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いざ面接へ! (1)

 翌朝、遥はいつも通り登校することができた。昨夜から頭痛もなく、寧ろ頭がすっきりしたような感じがしていた。彼女は『せせらぎ』に行ったことをバレーボールのメンバーに話している。

「昨日ボールぶつけてきた男子が、まさかバイトしているなんて思わなかった。お陰で店長にも会えて、しかも良い印象与えたみたいだし」

「良いなあ。というか、ぶつけた犯人って誰?」

「犯人だなんて。特別進学コース二年の、江村 進さん。まあ、いい人だったよ、うん」

「江村!?」

 メンバーの一人、実松(さねまつ) 英美里(えみり)が急に大声をあげる。

「びっくりした……。英美里、どうかした?」

「遥、知らないの? うちの学年の女子の間じゃ超がつくほど人気なんだよ! 特別進学コースでも成績上位、スポーツも万能。しかも超イケメン! 非の打ち所がないって言われているんだよ!」

 英美里が鼻息を荒くしながら、進の魅力を語る。そうしているうちに、周りの女子も集まってくる。英美里の言っていたことは嘘ではないらしく、いつしか遥のバイトの話題よりも、進の魅力について話の比重が重くなっていった。教室の隅では、男子たちが面白くなさそうな顔をしながらホームルームを待っている。遥はこの状況に戸惑っていたが、あまり接点のない女子に急に話を振られた。

「で、西川さんはどう思っているの? 江村さんのこと!」

「え? どうって……。昨日初めて会ったから、そこまで深くは分からないよ……」

「何でもいいから! 『せせらぎ』に誘われたってことは、何もないなんてことはないでしょう?」

「……初対面なのに積極的に話しかけてきてくれたかな。ちょっと驚いちゃった」

「えー! 良いなあ。江村さんと一緒に話して、しかもお茶に誘ってくれるなんて!」

 周囲の女子は羨望の眼差しを向けている。本来であれば存在が遠過ぎて、近づくことさえ勇気がいるのに、遥は進の方から話しかけられたのだ。これだけでも驚くべきことなのに、更に喫茶店に誘われたのだ。しかし遥は事の重大さに気付いていなかったらしく、進の存在がいかに女子に影響しているのかを、頭の中で咀嚼するのに時間がかかっていた。

「江村さんって、そんなにすごい人だったのか……」

「西川さん、本当に知らなかったみたいね。そういう話とか興味ないの?」

「恋バナとか? あんまり興味ないかな。寧ろ自分からはしたくないというか……」

 遥が話し終わる前にチャイムが鳴り、ほぼ同時に担任の先生が入ってきた。女子たちは自分たちの席につく。どうにかこの喧騒を乗り越えることができた遥は安堵のため息をつき、鞄からクリアファイルを取り出す。その中には、今晩提出するための履歴書が挟まれてあった。


 昼休み、いつものようにバレーの練習に出向くと、やはり進も練習していた。当たり前のように強烈なサーブを入れ、長身を活かしたブロックも映えている。その姿に、周囲で練習している他学年の女子たちは黄色い声をあげていた。遥のチームも例外ではなく、練習そっちのけで進のプレーを見ている。しかし昨日は何故気付かなかったのだろうか。遥はボールを抱えながらメンバー達を見つめていた。

 こうしてよく見ると、とても存在感のある人だ。背丈が高いとか、顔が整っているからとか、そういう問題ではない。女子たちの声援にも集中力を切らさず、自分のプレーに没頭している。そして男子たちとハイタッチをしている姿がさまになる。彼がいるだけで、体育館がドラマの舞台になる。こうやって眺めている遥は、さながらドラマの撮影を遠巻きから見ている一般人だ。高嶺の花という言葉では収まらない何かがあった。

 しかし、ぼーっとしてばかりではいられないと感じた遥は、ボールを高々と上げて壁打ちを始めた。自分たちの目的を見失ってはいけない。進と比べると力のない音が響くが、彼女は構わず打ち続けた。それに気づいた他のメンバーたちが、申し訳なさそうに遥の周りに集まってくる。数分間壁打ちを続けた遥は、体操着で汗を拭いながらボールを抱えていた。

「ごめん、一人で練習させちゃって」

「全然大丈夫。江村さんってカッコいいからね。見惚れるのも仕方ないよ」

「本当にごめん! 遥は休んでて。お疲れ様!」

「分かった。少し休んだら合流するね」

 水筒に入ったお茶を飲みながら、息を整える。和気藹々とパス回しをしているメンバー。真剣に声を張り上げながら連携を確認する進たち。一見すると対照的だが、遥は口元に微笑を浮かべながら交互に見つめている。どちらも楽しそうに練習している。肩肘張らず、自分たちの身の丈に合わせている。それに比べて自分はどうだろうか。昨日も無駄に緊張してサーブを入れ、緊張が切れた途端にスパイクが頭に激突したのだ。彼女は楽しそうにバレーをしている両者を羨ましく思っていた。もっと余裕を持ちたい。少しずつ、自分に嫌気がさしていた。

 チャイムが鳴る5分前、みんなが続々と撤収していく中、遥たちはバレーボールのコートを片付けていた。ポールを二人がかりで持ち上げ、倉庫の中に入れていく。

「遥、次の授業なんだっけ?」

「古文。まあ、朗読メインだから寝ることはないよね」

「良かったぁ。数学だったら絶対寝てた!」

「それ、自慢気に言うこと?」

 疲れを誤魔化すため、雑談をしながら重量物を運んでいく。指定された場所にポールを置くと、汗を拭きながら倉庫から出る。そこに、進と彼のチームの男子がネットを持ちながら入ってきた。他の女子が近くで進を見たことにテンションを上げていると、進は遥を見つけ、笑顔で会釈した。彼女は身長が低いせいか、進を見上げるかたちになっている。

「昨日はありがとう」

「え? ああ! はい! こちらこそありがとうございました。お陰で決心できました」

「……履歴書、出すの?」

「はい! 今日、出しに行きます!」

「そっか。昨日の様子だったら、きっといけるよ」

 進は笑顔で、遥の肩を軽く叩いた。後ろで目が点になっている女子たち。それに気づかず、きょとんとしながら進を目で追う遥。まだ出会って1日しか経っていない男子にボディータッチをされた。あの人は、私に何をしたいのだろうか。最初は何とも思っていなかったが、徐々に不安な気持ちが強くなっていった。



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