予想外の展開! (1)
昨日の練習ですっかり筋肉痛になった遥は、時折首を回しながら歩いていた。登校すると、既にクラスメートが何人かいる。彼女は挨拶をすると自分の席に座り、昨日の求人情報誌を取り出した。
「せせらぎ、か」
「あ、遥! 遂に始めるんだね、バイト」
「うわ、びっくりした……」
遥の周りには、いつの間にかバレーのメンバーが集まっていた。彼女らは情報誌の丸がついた部分に注目していた。
「喫茶店のバイトにしようと思うの。採用されるかどうかは分からないけど」
「お洒落なカフェだね。でも、条件が曖昧じゃない?」
「ほんとだ」
「遥、ここ行ったことある?」
「実は、ないの。だから今日行ってみようかなって思って。大丈夫。練習は参加するから」
遥はこの情報誌を通じて、初めてこの喫茶店の存在を知ったのだ。普段、あまり外出しない彼女にとって未知の領域だった。
「そもそも遥って、カフェでコーヒー飲んだり、スイーツ食べているイメージないよね」
「……イメージも何も、高校入るまでカフェなんて行ったことなかったし」
遥の言葉に、一同が驚きの声をあげる。彼女は中学校三年間、これといってやりたいことがなく、学校と自宅の往復が多かったのだ。休日に外出するといっても、駅前などの繁華街に繰り出すことは少なく、友人と近場のファストフード店やゲームセンターに出かける程度だった。そんな彼女が、いきなり喫茶店のバイトをしたいと言っている。皆は心配そうな眼差しを向けた。
「大丈夫?」
「私だってちょっと不安。だから今日、行こうかなって思っているの」
「じゃあ、練習終わったら皆で行こう? 邪魔じゃなかったら良いんだけど……」
「良いの? じゃあお願い。私一人じゃ不安だったから」
「決まり! 今日は5時に練習終わりにして、喫茶『せせらぎ』にゴー!」
遥を除いたメンバーは朝早くなのにテンションが上がっていた。始業のチャイムが鳴ると、テンションそのままに散り散りになっていく。遥はため息をついて、今日の授業に臨んだ。
昼休み、昼食が終わると、バレーに参加するメンバーは体育館にいた。この日から、放課後以外でも体育大会の練習ができるようになったのだ。教師からボールを借り、昨日と同じように軽くパス回しから始める。上級生も例外ではなく、ネットを張って実戦形式で練習を行っているチームもいる。男女問わず火花を散らしており、一年生が近付ける雰囲気ではなかった。
「私たちもそろそろ、コート使わせてもらおうよ」
「そうだね……」
話していると、目にもとまらぬ速さでスパイクが飛んでくる。男子が練習しているようで、ボールが床に叩きつけられる音が一層響く。おずおずとコートの端に陣取ると、皆は順番にサーブを打っていく。コート内に入った、入らないで一喜一憂しているメンバー。最後は遥の番だ。彼女は背が低く、力もそれほどない。集中してサーブに入ろうとする。
「遥、練習なんだからそんなに真剣な顔しなくていいよ」
「う、うん。分かった」
無理に笑顔を作って、ボールを高々と上げる。そして、精一杯の力でボールをサーブした。乾いた音が響くと、ボールはネットを越えて相手陣地内に落ちる。メンバーから拍手が出ると、遥はホッとした表情でボールを取りに行こうとした。私でもできた。この感覚を忘れないように考えていると、後ろから悲鳴が聞こえた。
「遥! 危ない!」
「え?」
遥がハッとして現実に返ると、男子が放ったスパイクが飛んできた。避けようとしたが、それは遥の無防備な頭に直撃し、鈍い音とともに跳ね返った。彼女はその場に倒れ、息も絶え絶えにうずくまる。メンバーが駆け寄ると、ほぼ同時にボールを当ててしまった男子のチームも遥の元へ近づいた。
「大丈夫ですか!」
「英美里、保健室の先生呼んできて!」
「分かった!」
「うぅ、痛い……」
野次馬が集る中、遥は呻き声をあげながら保健室に搬送されていった。