店員がいた。緊張した遥に対して、満面の笑みで応対する。

「こちら、新作の試供品です。いかがでしょうか?」

「……ありがとうございます。いただきます」

 さっきの件で口の中がからからになっていた遥は、コーヒーを一口飲む。昨日飲んだものよりも口当たりがまろやかで、市販されているものにある刺々しい苦みもない。そして、ほんのり甘みも感じる。これが、コーヒー? 遥は思わず店員に聞く。

「これ、お砂糖使ってます?」

「いいえ? こちらはコーヒーだけの純粋な味ですよ。お気に召しませんでしたか?」

「そんな! 寧ろ美味しいです! 苦いのが苦手な女子にもおススメできます!」

「ありがとうございます!」

 コーヒーの味を褒められたことにご満悦な店員。すると、奥から朱里が出てきた。色々な書類を抱えており、その中には遥の履歴書も含まれていた。

「大変お待たせしました。こちらにどうぞ」

「はい」

「唯ちゃんはお客様の応対をお願いね。ちょっと時間がかかるかもしれないから」

「分かりました」

 二人は「スタッフオンリー」と書かれた扉の奥へと入っていく。そこも店内に負けず劣らずお洒落で、雰囲気も明るい。しかし、対照的に遥の表情は暗かった。いくら好印象を与えても、不採用になるかもしれない。椅子に座って向かい合うと、面接が始まった。

「西川 遥さん。貴女はどうして、ここで働きたいと思ったんですか?」

「はい。情報誌を見て、すごく雰囲気が良さそうな職場だなと思い、応募しました」

 遥は無難に質問に答えていく。他にも希望する勤務形態、好きなコーヒーの話題など、がちがちに緊張してはいるが、しっかりと受け答えはできていた。面接から5分が経過した時、朱里が再び履歴書に目を通す。すると彼女は、「趣味・特技」の欄を見ると、突然目を輝かせながら質問してきた。

「歌うのが好きなの?」

「は、はい。小学校の頃、市の少年少女合唱団に入っていて、それで歌うのが好きになりました。クラスの人たちと一緒によくカラオケにも行きます」

「そうなんだ。どういうのを歌うの?」

「色々です。クラスの人たちと一緒の時はアイドルとかK-POP、一人の時は洋楽も歌います」

「なるほど。それじゃあ、人前で歌うのは大丈夫なんだ」

「今はそういう機会はないですけど、きっと大丈夫だと思います」

 遥は少しだけ誇らしげに話すことができた。自分の得意分野を聞いてくれたからには、ここで自分をアピールしたい。すると朱里は大きく首を縦に振ると、両手で遥の手を握る。

「うん、分かった」

「え?」

「採用!」

「……え? え? えええ!?」

「明日から色々教えるから、午後5時にうちに来てください。手取り足取り、じっくりと!」

「は、はい! 頑張ります!」

 いきなりのことで頭の整理がついていなかった遥だが、勢いに任せて了承した。事務室から出た二人。朱里はグランドピアノの椅子に座ると、鍵盤蓋を開き、ピアノを演奏し始めた。暖かみのある店内に、繊細な音色が染み渡る。カウンター席に座った遥は、既にフロアの掃除を始めていた進に話しかけられた。昼休みの件もあり、なるべく近づいて欲しくはなかったが、とりあえず歩調を合わせる。

「お疲れ様。面接どうだった?」

「あ、お疲れ様です。聞いてくださいよ。なんと、無事採用されました!」

「おめでとう! 明日からよろしくね」

「はい! ところで、店長ってピアノ弾けるんですね」

「うん。店長がよく言うんだ。コーヒーと音楽がこの喫茶店の生命線だって」

「生命線……」

 進の言葉を何度も反すうしながら、遥は嬉しそうにピアノを弾く朱里を見つめていた。私はこれから、この喫茶店の命を繋いでいかなければならない。演奏を見ている彼女の顔から、笑顔が消えた。



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